215話_失った日
今日の王都は、朝から大混乱の渦の中にいた。
どうやら、これは王都内に限った話ではないらしく王都の郊外や更に離れた街や村にまで混乱は伝染しているらしい。
一般的に、人間とは噂好きの生き物だ。
どうせ今回も、元は大したことない噂話に色々と尾鰭が付いて人々が騒ぎ立ててしまうような大袈裟な内容になってしまっただけに決まっている。
(……とは分かっていても、気になるものは気になるんだよな)
食堂にて、今日も変わらず美味しい朝食を堪能しながら周囲の生徒達の話に耳を傾ける。
自ら動かなくても、ある特定の話題のみを話すよう設定された機械人形のように生徒達が皆、同じ話題を話してくれているお蔭で情報収集が非常に楽だ。
ただ話し手が多いこともあって情報が多様化しているため、どの情報を当てにすれば良いのかの判別は極めて難しい。
そこで俺は、彼らが話している内容の中で〝比較的に共通している部分〟だけを拾い上げることにした。
何の捻りもないが、この方が無駄に複雑化された情報に翻弄されることはないし、話題の軸も見えてくる。
「なぁ、ライ……お前、どう思う?」
ある程度ではあるが情報の整理ができた頃、隣で食事をしていたリュウに声をかけられた。
「どう思うって、何が?」
「何がって、例の噂だよ。今だって他の奴等が話してるの聞こえてるだろ? 本当だと思うか?」
リュウが俺に問いかけてくるが、正直なところ俺の中では思う思わない以前の段階だから返答に困る。
何しろ、国からの正式な発表が未だに一つも無いのだ。憶測だらけの話に対して事実の有無を問うのは非生産的だと思う。
まぁ、彼のことだから単純な好奇心で尋ねているだけなのだろうが。
「本当かどうかは俺が判断することじゃ無いから何とも言えないな。俺としては事実か否かよりも、この話の出所の方が気になる」
「あ、それオレも気になる……って、何か妙に冷静すぎじゃない? いや、ライ様らしいけど」
「その呼び方やめろ。事実かどうかも分からないことで一々、慌ててたら身体が保たないだろ」
「そりゃそうだけど……今回のは皆が動揺するのも無理ねぇよ。内容が内容だからな」
今朝から王都中を駆け巡る〝噂〟によれば……
──昨日、二つの村が消滅してしまったらしい。
数は分かっているのに、肝心の村の名前が分かっていない時点で信憑性は低そうだ。
若しくは認知度を考慮しなければ数多く存在するであろう〝村〟故に、被害に遭った村の特定に時間がかかっているのかも知れない。
暴論な気もするが、とりあえず今は、それで納得しておくとしよう。
「それにしても村が消滅なんて明らかに穏やかじゃない噂が、ここまで広がるもんか?」
「穏やかでない上に非現実的な内容だからこそ、こうして盛り上がってるんじゃないか? 恐らく噂を本気にしてる奴は、いたとしても少数。楽しんで騒ぎを態と大きくしてる奴等の方が圧倒的に多いと思う」
「そうなの?」
「多分な」
村が消滅したなんて普通に考えれば深刻な事態を世間話でもしているかのような明るい表情で各々の見解を交わしている彼らを見ていれば、何となくでも察しはつく。
「おい、どうした? お前、さっきから全然食べてねぇじゃん。具合でも悪いの?」
俺とリュウの近くで食事を取っていた生徒の声が聞こえ、反射的に声がした方を見る。
その生徒の言う通り、心配の眼差しを向けられた生徒は蒼白い顔をして虚空を見つめていた。
「……し、れない」
「え、何だって? すまん、聞き取れなかったわ。もう一回、言って」
今度は言葉を聞き逃すまいと耳を近付ける生徒の方は一切見ることもなく、彼は再び口を開く。
「本当かも知れない……あの噂」
「は?」
「今朝から皆が話してる噂だよ! だって今、俺、先生達が話してるの聞いて……っ!」
「ま、待てって! 突然どうしたんだよ? ほら、他の奴等も注目してるしさ。一旦、落ち着こうぜ、な?」
宥めようと肩に手を置く友人の腕を掴む彼の顔からは、異常だと思わざるを得ないほどに焦燥の汗が滲み出ていた。
「これが落ち着いてられるかよ! 何か分からないかなって千里耳で試しに校内の先生達の話聞いてたら、あれは事実で間違いないだとか、消滅した村の調査をどうとか話してるのが聞こえたんだって!」
「はぁ?! じゃあ、村が消滅したってのは実話だったってことかよ?!」
「せ、先生達が、そう言ってたから間違いないと思う。あと、その消滅したって村も既に特定してたっぽい」
「マジ?! え、何処?!」
噂話で賑わっていた食堂が、一気に静まる。
俺達を含め、ここに居る全員が一人の生徒の言葉を待った。
「ちょっと待ってな、えーと……ツードラゴとナチャーロ? そう言ってるぜ。誰か知ってる?」
「ツードラゴ村は確か、竜使いの民によって作られた村だよ」
彼の問いに答えたのは、注目の的になっている二人組の生徒の近くにいた別の生徒だった。
「え、じゃあ竜がいるのか?!」
「いや、その村には竜はいないよ。いるのは年齢や身体上の理由で竜使いの任を退いた謂わば、元竜使いと、その子孫だけ。今は、その元竜使いが高齢化してることもあって普通の村と、ほとんど変わらないらしいよ」
「へぇー。じゃ、ナチャーロ村は?」
「アヴェールって街は知ってるかな? 街と言っても王都周辺の街に比べると結構、田舎……じゃなくて、古風な街なんだけど。その街から一番近いとされている村がナチャーロ村。……徒歩で数日くらいかかるらしいけど」
「それ、近いって言わなくね?」
それから間もなくして、話題の中心であった村の消滅に関する話をする者はいなくなった。
ある程度の情報が手に入り、自分達に直接関わるものではないと分かって満足したのだろう。
あれだけ騒いでおきながら結局は、その程度の関心しか無かったということだ。
生徒達の興奮の熱が冷めた食堂は、やけに静かで冷たく感じた。
「…………」
先ほどまで美味しいと感じていた食事が急に味気なく思えてきたのは、きっと俺だけだ。
正直、食事をする気にもなれなかったが、残すのは料理を作ってくれた寮母さん達に悪いと無理やり押し込んだ。
漸く空になった食器を片付けて部屋へ戻ろうとした時、グレイに呼び止められた。
(魔王様。少し、お時間よろしいですか?)
(あぁ。俺の部屋でも良いか?)
(はい……恐らく、彼も気にしてるでしょうから)
言葉の意味が分からず首を傾げたが、今は兎に角、この場から離れたかったため追及はせずに部屋まで向かった。
(あれこれと遠回しに聞くと逸らかされそうなので単刀直入に言いますね)
『今、考えていることを洗いざらい吐け』
久々の手持ち用ホワイトボードの登場である。
え、単刀直入って、そういう……?
そう疑問を零すと、茶化すなと一蹴されてしまったので素直に謝っておいた。
部屋に着いた途端、グレイからの尋問が始まった。いや、尋問と言って良いのか、これは。
グレイの隣では、リュウが心から同意するとばかりに何度も頷いている。
「そう言われても、何も考えてな……痛っ!」
否定すると、ピシッと鞭のようなもので頭を叩かれた。
……よく見たら鞭じゃない。スカーレットの触手だ。
(ライ、ウソ、ダメ! グレ、リュ、オコッテル!)
どうやら今回は、スカーレットもグレイ達の味方らしい。
「よくやった、スカーレット。ご褒美に、後でトマトやるからな」
(トマト! トマト!)
リュウとスカーレットが仲良くハイタッチをしている。
……いつの間に、あんなに仲良くなったんだ?
「お前、例の噂……あ、いや、もう今は本当の話になってんのか。その話に出てた村の名前が分かった時、変に動揺してたろ?」
いつもは鈍い癖に何故こういう時だけ目敏いんだ、此奴は。
『ツードラゴ村に関しては、大体の予想は付いてるので何も言いません。ですが、先ほどの貴方はツードラゴ村よりもナチャーロという村に動揺している印象を受けました』
「…………」
「ライ。あくまでオレ達の気のせいってだけなら、そう言ってくれて良いよ。グレイは、その……ああ言ったけど無理に聞くのは良くないだろうし。でも、あの時のお前……何ていうか、辛そうに見えたからさ。だから……」
リュウが気不味そうに視線を泳がせながら、言葉を詰まらせる。
本当は聞きたい。でも本人に話す気が無いのに、無理やり口を割らせるのも悪い気がする。
彼の、そんな矛盾した感情が窺える。
(……魔王様)
いつもは、そんな気弱な声で呼ばない癖に。
卑怯だ。どいつもこいつも、こんな時ばかり感情で訴えるような真似をして。
純粋に心配されていると分かって、お前達の想いを無下にできるわけ無いだろ。
「ナチャーロ村は……」
口を開けば、グレイとリュウは少しだけ驚いたような表情を浮かべながらも次の言葉を待ってくれている。
そのせいか思いの外、すんなりと次の言葉が出てきた。
「あの村は、王都に来る前に俺が暮らしてた村なんだ」
グレイ達の方から息を呑んだような音が聞こえて、思わず彼らの視線から逃れるように顔を俯かせた。




