214.5話_閑話:覚醒《下》
一人、また一人と僕従が集う。キャンディが配下に加わるのも時間の問題だろう。
始まりとしては悪くはない。寧ろ、幸先が良いと言っても良いだろう。
好調な滑り出しに、魔王は悦楽に浸っていた。
漸く手に入れた身体が子どもであったのは予想外だったが、さすがに自分の身体なだけあって違和感はない。
(……魔力が安定しない。やはり無理やり身体を乗っ取ったのは失敗だったか)
焼きあがったばかりのパンのような弾力ある小さな手を見つめては、落胆の息を零す。
「如何されました?」
「いや、何でもない。それよりキャンディを呼べ。まだ寝ていようが問答無用で叩き起こせ。それから一度は許すが今後、俺の許可なく寝室で惰眠を貪るようなことがあれば即刻、モンスターの餌にしてやるからな」
「申し訳ありません。肝に銘じておきます」
前もって用意された台詞でも読んでいるかのような事務的な返答をした後、ロゼッタはキャンディが眠る魔王専用の寝室へと向かった。
彼らの遣り取りを何か言いたげな表情で見守るギルだったが、最後まで彼の口が開かれることは無かった。
魔王の予想通り、キャンディは瞬く間に魔王の配下となった。
魔法の酷使で痛みを伴う彼女の両目を治癒したことが決定打になったのだろうと彼は思っているが、それは言わずもがな勘違いである。
彼にとっては彼らの感情など関係ないのだ。極端な言い方をすれば、自分を慕っていようがいまいが自分の邪魔さえしなければ良い。
故にキャンディが訝しげな表情を浮かべていようが、ギルと何やら小声で話していようが全く気にならない。
ここで早くも、彼は魔王軍の四天王と呼ばれた3人を手に入れた。となれば、残りも手に入れたいと思うのは必然である。
「グレイはどうした? 奴も貴様らと共に行動しているのではないのか?」
「御言葉ですが魔王様、グレイ・キーランは貴方に最後まで付き添っていながら、その身を盾にするどころか敵に命乞いをし、捕虜となっていました。最早、彼は私達にとって裏切り者以外の何者でもありません」
「そうか、なら奴は良い。もし見つけたら始末しろ。昔の仲間だからとか、そんなくだらない理由で見逃しでもした時は……分かっているな?」
「はい」
ギルから粗方の事情を聞いたキャンディは、ロゼッタの変貌振りに驚きを通り越して引いていた。
(目は死んでるし口調は平坦だし、本当に別人みたい。なんつーか……キモッ)
残念ながらキャンディの脳内にある語彙辞典の中には、今の彼女の状態を上手く言い表せる言葉が見つからなかったようだ。
「では早速、始めるとするか」
そう言って椅子から立ち上がった魔王に、ギルとキャンディは〝始めるって、何を?〟と言いたげな顔を互いに向けた。
「俺は今から、この世界に宣戦布告をする」
世界への宣戦布告を高らかに宣言する彼の声や瞳には一寸の迷いも感じられない。
彼は本気だ。本気で、この世界を破滅させるつもりだ。
そう思わせるには充分な気迫だった。
「その宣戦布告も兼ねた我が新生魔王軍に相応しい新たな門出を、貴様らには特等席で拝ませてやる。……そうだ。折角だから、この身体の記憶を頼ってみるか」
部屋の中心までやって来た魔王は空を見上げ、何かに狙いを定めるように真上の空に向かって人差し指を突き立てる。
「天に輝く意思なき星よ。我に従い、その膨大な力を以て天水に代わりてその身を降らし、この世界に混沌を与え給え──星々の雨!」
この世界に誕生した魔王による宣戦布告は見事に成功を収めたが、完璧な成功にまでは至らなかった。
彼の魔法によって甚大な被害を受けたのは、ある二つの村だけ。
思っていたよりも被害が少なかったのは、魔力が安定しない内に上級魔法を放ったせいで上手く狙いが定まらなかったのが原因だろうと彼は心の中で反省した。
(暫く、魔法の使用は控えておいた方が良さそうだな)
もう少し時間が経てば、この身体に魔力が馴染んで自然と魔法の精度も上がる。
(結果としては物足りないが、第一の目的は達成された。幸い、使えそうな駒もいる。今は力の温存に集中して、来るべき時の為に備えておくのが得策か)
しかし、新たな魔王は後に知ることとなる。
この出来事が、最も敵に回してはいけない〝彼〟の逆鱗に触れる切っ掛けとなってしまうことを。




