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214.5話_閑話:覚醒《上》

 ギルがロゼッタに追いついた時には、彼女は玉座と向かい合うように立っていた。

 さっきまでキャンディ達を抱えていたはずの彼女の腕には何もない。

 まさか荷物じゃあるまいし、その辺の床に転がしおいたんじゃないだろうなと周囲を見渡すが2人の姿は見当たらない。


(あの女……俺が少し目を離してた間に、何処に置き去りにしやがった?)


 キャンディは兎も角、あの人まで。

 ギルの心配の矛先は魔王一直線だった。


「おい」


 一度目の呼びかけは、不発に終わった。

 ロゼッタは振り向くどころか、まるで何かに取り憑かれたのように目の前の玉座に意識ごと持ってかれている。


「おい!」


 先ほどよりも少し声を張った二度目の呼びかけ。

 これも不発に終わる。

 今の彼女になら背後で爆発を起こしても気付かれないかも知れないと一瞬だけ好奇心に擽られたギルだったが、すぐに我に返るように首を振った。

 呼んでも反応がないなら自分から行くしかないと、ギルはロゼッタのいる方へと歩きだす。

 純粋に気になったのだ。自分の声も届かないほどに彼女が〝何を〟夢中で見続けているのか。

 彼女のいる場所に到達する前にギルの足が止まる。

 立ち止めるつもりなど無かったのに、ギルの意思とは関係なく止まってしまった。いや、止まらざるを得なかった。

 初め、ギルはロゼッタが空席の玉座を通じて当時の魔王に思いを馳せているのかと思っていた。

 だが、違った。空席だと思っていた玉座には、魔王が座っていた。

 ロゼッタが見つけ、自分達が此処まで連れてきた魔王が。

 昔とは違い、玉座の似合わない子どもの姿になってしまってはいるが、その違和感すら些細だと思うほどに馴染んでいた。

 間違いない、この方こそが魔王だ。そう思わせるほどに。

 子ども特有のあどけない寝顔を晒している彼が、自らの意思で座ったとは思えない。

 恐らくロゼッタが彼を玉座に座らせたのだろうと、ギルは目の前の光景に目を奪われながらも悟った。


「まお……ぅ、さま……っ」


 涙声のロゼッタが感極まったとばかりに口元を両手で覆い、その想いを涙と共に零している。

 彼女の頭の中に、当時の記憶が一気に流れ込んでいるのだろう。

 確認するまでもない。だって、自分がそうなのだから。

 目の前の彼こそが魔王だ。そう思いたいのに、先程のエドの言葉が邪魔をする。


 ────魔力感知ができる君ならもう分かってるかも知れないけど、ロゼッタが運んでいた人間からライの魔力を全然感じなかったんだ。


 魔力を感じないから何だ。

 魔力の有無だけで、彼が魔王ではないという証明にはならない。

 例え、この世界での彼が魔法を使えなかったとしても自分の中の魔王が変わらない。

 自分の想いを再確認した上で、ギルは信じることにした。

 ロゼッタが魔王を見つけたと言った日。ギィルを通じて微かに、でも確かに感じた〝懐かしい魔力〟を。


「……魔力感知(マジック・サーチ)


 魔力を宿した瞳で彼を見つめた瞬間、ギルの身体は異常な感情の高ぶりで震えた。


(何だよ、エドの奴……あんな嘘吐きやがって)


 彼の言葉に翻弄されていた自分が馬鹿らしい。

 もし彼が本当に魔力を感じなかったというなら、それは完全に奴の目が節穴だっただけだ。

 いや、これは節穴程度では済まないかも知れない。悪いことは言わないから、一度その身体を検査することをお勧めする。

 ギルは魔力の感知を、すぐさま止めた。

 もう見る必要はないというのもあるが、これ以上見続けていたら膨大な魔力の圧で目がやられてしまう。それほどの魔力を感知したのだ。

 早く彼女に教えなければとギルが口を開いた、その時──玉座に座る彼の目が、ゆっくりと開かれた。

 閉じられていた目蓋から現れた真っ赤に熟れた果実のような紅が、ギルとロゼッタを捉える。

 必然的に視線が重なった瞬間、2人の心臓が大きく跳ねた。


 この内側から沸き立つ()()は、何だ?

 喜び? 敬服? それとも恐怖?

 分からない。この感情の名前が分からない。


「……あ、」


 声を漏らしたのはロゼッタだった。

 視線は相変わらず玉座に座る彼へと向けられているが、様子に違和感を覚えたギルは彼女の名前を呼ぶ。


「ロゼッタ?」


 彼女からの応答はない。

 それどころかギルの声など全く聞こえていないと言わんばかりに一歩ずつ前へと進み始めた。

 玉座を目前までやって来た彼女は、その場で(ひざまず)き、玉座に座る少年への敬意を表して(こうべ)を垂れる。


「お待ちしておりました、魔王様。此度もまた(わたくし)は貴方様の配下に加わり、この身も心も捧げることを誓います」


 その声からは、思わず悪寒が走ってしまうほど感情が感じられなかった。

 まるで本人の意思とは関係なく、()()()()()()()ようだ。


「お、おい、いきなりどうしたんだよ? それに気持ち悪ぃ喋り方しやがっ……」


「俺としたことが、久々の魔法で手元が狂ったか?」


 ギルの言葉を遮った声は、子どもが発したものとは思えないほどに威圧的なものだった。

 何より、その言葉が目の前の少年の口から発せられたという事実を、誰よりもギル自身が知っている。


「いや、違うな。この魔法は相手への信頼が強ければ強いほど成功する確率が上がる。なのに、かからなかったということは……貴様、一度でも疑ったな?」


 何を、と問いかけるまでも無かった。

 ギルの中では既に、その答えが分かっていたから。


「まぁ、良い。再会したばかりの部下に罰を与えるほど俺も鬼ではない。特別に今回の無礼は許してやる。それに今は罰を与えることよりも優先させるべきことがあるしな……久し振りだな、ギル」


 そう言って足を組んだ少年はギルを見つめながら、魂を奪いにきた悪魔のようにニヤリと笑った。

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