214話_裏側の真実
(いや、あの……お気持ちは嬉しいんですけど、本当に何もしなくて良いんで。そうですね、どこぞの王族みたいに貴方は後方で偉そうに踏ん反り返ってて下さい)
「あれ?!」
予想していた反応との相違に思わず間抜けな反応をしてしまったが、今のに関しては俺は悪くないと思う。
あのタイミングで、あんな発言をしたグレイが悪い。
「……俺は、真面目に言ったつもりだったんだが?」
ヒクヒクと頬を歪めながら、グレイに真意を問う。
グレイといいリュウといい……何故、俺の周りには一瞬で場の空気をぶち壊す情緒破壊神しかいないんだ?
(心外な、俺も大真面目ですよ。どこの世界に、元とはいえ魔王に先陣を切らせる奴がいるんですか)
「え、いや、俺は戦場に立つとは言ったが先陣を切るとは一言も……」
(同じことですよ。貴方が戦場に立つという時点で、貴方の〝ひとり舞台〟になることくらい簡単に想像できます。貴方は、それだけの力を持っているんですから)
褒められてる?
珍しく俺、褒められてるって解釈で良いのか?
「力のことは置いておくとして、戦況が少しでも良くなるなら良いんじゃないのか?」
(確かに、戦いが有利になるのは喜ばしいことですが……問題は、そこじゃないんです。貴方のような方は、この世界で目立ってはいけない。貴方に特別な力があると周囲に認知されてしまったら、良いように利用されてしまうだけです)
「利用されるって、誰から?」
(アルステッド理事長やヴォルフ理事長を含めた人の上に立つ方々にですよ。良い例が、ハヤトさんです。彼は異世界人という特殊な枠で且つ生きる厄災を一太刀で戦闘不能にする魔剣を持っている)
それだけじゃない。
ハヤトは結界師であるカグヤの力を引き継いだ正真正銘の次期結界師でもある。
ステータス的には優遇されていると言っても良い。だが、彼自身にとってもそうであるとは限らない。少なくとも俺は、そう思わなかった。
天眼通から見た彼は、この世の終わりとばかりの絶望を晒していた。
恐怖に震え、このまま放っておいたら何か良くないことが起こると不安を起こさせるほどに。
あの姿を見れば生きる厄災の討伐も彼自身が進んで望んだものではなく、強制的に任命されたのだと察することくらい容易いものだ。
「お前の言う通り、彼は利用されているだけなのかも知れない。今回の件が正にそうだった。本人の意思とは関係なく、世界の命運を託される」
本来なら、あまり素性が知られていない者に命運を託すなど考えられない。そんな高リスクを抱えるくらいなら俺だったら信頼できる奴に任せる。
それでも彼らがハヤトに託した理由は何となく分かる。ああいった危機的状況に陥った時、彼らには絶対的に信頼できる救世主のような存在がいないからだ。
俺が昔いた世界で言うところの〝勇者〟のような存在が。
だから、一時的に救世主を作り上げる。
アルステッド達のような者が太鼓判を押せば、それだけで周囲は彼らが作った救世主に信頼を寄せる。例え、それが戦闘を一度を経験していないような素人だったとしても。
後は、その救世主が失敗しないようにサポートしてやれば良いだけ。
しかし、それはハヤトが特殊過ぎる存在だからだとも言える。比べて、俺は魔法を学びに王都まで来た単なる学生。
……正直、グレイが何に対して懸念しているのか分からない。
(ハヤトさんを利用すること自体を悪いとは思いません。彼らの立場を考えれば仕方ない部分もあるでしょうから。ただ、そのやり方が気に入らないんです)
「やり方?」
(生きる厄災との戦いで貴方とカリンさんの魔力融合の発動を待つ間、ハヤトさんと少しだけ話をしたんです。気休め程度でも良いから、少しでも彼に肩の力を抜いてもらおうと思って……その時に、教えてもらったんです。〝自分には特別な魔法がかけられている。だから簡単には、やられない〟と)
そう言えば、あの時はギルドに残っていた者達がハヤトに補助魔法をかけて彼をサポートしていたという話だったな。
具体的に、どんな魔法を使っていたかまでは確認するどころか気にしてもいなかったが。
(限定死避です)
「……は?」
今のは「何だ、その魔法は?」という疑問で放った声ではない。「何故、そんな魔法を彼に使ったのか?」という疑問を込めた声だった。
この世界の限定死避という魔法が、俺の知るそれと同じものだったとしたら冗談でも笑えない。
何故なら、それは一時的に死という概念から解放されるだけの効果を持つ魔法だからだ。
一時的なのだから不死身になるわけではない。
ただ、その魔法の効果が続いている間は即死級のダメージを受けたとしても大したことないと錯覚させるだけ。
その魔法の効果が切れてしまえば、その先に待っているのは──〝死〟だ。
「……彼が死のうが生きようが、関係なかったって事か?」
大方、生きる厄災と戦っている途中で死なれては困るから限定死避を使ったのだろう。
では、その後は?
目標さえ達成されれば、彼がどうなっても良いというのか?
「彼は、このことを知ってるのか?」
(話を聞いた限り、あくまで〝自分を守ってくれる為の魔法〟という認識しか無かったようでしたから、恐らく知らないかと)
真実を知らないままでいた方が、彼にとっては幸せなのかも知れませんが。
そうグレイは言ったが、幸せどころの話ではない。
本当のことを知ってしまったら、彼はもう何も信じられなくなってしまう。
この世界での拠り所が無くなってしまう。
この感情を抱いたのは、これが初めてではない。
初めてではないというだけで慣れているわけでもない。
一度嫌いになってしまったものを簡単に好きにはなれないように、初めから不快だと感じるものはいつまで経っても不快なままなのだ。
「……………………下衆共が」
零れた本音が、黒い渦となって心を染めていく。
グレイが何か言いたげな顔で俺を見ていたが、彼からの念話が届くことは無かった。




