212話_夢だと信じたい
生きる厄災との戦いに勝利してから数日が経過した。
あの日以来、各地で問題視されていたモンスターの活発化は少しずつではあるが収束へと向かっているらしい。
やはりモンスター活発化現象は生きる厄災の影響だったのだろうか?
そう考えるのが自然だが、あくまで推測だ。
立証しようにも生きる厄災は既にスカーレットが取り込んでしまったため試しようがないが、この推測が正しかろうが間違いだろうが大した問題ではない。正直、どうでも良い。
いや、今のは語弊がある。正確には〝どうでも良いと思えるくらい俺の関心は別の方に向いている〟だ。
アルステッドに試験の合格を言い渡された俺達は、行方不明になっているアランとヒューマの捜索の協力を依頼。
彼らが二つ返事で引き受けてくれた翌日、難航するかと思われていた捜索が早くも前進した。
──行方不明者の一人であるヒューマが見つかったのだ。
彼が発見されたのは、王都に一番近い街と言われているヴィルアネーロにあるゴミなどを集める集積所。
放置されてから少なくとも数年は経っているであろう中綿やバネが飛び出したソファに横たわっていた彼を集積所で作業していた者達が見つけたことで無事に保護されたのだ。
ヒューマは現在、王都内にある病院で治療を受けている。
目立った外傷もなく、魔法によって一時的に睡眠状態にされているということ以外は健康そのものらしいが、何故か未だに面会は出来ないらしい。
彼にかけられた魔法の解除は難しいようで、現段階では魔法の効力が切れるのを待つしか手はないという。
ここで一つ、疑問が浮かぶ。
ヒューマを誘拐した相手の目的は結局、何だったのだろう?
彼らの行方が分からなくなったタイミングを考えるに、アランとヒューマを連れ去ったのは同一人物であることは間違いない。
でも何故、ヒューマだけが置き去りにされたのだろう?
(用済みになったから捨てたのか? いや、それにしたって、あんな場所に? しかも彼にかけたのは睡眠状態にするだけの安易な魔法だけ)
犯人の意図が分からない。
こんなにも早く手放す理由があるとすれば、それは……
(犯人の狙いは、ヒューマさんでは無かったということでしょうね)
割り込んできた念話に今更、驚くことはなかった。
(……此処って、俺の部屋だよな?)
(えぇ。ですが、人の気配はあるのに何度ノックしても応答が無かったので)
だから許可もなく人の部屋に無断で入ってきたのか、お前は。
誰でも良いから彼に一度、常識というものについて一から教えてやってほしい。
(リュウさんは、どちらへ?)
(妖精クラス対象の講習に出てる。全員強制参加らしい)
(それはお気の毒に。日数が経っているとはいえ彼も相当な魔力を消費していましたから、もう少し休ませてあげても良かったでしょうに)
(何でも後々の進級に関わるほどの大事な講習らしい。今日の講習に来なかったら同級生より1年遅れての高等部進級になるって担任から脅されたって騒いでた)
(……それ、本当にクラス対象講習なんですか?)
(本人がそう言ってた。それが事実かどうかまでは確認してない)
(そうですか)
それ以上、グレイがこの話題に触れることは無かった。賢明な判断だと思う。
(それで、何か話したいことがあるんだろ? だからリュウが不在の時を狙って俺の部屋に来た。違うか?)
(流石ですね、その通りです)
昔の分も含めて何年、一緒にいると思ってるんだ。いや、何十年?
兎に角、このくらいのことは本人に聞かなくても分かる。
……それでも時々、俺の理解の範疇を超える言動を取ることもあるが。
(今回のアランさんとヒューマさんの件と生きる厄災の件の関連性について……あれから、ずっと考えていたんです)
(関連性?)
あの二つの出来事は同日に起こったものだが、それだけで関連付けるのは些か単純過ぎる気がする、
(俺は、あの二つの出来事が偶然、同日に起こったとは思えないんです)
(誰かが意図的に起こしたとでも言うのか?)
(はい。魔王様、お尋ねしたいのですが、アランさんとヒューマさんが最後に居たとされる図書館は爆破されていたんですよね?)
(あぁ。しかも、あれは爆弾とか物じゃなく魔法によって起こされたものだった。魔力感知による追跡から逃れるために出来るだけ魔力を残さないよう魔力の量を調整して魔法を使ったようだが、爆破が起きた直後に駆け付けたからか完全には消えていなかった。アルステッド達が、そのことに気付いていたかどうかは知らないがな)
アルステッドと共に爆破された図書館へ向かった時、俺は、さり気なく魔力感知をしていた。
通常、魔法によって起きた現象には、その痕跡として魔力が残される。つまり魔力感知さえ出来れば、ある現象が魔法で起こったか否かの判別が可能なのだ。
魔力の滞在時間は、消費した魔力に応じて変化する。
短くて数分、長いときは数日残っていることも粗にある。
(恐らく気付いてないでしょうね。そもそも魔力が残存するという知識が、この世界にあるかも怪しいところです。魔法によって起こった犯罪の多くが未解決で処理されるような世界ですから)
(相変わらず、俺が魔王だった時の世界からは考えられない低脳っぷりだな)
もし、この世界で魔王になっていたら世界征服なんて簡単に……おっと、失礼。口が滑り過ぎた。
(それだけ、この世界が平和だということですよ。何たって魔王が物語上だけに存在する架空の人物扱いされるくらいですからね。この世界にいる多くの勇者だって、所詮は架空の存在に対する憧れ意識の塊みたいなものですし)
そこにあるのは名前だけで、特別な力も何もない凡人。
それが、この世界の〝勇者〟であることは嫌でも理解していた。
(アランさんも彼らと同類かどうかは分かりかねますが、昔のことを考慮すれば勇者としての潜在能力が最も秀でているのは彼でしょうね)
何故、そこまで言い切れるのか。
その理由をグレイは教えてくれなかった。というより、俺には教えられなかったんだと思う。
アランは、かつて魔王を討ち取った勇者。
……珍しく、気を遣ってくれたらしい。
(で、他に聞きたいことは?)
(ありませ……あ、いえ、ありました。ただ先ほどの件とは無関係なものになりますが)
(構わない。言ってみろ)
(貴方が溺愛しているスライムのことです。あの時、アルステッド理事長が気にされていた様子だったので)
溺愛してない。すぐに撤回しろ。
またまたご冗談を。
……などと巫山戯た会話をしている時点で察しは付くと思うが、アルステッドがスカーレットも招いた理由は単純だった。
自分の身体の何千倍、いや何万倍にもなるであろう生きる厄災を取り込んだスライムを一目見たい……少しでも警戒したのが馬鹿馬鹿らしくなってしまうほどに平易なものだ。
(そうでしたか。いえ、深い意味は無いんですけどね。ただ、それで俺の疑問が解決できれば良かったなと少し期待していただけなので)
以前、グレイがスカーレットに対して疑問を投げかけたことがあった。
その時の彼の問いに、俺はまだ答えられていない。
(グレイ、俺は……)
(大丈夫ですよ。答えを急かすつもりはありません。寧ろ、今は答えを聞く必要ないのではとすら思い始めているんです)
俺に向けられていた顔が、ベッドの上で潰れたように眠っているスカーレットへと向けられる。
(スカーレット、でしたっけ? このスライムが貴方を慕っていることは、これまでの行動で充分分かりました。そして何より貴方が、スカーレットを信頼している。貴方が信じているものならば、俺も信じます)
律儀な奴だと思った。
そう思ったのは今に始まったことではないが改めて、そう思ったのだ。
(魔王と配下という関係は、あくまで昔の話だ。今は立場的にも対等だろ)
(えぇ、分かってはいるんです。でも……自分が思っていた以上に、あの時の関係を心地良く感じていたのかも知れません)
全てが楽しかったわけじゃない。悲しいことも辛いこともあった。
それでも……それらを含めて、貴方や仲間達と築いた時間は掛け替えの無いものだった。
彼の想いに、思わず泣きそうになった。
彼が、あまりにも愛おしそうに昔のことを語るから。
だが、例えこれが本心だったとしても、俺にそれを聞き届ける権利は無い。
彼が心から幸せだと感じていた時間を奪ったのは……俺なのだから。
(すみません、話が脱線してしまいましたね。俺が今日、こうして部屋を訪ねたのは貴方に〝ある事〟を伝えるためです)
(……ある事?)
それは何だと問いかけると、前髪から此方を覗いているグレイの瞳と久し振りに再会した。
(俺達の前に現れた怪物は、生きる厄災のモデルとなったものだと話しましたよね? それは元々、俺達が貴方の配下にあった時に仕入れた情報なんです)
(俺〝達〟?)
(はい、俺達です)
ということは、グレイ以外にも生きる厄災(仮)の存在を知っていた奴がいるということか。
(今回の勇者学校の爆破事件と怪物の襲来。俺は、この2つの出来事が同じ人物によって起こされたものではないかと考えています)
(同じ人物って……そんなことがあり得るのか?! 同じ日に起こったってだけで場所も違うんだぞ?)
(はい。ですが思い出して下さい、魔王様。昔、貴方の傍にいたでしょう。遠隔での爆破も可能な爆破魔法使いの二重人格野郎と貴方の気持ちを強制的に自分に向けさせようとしていた思考操作魔法使いの女が)
所々、口が悪いような気はしたものの何も触れず、奥底に眠る過去の記憶を掘り起こし始める。
そして、思い出した。
グレイの言う〝爆破魔法使いの青年〟と〝思考操作魔法使いの少女〟を。
俺が答えに辿り着いたのを察したのだろう。
グレイは、まだ口には出していない答えが当たっていると既に分かっているかのように頷いた。
(俺は、これら出来事には全て……俺と同じく四天王と呼ばれた二人──ギィルとキャンディが絡んでいると睨んでいます)
ここで聞くことになるとは夢にも思っていなかった懐かしい名前に、心臓が不快な音を立てた。




