210話_彼らの戦いは、まだまだ続く
肝を冷やす場面もあったが、結果は万々歳。
俺達は見事、生きる厄災を撃破した。
しかし今となっては、俺達が倒したいう証拠どころか、神話上の生物とされていた生きる厄災が実在していたという証拠さえも無い。
何故なら、倒して間もなくスカーレットが生きる厄災の死骸を丸ごと取り込んでしまったからだ。
スカーレットの独断ではなく、俺が命令した。
リュウは奴の羽根や装甲等を売って一攫千金を狙うつもりだったようだが当然、全力で阻止。
無欲野郎だの外道だの散々喚かれたが、全て無視してやった。
(リュウさんには申し訳ありませんが、俺は正しい判断だったと思いますよ。あれは世に出回って良い代物じゃない。生きるく厄災という名前で売りに出したところで本気にする行商人などいないとは思いますが、羽根や装甲の材質を何処かの研究機関に調べられてしまえば、その特異性に気付くのも時間の問題でしょう。そうなれば大儲けや新たな研究を目論む輩が良からぬ行動を起こそうとするのは目に見えていますから)
まぁ、リュウさんの気持ちも分からなくは無いんですけどね。
最後に本音か冗談か分からない言葉を残したグレイに呆れの表情を向けながらも、俺の心は晴れやかだった。
晴れやかな空と共に心を巣食うのは、僅かな違和感。
「それにしても神話で人類が抵抗を放棄したくらいの絶望的な登場をする割には、何というか……呆気なかったな」
長期戦になるだろうと覚悟していただけに、こんなにも自分達の作戦が上手くいくとは思わなかった。
生きる厄災が地に落ちた後も、このままでは終わらない気がして最後まで気が抜けなかったほどだ。
(ま、あれはあくまでも物語上の設定で、俺達が戦ったのは、そのモデルだと言われている唯の大きな怪物ですからね。拍子抜けするのも無理はないと思いますよ)
「そうか、それなら仕方な…………お前、今、何て言った?」
(え、あれはあくまでも物語上の設定で、俺達が戦ったのは、そのモデルだと言われている唯の大きな怪物ですからね。拍子抜けするのも無理はないと思いますよ?)
こちらの要望に、一字一句相違なく返してくれてありがとう……じゃない!
「ということは、つまり……さっきのは生きる厄災じゃなかったのか?!」
「ええ。正しくは、生きる厄災のモデルとなった名もなき怪物です」
まさか最初から気付いてたなんて言わないよな?
気付いてましたよ、最初から。
なら何故、それを早く言わなかった?
聞かれなかったので。
最早、屁理屈どころの話ではない。
他の奴等が各々の感情を爆発させていたのが幸いだ。
こんな話を聞かれたら、何を言われるか分かったもんじゃない。
(すみません。あんなに真剣になってるところに水を差すようで逆に悪いかなと思いまして)
「そんな気遣いはいらん」
だが今の情報を踏まえた上で改めて思い返せば、何処か余裕を感じられたグレイの態度にも納得がいく。
当時は無謀とも言えた生きる厄災の討伐を誰よりも推していたのは他でもない彼だ。
(寧ろ俺としては、これからが本当の戦いのような気がしますけどね)
意味深に呟かれた真意を問いかける前に、ハヤトに声をかけられた。
「話し中にごめんね、ライ君。アルステッドさんが、君と話がしたいって」
ピシリと、頭の中で何かに亀裂が入ったような音がする。
今まで、すっかり忘れていた。
ある意味、生きる厄災よりも厄介な相手が残っていたことを。
ハヤトから渡された通信機を装着してライですと一言告げると、すぐに返事がきた。
『やぁ、ライ君。先ほど振りだね。先ずは御礼を言わせてほしい。君達のお蔭で生きる厄災は完全に消滅した。君達の助力なしでは討伐を成し遂げることは出来なかっただろう。心から感謝するよ』
アルステッドからの感謝を素直に受け取れない。
というより、この後の言い訳を考えるのに必死で、それどころでは無い。
『さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろうか。君達には、本当に感謝している。先ほどの言葉にも嘘偽りは無いが……それと君達が自室待機命令中にも関わらず、この場にいる件に関しては話が別だ。君達の今後の処分も兼ねて、この件の首謀者である君とは、じっくり話をしたいと思っているのだが、どうだろう?』
まるで、こちらに選択権があるかのような言い回しだが、実際には断るなんて選択は始めから用意されていないのだろう。
というか、いつから首謀者が俺になった?!
この場合は、最初に討伐の優先を提案したグレイじゃないのか?
(あくまで俺は提案しただけなので。具体的な作戦の内容だって、ほとんど貴方が考えたものですし)
あ、此奴、屁理屈だけ並べて逃げやがったな。
色々と文句を言ってやりたいところだが、今はアルステッドの機嫌をこれ以上、損ねさせないことが最優先だ。
「……分かりました。今からギルドに向かいます」
『ほぉ、まさか私が今いる場所まで特定済みだったとはね』
しまった。今のは完全に墓穴を掘ったと後悔しても、時すでに遅し。
アルステッドからは「君には、色々と聞かなければならないことがあるようだね」と言葉による追撃を受け、更に疑心を生む結果となってしまった。
どちらかと言えば良いことをしたはずなのに、この扱い。どうも納得がいかない。
『詳しくは理事長室で聞かせてもらうよ。それから、今回の件に関与している者は全員連れてくること』
人じゃないのも含めてねと言葉を添えた辺り、スカーレットがいることは把握しているのだろう。
『それでは、また後で』
すぐ来るようにという言葉を最後に、通信機は無言になった。
「…………」
この時になって俺は漸く、グレイが言っていた〝本当の戦い〟の意味を知ったのだった。




