209話_叛逆の狼煙
生きる厄災を討伐するための作戦は、もう決まっていた。
ハヤトにも、その内容は伝え済みだ。後は各々が、与えられた役割を果たせば良い。
先鋒は、俺とカリンとリュウの三人。
グレイ曰く、生きる厄災が神に近い存在とされる大元の所以は、奴が持つ特性──〝魔力吸収〟にあるらしい。
この特性は魔力として感知されたものを何でも吸収してしまうという魔法使いにとっては絶望的なものである。
奴の究極魔法である神の裁きの発動には、魔力の消費が激しいとされる上級魔法や魔力融合とは比べ物にならないほどの膨大な魔力が必要だと言われている。
それだけの魔力を効率よく集めるために付加されたのが、この特性というわけだ。
これなら敵の攻撃を無効化するだけでなく、エネルギーとして貯蓄することも出来る。
では、戦術が主に魔法頼りである俺達に勝ち目は無いのか?
結論から言えば、否。一見、魔力吸収は万能そうに思えるが、実は弱点がある。
それは一度に吸収できる魔力量に限りがあるということだ。
魔力吸収は、永続的に魔力を吸収するものでは無い。
ある一定量の魔力を吸収、或いは一瞬辺りの吸収範囲を超える魔力を受けると約1分ほどの調整期間に入る。
この状態の間、生きる厄災は活動を停止する。
たったの1分、されど1分だ。これを上手く利用すれば、勝機を見出すことが出来るはず。
その為には、奴を調整期間状態にするのが絶対条件。
ここで漸く、俺とカリンの出番だ。
リュウの強化魔法で、俺とカリンの魔力量を最大限まで高める。
限界まで高まった魔力を全て一気に奴にぶつけてしまえば調整期間に入る……と踏んでいる。
曖昧になってしまうのは仕方ない。どれほどの魔力をぶつければ、その状態になるのかなんて、そんな都合の良い情報は存在しないのだから。
それでも必ず成功させなければならない。
俺達が突破口を開かなければ、この作戦自体が崩壊してしまう。
「リュウ、頼む」
「手を抜いたら、承知しないわよ」
「分かってるって。いくぜ、オレのとっておき……魔力限界解放!」
リュウの魔力を補助魔法によって本来の何倍も魔力量が増加した俺とカリンは、生きる厄災と対峙する。
「俺達の近くにいたら巻き込まれる。お前も早くグレイ達のいる所まで避難しろ」
「分かった。後は任せたぜ、二人とも!」
リュウの気配が消えたのを確認し、カリンに視線を向ける。
彼女の今の心情を表しているかのような勝気な瞳が俺を見つめている。
互いに合図の言葉もなく、手を重ねる。
絡めた指に熱が込もっているのが分かった。ただ、その熱が自分から発されたものなのか彼女を通じて得たものなのかは分からない。
「私の獄炎乱舞と」
あの時とは違う詠唱に、思わず彼女を見た。
しかし彼女は、そんな俺の反応は予想済みだとばかりに勝ち誇った笑みを浮かべている。
彼女は、この一手に全てを賭けるらしい。
俺達の目的は、あくまでも隙を作ること。
一気に魔力を消費した反動で倒れたとしても、目的さえ達成されていれば問題は無い。
何より、これだけ大胆な挑発を受けておいて何も返さない方が失礼だ。
「俺の大輪狂咲を、一つに」
俺達は今、恐らくまだ誰も成し得ていないであろう前代未聞とと言える偉業を成し遂げようとしている。
それは、魔力融合の進化。
同時に突き上げた手から溢れんばかりの魔力が放出され、次第に凝縮されていくのが分かる。
繋がれた手に力が込められたのを合図に、思いきり息を吸った。
──魔力融合、〝生命の息吹〟!!
詠唱後、パチンと何かが弾けたような音がした。
だが、生きる厄災には何の変化も無い。
相変わらず、俺達の存在など見えていないかのように王都を目指している。
……信じられないし、信じたくもないが生きる厄災が未だに前進を続けてるのが何よりの証拠。
決して認めたくは無かったが……認めざるを得ない。
「ねぇ……もしかして私達……」
今の俺には、震えるカリンの声に応えられる余裕も無かった。
何が起こったのか簡単に説明すると、魔法の不発だ。
条件は揃っていた。魔力量も申し分なかった。
それでも俺達の魔力融合は失敗に終わってしまったのだ。
過去に一度だけでも成功すれば、その後の発動は必ず成功すると言われている魔力融合にも関わらずだ。
原因は、概ね理解している。
融合する魔法のレベルを格段に引き上げたことによる反動。逆に、それ以外の原因が思いつかない。
過去に何度も魔力融合を成功させている者なら兎も角、今回が初めての試みであった俺達には、まだ足を踏み入れるのは早すぎる領域だった。
「そ、んな……っ?!」
突然、膝を折ったカリンを繋がれたままの手を引っ張り上げながら慌てて支える。
不発に終わっても、消費された分の魔力が戻ってくるわけじゃない。
「……もう一度やるわよ」
俺の支えが無ければ、とっくに他に伏せていたであろう彼女は、まだ諦めていなかった。
「止めておけ。次また魔力融合を使えば最悪、倒れるだけじゃ済まない……自分の限界が分からないほど馬鹿じゃないだろ」
「そんなこと……っ、言ってる場合じゃないでしょ。それに私は、まだまだ平気よ」
「駄目だ」
「っ、何よ! まさかアンタ、今のでもう諦めるつもりじゃ……」
「誰も、そんなこと言ってないだろ。ここで身体を無駄に酷使するよりは別の方法を考えた方が良い。幸い、奴が王都に辿り着くまで、まだ時間がかかりそうだしな」
だから、今は自分の身体を労ってやれ。
そう言うと、カリンは顔を俯かせて何も言わなくなった。
今、彼女がどのような顔をしているのか、顔を見なくても何となく分かる。
微かに震えている繋がれたままの彼女の手を、少しでも震えが治ればと強く握ると、弱々しくも握り返してくれた。
(……俺の責任だ)
煽ったのは彼女だが、最終的に乗ったのは俺だ。
後は魔力融合を一度で成功させたという驕りも、このような結果を招いてしまった原因かも知れない。
魔法や魔力云々の話ではない、それ以前の問題。
魔法使いとして、あまりにも未熟だった。
時間を戻そうにも、この身体にそれだけの魔力は残っていない。
グレイやリュウ、そしてハヤトの失望した顔が脳裏に浮かぶ。
何が、全力で守るだ。何が、俺達を信じろだ。
何が……魔王だ。
こんな無様な結末しか迎えられないなら魔王の力なんて高が知れる。
(グレイ達には、どう報告したものか……)
彼らも何処かで見ていた筈だから報告の必要は無いだろうが、せめて一言でも謝っておきたい。
……無論、謝まったところで許されることは無いだろうが。
(魔王様)
グレイからの念話だ。
今回ばかりは、いつものような小言では済まないだろう。
(流石ですね、第一関門も難なく突破されるとは)
ほら見ろ。使えないだの役立たずだの言いたい放題……って、あれ?
(お見事でした。後は、俺達に任せ下さい)
まるで俺達が生きる厄災の足止めに成功したかのような物言いだ。
上空を見るように顔を上げると、蝶々に擬態したスカーレットがハヤトを運んでいるのが見えた。
「成功してた、のか……?」
いや、そんな筈はない。
そんな感覚は無かったのだから。
(何、疑心暗鬼になってるんですか。確かに魔力を多く注いだ割に前回と比べれば地味ではありますが、しっかり貴方方の魔法は通じてますよ。いや、通じてるどころか、むしろ相手にとっては屈辱というか専売特許を奪われたというか……)
ま、とりあえず見れば分かりますよと説明を放棄したグレイの言葉通り、俺はハヤトへと向けていた顔を生きる厄災へと向ける。
「何だ、あれは?!」
それは生きる厄災と言うよりも生きる厄災だったものと言ったほうが的確かも知れない。
毒々しい紫色をしていた身体は、鮮やかな緑色で埋め尽くされている。
身体が変色したのかと思ったが、どうやら違うらしい。
緑色の中に紛れる黄色や赤、桃色等といった統一性のない色。
その彩りが道端に咲いているような決して珍しくはない花々によって作られていることに、すぐに気付いた。
つまり、生きる厄災の身体を覆っているのは全て植物。
身体だけでなく鎧のような装甲も見えないことから、信じ難いことではあるが植物達が成長の過程で装甲を突き破ったのだろう。
(前回は炎を纏った大輪の花を咲かせるものでしたが今回は対象者に種子を植え付け、魔力や生命力を栄養分として植物を成長させるものだったようです。攻撃性は無いものの、相手からすれば迷惑極まりないですね)
生きる厄災にとって、これほどの屈辱は無いだろう。
本来は吸収する立場であるにも関わらず、立場が逆転してしまっているのだから。
(相手が調整期間に入ったのも確認済みです。後は、ハヤトさんが生きる厄災の身体に剣を突き立てれば終わりです)
生きる厄災のいる地点から更に上空にいるハヤトとスカーレットが急降下しているのが見えた。
活動を一時的に停止した生きる厄災が迫って来る彼らに攻撃を仕掛けることは無かった。
「いっけぇぇぇぇぇぇえ!!!!」
ハヤトのものであろう叫びは俺達の元まで届いた。
そして……
────グギャァアアアアア゛!!
断末魔のような叫びを最後に、生きる厄災が地に向かって落ちてくる。
早くこの場から離れなければとカリンの名を呼ぶが、いつの間にか彼女は意識を失っていた。
(魔王様、早くカリンさんを連れて避難を!)
(しかし、まだハヤトが……)
(その点は、ご安心を。ハヤトさんなら貴方の優秀なスライムが既に安全な場所まで連れて行っておりますので)
グレイの言葉に安堵した俺はカリンを背負い、即座に、その場から離れた。




