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207話_鈍感の代償

 俺達は、天眼通(セカンド・アイ)での経過観察を続行していた。

 理由は勿論、アルステッド達の動向を把握するためだ。

 俺達が行動を移すのは、あくまでも彼らが動き出した後。そのタイミングを見誤ってはいけない。

 生きる厄災(リヴ・ディザスター)に対し、主軸となる戦力として投下されたのは何と、たった一人──ハヤト・クレバヤシのみである。

 しかも、その唯一の戦闘員は戦闘経験が皆無ときた。

 どう考えたって無謀以外の何者でもない。

 このまま戦闘に臨むのは不味いと考えたのはアルステッドも同じだったようで、彼は戦闘経験が無いハヤトに急遽、空間魔法を利用した模擬戦闘で手早く戦闘に対する知恵と経験を積み上げさせた。

 相手が鈍足だったのが、数少ない救いだ。

 その甲斐あってか恐怖で硬直していたハヤトの表情が、ほんの少しだけ和らいだような気がする。


(とはいえ、所詮は応急処置ってところか……)


 模擬戦闘と実戦は違う。

 場の空気も、状況の凄惨さも。

 何より違うのは、失ったものが二度と戻ってこないことだ。

 模擬戦闘でも可能な限り実戦に近い形のものとなれば武器の故障や消失、仲間の死(と見せかけた退場)という事態に遭遇することはある。

 模擬戦闘内で起きた事故は模擬戦闘が終われば基本的に全て無かったことになるが……実戦となれば、そうはいかない。

 武器が壊れたからと言って、意図的に敵の動きを止められない。

 散ってしまった命を……蘇らせることは出来ない。

 この世界にも蘇生魔法は存在するようだが、当然ながら蘇生魔法なんて上級魔法が誰にでも使えるわけが無いし、仮に使えたとしても必ず成功するとも限らない。


「ライ。やっぱりオレ、今から理事長達のとこに行ってくる」


 そう言って立ち上がったのは、リュウだった。


「気持ちは分かるが、今は駄目だ」


「……ピクシー(オレ)じゃ話にならないから?」


「違う、お前が行こうが俺が行こうが結果は変わらない……落ち着けって言ってるんだよ。理事長達に抗議したところで俺達(こっち)が不利になるだけだ」


「でも……っ、でもさ、あの人は今、一人で戦ってんだろ? 違う世界から来て不安なはずなのに、あんな大役背負わされて。ギルドに残ってる他の奴等は魔法で補助するだけで直接的にモンスターに立ち向かうのは一人だけって、そんな無責任な話があるかよ!」


 現在、ギルドに残っているのは十数名。

 その中には勇者も数名いるが、既に心が恐怖に支配されていて、とてもじゃないが戦場に送り出せるような状態では無い。

 戦う意思の無い者を無理やり戦場に連れて行ったところで足手纏いになるだけだ。


「あのハヤトって人が強かったらオレ達が出ても逆に邪魔になるだけだと思って大人しく身を引いたよ。けど、あくまでも強いのは〝剣〟なんだろ? あの剣に、どんな力があるのか知んないけどさ……こういう時こそ、この世界の奴等(オレ達)が支えてやるべきなんじゃねぇの?」


 感情が独走したような飾り気のない言葉。

 そこに小難しい理論も事情も無い。あるのは、リュウ・フローレスという個人の感情だけ。

 なのに、何故だろう? アルステッドの言葉よりも、ストンと胸の奥にまで言葉が落ちてくるのは。

 彼は今日初めてハヤトという人間の存在知った。にも関わらず、まるで旧友のように彼に心を寄せている。

 会ったばかりの頃から、そうだ。彼は、自分のことよりも他人を気遣う傾向がある。

 模擬決闘(モックデュエル)の時だって、自分に余裕が無かった筈なのに俺を気にかけてくれていた。

 優しいのだ、彼は。その性格が妖精(フェアリー)族特有のものなのか否かは分からないが、彼が優しさを向ける対象に範囲など存在しない。

 種族も、共に築き上げた時間も、彼にとっては優しさを向けない理由にはならないのだ。

 そんな彼だからこそ力になってやりたいと……そう思える。


(ま、本人には絶対に言ってやらないけどな)


 言ったところで調子に乗るのが目に見えている。

 昔、本心は出来るだけ言葉にした方が良いとマリアに言われたことがあったが、そこまで素直になれない俺には無理難題に等しい話だ。


「大体、どうして他の奴等は何も言わないんだよ?! 誰が考えたって、おかしいだろ! 一人くらい抗議したって……」


「言わないんじゃないわ。言いたくても言えないのよ」


 感情を吐き出すリュウに冷静な意見を述べたのは、意外にもカリンだった。


「どういう意味ニェ?」


「もし反論したら自分が彼の代わりに責任を負わされるかも知れない。代わりとまではいかなくても彼と一緒に前線に出されるかも知れない。皆、それを恐れてるから言えないのよ」


 「ま、あくまで私の憶測だけど」とカリンは半ば濁すように言ったが、俺も彼女と同じ考えだ。そして、その憶測は間違ってないとも思う。


「そんな……」


「別に珍しいことじゃないわ。誰だって、自分が一番可愛いもの」


 何かを悟っているような彼女の表情が何となく気にはなったが、それを公言することは無かった。


「じゃあ、お前がさっき言った通り……あの人達が動き出すまでオレ達は何も出来ないってこと?」


「何も出来ないってことは無い。お前は、何の作戦も立てずに戦いに挑むつもりか?」


 俺の言葉に、リュウは何かに気付いたような顔をした。

 ……自分の感情に振り回される分、後先を考えないところは彼の悪い癖だ。


「でも、オレ……あんな偉そうなこと言ったけど、この中じゃ一番戦力にならないんだよな」


 突然、何の話だと首を傾げる。グレイ達も皆、同じ反応だ。


「だって、ほら、オレが使えるのは補助魔法だけだから、大して役に立たないだろ? だから……」


 その先の言葉を紡がせないように、俺はリュウの頭を軽く叩いた。

 いきなり何をするんだと言わんばかりに睨むリュウに負けじと俺も睨み返す。


「お前が変なことを言い出すからだ」


「変なことって、オレは真面目に……」


「誰が、お前のことを役立たずだと言った」


 その一言に魔法をかけたつもりは無かった。

 それなのにリュウの動きが錆の入った機械のようにきごちなくなった。

 辛うじて動く視線だけが俺に向けられ、半開きのままになっている口からは呼気だけが聞こえる。


「ヒメカさんからのクエストを受けた時も言った筈だ。〝今まで、お前を荷物だと思ったことは1度も無い〟と。あの時の言葉、今でも撤回するつもりは無いぞ」


 とは言ったものの、俺が憶えていたとしても肝心の彼が忘れている可能性があることを失念していた。

 これで彼に〝何の話?〟と一蹴されてしまえば、俺は笑いものになってしまう。


「…………」


 沈黙が怖い。

 憶えてないなら憶えてないと早く言ってほしい。


(……魔王様)


 俺を呼んだのはリュウではなく、グレイだった。

 何だと念話(テレパシー)で返せば、呆れの溜め息が脳内に響き渡る。


(本当、貴方って昔から罪深い人ですよね)


(は?)


 グレイ、お前までリュウに触発されて変なこと言い始めたか。

 ……まぁ、良くも悪くもノリの良い奴だからな。

 そんなことを思っていたら、また溜め息が降ってきた。


(相変わらずの〝天然タラシ(悪癖)〟……メラニー辺りが発狂しそうですね)


(待て、さっきから何の話だ?)


 意味の分からないことをブツブツと呪文のように唱え始めたグレイに、俺の声が届くことは無かった。

 カリンとカツェは何か知っているのか誤魔化すような苦笑いを浮かべている。

 どうやら、今この場に俺の味方は居ないらしい。


(ライ、ゲンキ? チョチョ?)


 ライ、元気ない? 蝶々(※スカーレットが擬態したもの)見る?

 訂正。味方はスカーレットだけのようだ。


「……ありがとう、スカーレット。気持ちだけ貰っておく。蝶々は、また別の機会で見せてくれ」


 暫くして、謎の動揺から復活したリュウは何事もなかったかのように作戦について話を進め始めた。

 あの間に彼の中で何があったのかは知らないが、妙に積極的な姿勢に疑問を拭えなかった。

 だが、その疑問の解消に充てるだけの時間は今は無い。

 俺達の第一の目標は、ハヤトとの合流。ここで失敗してしまっては元も子もない。

 アルステッド達とは別にまた俺達も生きる厄災(リヴ・ディザスター)に向けての準備を進めていくのだった。

次回は、いよいよ…

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