206話_悪巧み
アルステッドの話を全て聞き終えた後、自分の身体が微かに震えていることに気付いた。
俺の中で生まれ、不可解などす黒い感情となった〝それ〟が胸の中で渦巻いているからだ。
俺の嫌な予感は見事に的中してしまった。
アルステッドは、ハヤトが持つ魔王殺剣で生きる厄災を撃破するつもりらしい。
撃破すると言っても、実行するのは彼ではない。
魔王殺剣は、剣に持ち主として認められたハヤトにしか扱えない。つまり必然的にハヤトが先陣を切って生きる厄災と対峙しなければならないのだ。
(これはまた……随分と思い切ったことをしましたね)
無謀とも言えますが。
グレイの視線は今、哀れなほどに顔を真っ青に染めているハヤトへと向けられていることだろう。
(魔王様、彼は?)
(彼の名前はハヤト・クレバヤシ。ギルドの召喚士によって異世界から連れて来られた奴だ)
俺だけに向けられた念話での問いかけに簡潔に答えると「そうですか」と彼もまた端的に返す。
(彼がいた世界は、この世界よりも平和だったのでしょうね)
(何故、そう思う?)
(あの表情を見れば分かりますよ。アルステッド理事長が頼りにしているという割に、彼の表情には微塵も覇気がない。あれは命を奪う者ではなく、命を奪われる者の顔です。貴方だって本当は気付いてますよね)
気付くというよりも、俺の場合は前から知っていたと言った方が正しいかも知れない。
あの剣を授けられた時、彼自身が言っていた。
──で、でも僕、今まで剣とか持った事すらなくて……
あの一言だけでも、彼が一度も戦場に赴いたことが無いことくらいは想像に容易い。
「あの人、誰? 強いの? なんか心配になるくらい顔、すっげぇ青白い気がするんだけど」
「ウチ、あの人知ってるニェ。確か、ガチャールさんが召喚した異世界人だニェ!」
「ガチャ? 召喚? イセ……何?」
カツェの説明を部分的にしか捉えられなかったリュウの頭上には無数のハテナが舞っている。
「ガチャじゃなくてガチャールさん。ギルドの職員で召喚士なの。その人が召喚魔法で異世界から喚びだしたのが彼よ。名前は確か……ハヤトだったかしら?」
「ほへー」
反応的に今ので理解できたかどうかも怪しいところだが、とりあえず理解してもらったということで、そろそろ今後の方針について話し合うとしよう。
「アルステッド理事長の考えは分かった。でも、このままだと負ける。断言しても良い」
「え、でも、あの人って強いんだろ? だから、アルステッド理事長も力を借りたがってるんじゃないの?」
「強くはない。寧ろ、戦闘の技術や知識に関しては俺達よりも劣ってると思う。何たって、この世界に来て初めて剣を持ったらしいからな」
「そうなの?!」
まるで最後の切り札とばかりに登場した彼だ。リュウが驚愕の表情を浮かべるのも無理はない。
大方、見かけによらず百戦錬磨の強者なのだろうか等と勝手な想像を膨らませていたに違いない。
「理事長が求めているのは、あくまで〝剣〟の方だ。彼じゃない」
俺の言葉に首を傾げたリュウは何かを凝視するかのように目を細めている。
素直な彼のことだ。ハヤトが腰に差している剣を観察しているのだろう。
「……どう見ても普通の剣にしか見えねぇけど」
「でも、すっごく長い名前だったニェ! えーと、えーと……サラムッシュ、ジーハ、スパサランパス?」
「何それ、呪文?」
リュウの冷静な突っ込みが耳に入っているのかいないのか、カツェは〝何か違うニェ〟と一人、頭を悩ませている。
「魔王殺剣だ、カツェ」
「あ、それニェ! いやぁ、惜しかったニェー」
「あれ、全然違ったように聞こえたのオレだけ?!」
リュウの言葉に同意の声を上げる者はいないものの、そう言いたい気持ちは分かるとでも言いたげな瞳でカツェ以外の全員が彼を見つめている。
また空気が緩んでしまったと視線をカツェから逸らした先でカリンと視線が重なった。
〝……で、この後どうするつもり?〟
そう問いかけるような視線は、俺への信頼を表しているかのようで単純に嬉しい。……実際に彼女から聞いたわけでは無いため、あくまで主観的なものではあるが。
(ライさん。実は既に何か策があるのでは? もし良ければ、聞かせて欲しいのですが)
問いかけられている筈なのに、何か考えがあることを前提に言われている気がするのは何故だろう?
これも一つの信頼? そんなことを思いながらも、実際に思い付いている策はある。
「あ、オレ分かっちゃった! お前、今からアルステッドさん達の所に行って進言するつもりだろ! 〝俺達にも怪物退治のお手伝いをさせて下さい〟ってさ」
自信満々に俺を見るリュウに間髪を容れず首を横に振ると、彼は羞恥やらショックやらで顔面の極端な熱の上昇と低下を繰り返した。
「アンタ、あれだけ自信満々に言っておいて……」
「やめろ! オレの心の傷を抉るんじゃない!」
「すっごい〝どや顔〟だったニェ」
「や、め、ろ!!」
(ナイスファイトです、リュウさん。この失敗を糧に、また頑張りましょう)
「何を?!」
案の定、弄られているリュウを見て思わず俺まで頬が緩んでしまった。
彼ら……特にリュウの前では真剣な話をするだけ無駄なのかも知れない。
(まぁ、下手に緊張されるよりは良いか)
それに、このメンバーなら……これから何が起こっても最後まで乗り越えられる気さえする。
根拠は無くとも不思議と、そう思えるのだ。
だから言える。彼らなら、どんな無茶振りにも応えてくれると信じているから。
「初めはリュウが言った案で通そうかと思っていたが、今から俺達が行ったところで相手にはされない。むしろ待機命令が出ていたにも関わらず、外に出たなんて知れたら色々と面倒だ」
「じゃあ、どうするのよ。このまま黙って見守ってるつもり?」
カリンの言葉に「まさか」とだけ返して、全員の表情を窺うように一度だけ見渡す。
「勿論、俺は彼らに加勢するつもりだ。あの時、ああしておけば良かったって後悔はしたくないからな」
「加勢するって言ったって……さっきは、どうせ言っても理事長達には相手にされないって」
「あぁ、だから理事長達には伝えずに行くんだよ」
戦場にさえ出てしまえば、此方の物だからな。
そう言った俺の表情は他人の目から見れば、さぞ悪者とも呼べるほどに挑戦的なものに映っていたことだろう。
グレイを除いた全員が、分かり易く頬を引きつらせていた。




