205話_まずは経過観察から
あまりにも淡々とした物言いに、それが全く大したことの無いような錯覚に陥ったが、その矛盾に気付くまで時間はかからなかった。
無駄な足掻きだと分かっていても確認せずにいられなくなった俺は、思い切ってグレイに問いかけた。
「今、生きる厄災討伐の手伝いを示唆するような言葉が聞こえた気がしたんだが、気のせいだよな?」
そこまで言い切って、グレイの返答を待つ。
この世界には〝万が一〟という言葉がある。それは、ごく稀に存在する救い。
その救いに賭けてみようと思った。例え、結果が既に見えていたとしても。
負けると分かっていても賭事をしてしまう勝負師の気持ちが少しだけ分かった気がする。こんな形で理解してしまうのは、かなり不服だが。
(気のせいで片付けられては困ります。俺は、そのつもりで言ったんですから)
予想通りだったとはいえ、こうも呆気なく崩れていく救いの儚さに虚しさを覚える。
「グレイ先輩……貴方、自分が何を言ってるか分かってるの?」
俺の心の声を真っ先に言葉にしてくれたのはカリンだった。
彼女もまた、俺と同じようにグレイの意見に納得していない様子だ。
生きる厄災が、この世界でどのような存在なのか。
それを知っている者ならば当然の反応だろう。
「話に水を差すようで申し訳ないんだけどさ……その〝リブ何とか〟って何?」
「あ、ウチも教えてほしいニェ」
……知らない者は当然、このような反応になる。
かと言って、知らないまま話を進めるのも酷なので生きる厄災のことについては俺から簡単に説明した。
初めは興味深そうに頷きながら耳を傾ける2人だったが、次第に瞳の中に絶望の色が移ろっていく。
説明を終えた頃には、顔面蒼白となった二人がグレイに詰め寄っていた。
「考え直せ、グレイ! 人間に容赦ない上に神様が作った怪物相手に俺達が加勢したって戦力どころか怪物の餌が増えるだけだぞ?!」
「そ、そうニェ! 大きくて家もバクバク食べちゃうような奴、ウチらの手に負えるはず無いニェ!!」
(人間を含めた生物だって神に作られた存在です。そういう意味では、俺達と生きる厄災は親戚みたいなものじゃないですか)
「確か、に……?」
「言われてみれば、そう……ニェ?」
純粋な奴等を丸め込もうとするな。
視線で訴えても、グレイは何処吹く風。どうやら彼は本気で生きる厄災の討伐を優先させたいらしい。
「アンタからも何とか言いなさいよ」
カリンに指摘され、思考の天秤が揺れ始める。
リュウ達の言うことは尤もだ。
人類を滅ぼすとまでは言わなくても、それに近い力を持った生きる厄災に勝てる見込みなど正直、無いに等しい。
奴に魔法で対抗したところで足枷にすらならないだろう。
それでもグレイは何の考えも無しに、このようなことを言う奴ではないことを俺は知っている。
ここまで彼が、この提案を推奨する〝理由〟が必ずあるはずだ。
(ライさん、最初に生きる厄災討伐を提案したのは?)
俺が何かを言う前に、グレイの方から問いかけてきた。
「アルステッド理事長だ」
少し前の記憶を思い出しながら答えたところで、ふと違和感を覚える。
避難ではなく討伐という大胆な提案をした彼に対する違和感が。
(本人に確認する術が無いので、あくまでも俺の推測になりますが……恐らく彼は既に勝算を見出しているのではないでしょうか?)
勝算。
その言葉を聞いた瞬間、アルステッドの〝ある言葉〟を思い出した。
──この世界の命運を託されたのは神の手駒か、それとも伝説の魔剣か……この目で確かめてやろうじゃないか。
あれは、どういう意味だったのだろう?
神の手駒は生きる厄災のことを示しているとして、伝説の魔剣は何の比喩だ?
考えても考えても候補すら浮かばない。
その場で足踏みしてしまっている俺とは裏腹に、カリンとグレイは話を進めていく。
「でも、それはグレイ先輩の予想であって事実である根拠は何処にも無いんですよね?」
(はい。ですが、考えてみて下さい。アルステッド理事長が何の策も無しに賭けとも言える案を出すと思いますか?)
「それは……」
言い淀んでいる時点で、カリンがアルステッドに対して抱いている印象はグレイと同じだ。
アルステッドは、どちらかと言えば策略家。少なくとも自暴自棄から出た案でないことは想像に容易い。
今思えば、あの時の彼は珍しく何処か好戦的な表情をしていたようにも思える。
〝大博打〟と弱腰な言葉を添えていながら、あの時から彼には勝利の光景が見えていたのかも知れない。
「で、でも、それが本当だったとして作戦をウチらに教えてくれるかニェ?」
「多分、教えないだろうな。態々、自室待機命令を出したくらいだ。俺達に関わらせる気は始めから無いってことだろ」
カツェの問いに答えると、カリンとグレイも俺と同じ考えだったようで納得したように頷いた。
(せめて彼が何をしようとしているのか……少しでも情報が欲しいところですね。向こうの現状も知らずに俺達が動いたところで意味がありませんから)
そう言って考えるような仕草を見せたグレイを見て、唐突に思い出した。
あるじゃないか。外に出なくてもアルステッド達の行動を監視できる目が。
(……よし、まだ魔力は残ってるな)
外から感じる自分の魔力に安堵しながら俺は以前、一本の毛髪を媒体に発動させた魔法──〝天眼通〟を再び発動させる。
これで広範囲の捜索から対象を発見次第、範囲を限定的に絞り込めばアルステッド達の動向のみを確認することが出来る。
アルステッド達の姿は、王都のギルドの建物内にあった。
後は、この情報をグレイ達と共有すれば良い。
「みんな聞いてくれ。今、天眼通を使ってアルステッド達を見つけ出した。今から天眼通を通じて見ている情報を全員に送る」
一先ず、それで様子を窺おう。
その提案に対する反応は戸惑い、怪訝、驚き、感心と正に十人十色だったが、それら全ての感情に対応していては切りがない。
同意を得る前に彼らにも天眼通を共有する。
誰も何も言わないので、俺も意識を目の前に広がる情報に集中させる。
彼の言っていた伝説の魔剣とは一体、何なのか。
そればかりが気になっていたが、新たな情報を得たことで新たに気がかりが出来てしまった。
アルステッドの隣に立っている青年。その青年には見覚えがあった。しかも、つい最近。
何故、彼が此処に居るのか。
そんな疑問を抱いた時、俺の中で全てが結び付いた。
(まさか、伝説の魔剣って……)
その先の言葉は、まだ出さずにいた。
何故なら、現時点では推測に過ぎないからだ。
まだ結論を出すには早い……と言うのは建前で単純に認めたくない。
これが真実だとしたら、あまりにも酷過ぎる。アルステッドが今から行おうとしていることが彼自身の言葉通り〝大博打〟となることは間違いない。
不穏な胸騒ぎに、心臓が嫌な音を立て始めた。




