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202.5話_閑話:奪還成功

「……いくら何でも順調過ぎねぇか?」


 ギルの言葉にロゼッタは足を止めた。

 両脇に気を失ったキャンディとアランを抱えた状態にも関わらず、彼女は息一つ切らさずに訝しげな表情を浮かべている。


「何? 何か言った?」


「だから、いくら何でも順調過ぎるって……って、おい。ちゃんと丁重に扱えよ。荷物じゃねぇんだぞ」


 そう(たしな)めるギルの視線は、項垂れたアランへと向けられている。

 ギルの言葉に対し、ロゼッタは不満そうに顔を顰めている。


「出来るなら、とっくにしてるわよ! こっちは2人も抱えてるのよ?! 文句言うなら、アンタがキャンディを運びなさいよ」


「3人から2人に減ったんだから、少しはマシだろ。それに荷物運びは昔から、お前の管轄だっただろうが」


「それって遠回しに魔王様も荷物扱いしてない?」


「んなわけあるか。貸せ、その人は俺が運ぶ」


 寄越せと手を差し出したギルに、ロゼッタは信じられないと目を見開いた。


「アンタ、自己中にも程があるでしょ?! てか、そんだけ魔王様が好きなら本人の前でも少しは素直になりなさいよっ!」


「それが出来たら苦労しねぇよ、バァカ!!」


「はぁ?!」


 長閑な森の風景には何とも不似合いな稚拙な口論が繰り広げられていく。

 魔王を支えていた者達とは思えない体たらく。

 彼らの名誉の為にも早急に、この不毛な争いを終わらせたいところだが残念ながら今、彼らを止められる者はいない。


「逆ギレしてんじゃないわよ、この天邪鬼(あまのじゃく)! アンタなんか一生勘違いされて、そのまま魔王様に嫌われちゃえば良いのよ!」


「黙れ、怪力女! そもそもテメェは〝女〟とすら認識されて無かっただろうが」


「っ、うっさいわね! そんなの……私が一番よく分かってるわよ」


 しまった、今のは言い過ぎた。

 ギルの頭の中で言葉が過ぎ去るも虚しく、先程までの勢いが一気に失速してしまったロゼッタは心臓を締め付けられたような切実な痛みに顔を歪ませる。

 彼女が昔から魔王に特別な感情を抱いていることは知っていた。その感情の形が今でも変わっていないことも。

 それなのに無神経なことを口走ってしまった。


「……悪い」


 謝罪の言葉を口にすれば、感情を押し殺したような声で〝別に〟と一言返ってきた。


「気にしてないわよ。本当のことだし」


 彼女が虚勢を張っていると分かっていても、それをギルが指摘することは無い。してはいけない。

 彼女が自身の心に触れることを許しているのは、今も昔も〝彼〟だけなのだから。


「それより、さっきアンタが言ってた順調がどうのって奴。順調なのは良いことなんじゃないの? まぁ私も正直、少し拍子抜けしちゃったけど」


「そりゃあ良いに越したことは無ぇけど……俺としては、もう少し手こずると思ってたからよ」


 何事も無かったかのように別の話題に切り替えたロゼッタにギルも合わせて話に入る。

 王都への侵入は少しばかり肝を冷やしたが、それ以降の勇者学校への侵入と魔王の奪還は造作もなく成功した。

 そんな彼らは今、生きる厄災(リヴ・ディザスター)という大きな隠れ蓑を解き放ったことで追われることも無く、弱肉強食(ウィークミート・)の森(フォレスト)の最深部近くまで辿り着いている。当初の予定には無かった爆発まで起こしたのに、だ。

 あまりにも上手く事が運び過ぎている。故に、ギルは疑っているのだ。

 自分達の都合の良い方向に向かっていると見せかけて、本当は誰かの掌で踊らされているのではないかと。


「慎重になるのは良いけど、もう少し前向きに考えなさいよ。私達の目標は無事に達成された。今は、それで良いじゃない」


 ロゼッタの言っていることは正しいのかも知れない。それでも素直に頷けないのは、先ほどから胸の内で(ざわ)ついている不穏な予感のせいだ。

 何かが違う。何かが間違っている。予感が告げる〝何か〟の正体は分からないが、ずっと自分に囁いてくる。


「アンタって昔から、そうよね。勢いがありそうな見た目してるのに、ちょっとしたことで怖気付いちゃうんだもの。魔王様の前では無理して取り繕ってたみたいだけど」


「…………」


 今、その話は関係ねぇだろうが。

 無言の視線で反抗するギルに、ロゼッタは勝ち誇った笑みを見せる。

 キャンディが気を失ってくれていて本当に良かった。でなければ、また嫌味を聞かされていたに違いない。

 そうは思いながらも、今回の件に関してはキャンディに感謝の念を抱かずにはいられない。

 彼女が自身の身体に鞭を打ってまで能力を維持してくれていたお陰で大した浪費も無く、ここまで来ることが出来たのだから。

 彼女がいなければ、この作戦は成功しなかった。そう断言できる。

 ……調子に乗るのが目に見えているから、本人には絶対に言ってやらないが。


「まだ安心するのは早ぇよ。問題は、()()()()だろうが」


「それは、そうだけど……」


 彼らにとって、魔王の奪還は序章(プロローグ)に過ぎない。

 魔王を取り戻した後は、拠点となる城の確保や自分達と同じように前世の記憶を持つ仲間達を呼び集めなければならない。

 あの時と全く同じように……とまではいかなくても限りなく近い形の魔王軍を取り戻す。

 その果てにあるのは、────魔王の再臨。

 それこそが彼らの理想とする終章(エピローグ)だ。その理想が実現するまでは、彼らに休息の余地は無い。

 彼らがこの弱肉強食(ウィークミート・)の森(フォレスト)付近を仮の拠点としているのには理由がある。

 それは実に単純なもので昔、彼らが暮らしていた魔王城が、この霧に覆われた場所にあったからだ。

 実は、この森は彼らの知る昔の世界にも存在していた。この森を抜けた先に毒の霧(ポイズン・ミスト)と呼ばれる濃霧(のうむ)に包まれた場所がある。

 名前の通り、視界が悪い上に僅かでも呼吸をしてしまえば身体が痺れて変色し、後に死に至る猛毒が漂う地獄のような場所が。

 当時は魔王の力によって毒が浄化されていたために何の問題もなく過ごせていた場所だが、本来は毒に強い耐性のある生物だけが生息している。

 人間だけに限らず大部分の生物が自然と敬遠する地に、ギルとロゼッタは自らの意思で足を踏み入れようとしていた。

 この世界に弱肉強食(ウィークミート・)の森(フォレスト)という森があり、また更に奥には毒の霧(ポイズン・ミスト)が広がっている。

 包まれた中身を肉眼で確認するのが困難であるほどの濃い霧の中に、かつての魔王城があるに違いない。

 情報が入ってきた時から彼らは、そんな確信を得ていたのだ。そして今日まで、その確信を信じて行動してきた。

 しかし、ここでギルが言っていた〝問題〟に直面する。それは、どうやって毒の霧(ポイズン・ミスト)の中にあるであろう城を見つけるかという事である。

 ギルもロゼッタも、あの霧の中を平然と進めるほど毒に対する耐性は持ち合わせていない。

 昔、霧が晴れていたのは魔王の力によるもの。

 つまり、魔王さえ戻って来れば自然と霧も晴れるだろう……というのが、彼らの見解だ。

 今こそが、その答え合わせだ。


「……ねぇ、何か変じゃない?」


 警戒するように周囲を見渡すロゼッタに、ギルは同意するような頷きを見せる。


「あぁ、霧が近い森の奥に来たってのに息苦しさが全く無い」


 前回、彼らが森の最深部を訪れた時は空気を吸い込む度に喉を直接、針で刺されたような痛みが走っていたが、今は微塵も感じない。

 追っ手の存在の有無や生きる厄災(リヴ・ディザスター)の動向ばかり気にかけていたせいで、異変に気付くのが遅れてしまった。


「霧が前よりも薄くなってるっことかしら?」


「いや、薄くなってるっつーより、これは……」


 空を見上げるように顔を上げているギルに釣られるように、ロゼッタも顔を上げる。

 そして彼らは知る。この異変の原因を。

 以前は、濃い霧に包まれて見えなかった景色。

 毒の色に染まっていた一部の空は本来の青を取り戻し、霧によって隠されていた場所が目視で確認できる。

 森の木々よりも遥かに高く、空を突き抜けんとばかりに聳え立つ古城。

 毒の霧の中でも生き続けた植物が禍々しい色の(つた)に覆われた()()は、彼らに懐古の念を埋め込むには充分な代物だった。


「っ、ギル!」


 感極まったロゼッタがギルの名前を呼ぶが、ギルからの応答は無い。

 彼は、何かに取り憑かれたかのように一心に城を見つめている。目の前に見える城を通して、嬉しさと悲しみが混ざり合った感情(もの)が彼の胸に突き上がる。

 あの城は、彼らにとって始まりの場所。〝魔王〟と共に過ごしてきた場所。

 その場所に今、彼らは帰って来たのだ。

 霧が、自分達を歓迎してくれた。

 つまり彼が、彼こそが〝魔王〟であると証明されたも同然。

 ロゼッタに抱えられたアランを一瞥し、ギルは更に奥へと進み始めた。

 血潮が煮えたぎって、頭に上昇していくのが分かる。

 これだけの興奮は、いつ振りだろう?

 このような問いかけすら最早、馬鹿馬鹿しい。かつての主(魔王)を前にして、比較できる興奮材料など存在する筈も無い。


「……行くぞ」


 この興奮を悟られないように出来るだけ淡々と言い放ったギルだったが、それに気付かないロゼッタでは無かった。

 彼女もまた知っていたから。彼が、魔王に対して自分とは違う〝特別な感情〟を抱いていたことを。

次回は通常通り、主人公視点に戻ります。

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