198.5話_閑話:手掛かり探し《下》
数分ほど待った頃、門番との話を終えたらしいシャモンが門の前でギル達に向かって手招きをした。
ギル達が彼の元へと駆け寄ると同時に、大きな門が機械的な音を立てて、ゆっくりと開かれる。
「シャモンさん」
学校の敷地内へとあしを踏み入れようとした瞬間、シャモンが、先ほどまで話をしていた門番に声をかけられた。
「いくら貴方の連れとはいえ、やっぱり全員が顔を隠しているのは不自然です。せめて、この学校いる間だけでもフードを上げてもらうことは出来ませんか? 此処は、子ども達が多く集う場所です。少しでも彼らを不安にさせるような要素は取り除いておきたいのですが……」
門番の言葉に、シャモンは考えるように顎に手を添える。
「気持ちは分からんでもないが、此奴等の場合は、このままにしておいた方が良いと思うぜ」
「と、言いますと?」
「……ルシュー。悪いが此奴に、お前の面を見せてやりな」
正直、これ以上、自分の姿を他人に見せることは好ましくなかったが、ここで下手に抵抗すれば更に怪しまれることは明白だ。
渋々ながらもフードを上げた瞬間、門番の顔が複雑そうに歪められる。
「こんな具合に一見、悪人そうな面が3人分並ぶことになるんだが、それでも構わねぇか?」
門番の反応にシャモンは、それ見たことかと言わんばかりにニヤリと笑う。
「……分かりました。フードは下げたまま、お通り下さい」
ギルの心は不愉快の一色に染め上げられたが、門番とシャモンを一睨みするだけの報復に留め、即時にフードを下げた。
◇
そんな遣り取りを経て、ギル達は今度こそ勇者学校の敷地内へと入る。
シャモン曰く、目的地は寮のようだが、その寮に辿り着くには門の入り口から学校へと誘う広大な庭を抜けて更に校舎内を通らなければならない。
つまり多くの学校関係者や生徒の目に晒されるということ。
基本的には外部からの荷物は門番が受け取るらしいのだが、今回は荷物の量と相手が長年の付き合いによる信頼関係で築かれているシャモンということもあり、届け人が直接、現場まで運ぶことを許可されたのだ。
庭までは良かった。講義中なのか人通りが少なかったから。
しかし、校舎内に入り数十分が経つと講義の終了を知らせるチャイムと共に各教室から生徒達が一斉に飛び出してきた。
皆が同じ服を着ている中、自分達だけが違う服。好奇の目で見られるであろうことは、想像に容易い。
「なぁ、あれ誰?」
「知らなーい」
「でも、前に何度か見たことあるような無いような……?」
聞こえる、聞こえる。こそこそと謎の来訪者のことを話している生徒達の声が。
「あぁ、そうか。君達は新入生だから知らないのか。先頭を歩いている大柄の男の人はシャモンさん。寮の食事の基盤となる野菜や果物を毎月運んでくれるんだよ」
こそこそ話をしていた生徒達の先輩であろう誰かが、丁寧にシャモンのことを説明している。
これで少しは自分達に向けられる視線が減るかと思いきや……
「じゃあ、シャモンさんって人の後ろにいる3人は?」
「あの3人は僕も初めて見たな。多分、シャモンさんの弟子とかじゃないかな? シャモンさんって結構、有名な商人みたいだし」
弟子なんて冗談でも有り得ない。
それが会話を全て聞いていたギル達の率直な感想だった。
(俺が尊敬してるのは今も昔も、あの人だけだ。あぁ、そうだ……あの人だけ)
(弟子とか冗談でも笑えないんですけど。魔王様以外とか、マジ無いわー。ま、その魔王様とは、もうすぐ会えるから今回は特別に聞き流してあげる。キャンディちゃんってば、やっさしー♪ このこと話したら、魔王様褒めてくれるかなー?)
(私が忠誠を誓っているのは、あの人だけ。あの人になら、この身も心も全て……きゃー! これ以上は恥ずかしくて言えないっ!!)
彼らは、感謝しなければならない。シャモンと、フードを下げたままでの通行を許可した門番に。
2人のお蔭で彼らは今、だらしない程に緩みきった顔を世間に晒さずに済んでいるのだから。
◇
配達も無事に終わり、後は来た道を戻るだけ。
前方で談笑しているシャモンとロゼッタの背中を見つめながら、ギルとキャンディは今後について話し合っていた。
「ねぇ、このまま帰っちゃって良いの? もう少し時間を稼いで、魔王様を探した方が良くない?」
「それが出来るなら苦労しねぇよ。大体、此処は俺達みたいな奴が気軽に彷徨けるような場所じゃねぇんだ。……上を見てみろ」
ギルの言葉に訝しげな表情を浮かべながらも、ほんの少しだけフードを上げて、何とか上を見る。
「何あれ、埃? 何か、不自然にフヨフヨ浮いてるんだけど」
キャンディの目に映り込んだのは、手の平サイズほどの綿埃のような物。
明らかに風の力ではない別の力で浮遊している綿埃のような物は、キャンディ達が行く方向とは逆方向に進んでいる。
「ゴミみたいに見えても、あれは歴とした監視用魔道具だ。ああやって色んな所を飛び回って、怪しい奴がいないか調べてんだよ」
ギルの説明を聞いたキャンディは、あからさまに顔を歪めた。
「え、それマジ? 可愛くない上に、魔道具とか萎えるんですけど。てか、此処って〝勇者〟学校でしょ? 何で、そんなもんがあるわけ?」
「俺が知るかよ……まぁ、勇者と言っても多少なりとも魔法が使える奴はいるだろうし、其奴等が操ってるんじゃねえか?」
「ふーん……でも、それってさ、ちょっと不味いんじゃない?」
ギルが僅かに首を傾ける。
「不味いって、何がだ?」
「だって、魔王様は此処に居るんでしょ? こんな無駄に広い場所から探すのでさえ面倒なのに、あの魔道具の存在も気にしなきゃいけないとか、もっと面倒じゃん」
キャンディの言うことは尤もだ。
決して狭いとは言い難い敷地内から魔王を探すという面倒ながらも単純な作業に、監視の目から逃れなければならないという厄介な条件が加えられてしまったのだから。
「てか、一旦、此処から出たとして、またワタシ達が入れると思う?」
「それは……」
恐らく、無理だろう。今回は、シャモンがいたから入れたようなものだ。
自分達だけでは門前払いを受けるに決まっている。
そもそも、自分達には学校を訪れる理由が無いのだから。
「……一層のこと、作っちゃう?」
「作るって、何を?」
「理由」
それは、まるでギルの思考を全て把握していたかのような言葉だった。
「……出来るのか?」
「成功するかは微妙だけど、案ならあるよ。ただ、その為には、このダサい腕輪を外す必要があるんだけどねー」
彼女が振った左腕では、シャラシャラと腕輪が音を立てている。
「おい、何度も言ってんだろうが。それ以上、魔法は使うなって」
「え、何? じゃあ、他に良い案でもあるの?」
それを言うのは狡いとばかりの不満顔を浮かばせながら、ギルは口を閉じる。
「言っとくけど、ワタシが少し無理したからって作戦が失敗するかもなんて心配は必要ないから。今は、まだアンタがかけてくれた魔法の効果も残ってるし、万が一のための秘策だって用意してるんだから」
本当ならば、ここで〝俺が言いたいのは、そういうことじゃない〟とギルは言いたかった。
この時、彼が気にかけていたのは作戦は勿論のこと、キャンディ自身も、その対象となっていた。
だが彼は、それを本人に伝えられるだけの素直さなど持ち合わせていない。だから伝えられない、伝わらない。
「……そうかよ」
結局、今回も例外なく素直になれなかった彼は本心を告げられぬまま、その一言で彼女との会話を終わらせてしまった。
(まったく……相変わらず、素直じゃないんだから)
実は、ちゃっかり2人の会話を聞いていたロゼッタ。彼女だけは、彼が伏せた本心に気付いていた。
それも、彼女がギルという人間を理解しているからこそ。
魔王が絡むと互いに容赦を必要としない敵になるが、だからといって普段から不仲というわけでは無い。
協力する時は協力していたし、時には謎に力強い結託を見せることもあった。
そんな仲が良いんだか悪いんだか分からない絆で、彼らは結ばれていた。
(昔から、ギルが素直になるのは魔王様の前だけ……あら?)
言葉を中断し、ロゼッタは過去の記憶を探る。
しかし、どうしても見つけ出したい記憶に辿り着けない。〝ギルが、魔王に対しては素直だった〟という証明になる記憶に。
この時、ロゼッタは気付く。そもそも彼が魔王に対しては素直だったという前提が間違っていたということを。
彼が、魔王に対して並々ならぬ感情を向けていたことは知っていた。ただ、それを魔王本人も把握していたかと問われれば、ロゼッタを含め、彼の心情を知る者達は皆揃って即座に首を横に振って否定するだろう。
(そうよ、思い出した。私、魔王様から彼のことで相談を受けてたじゃない!)
──なぁ、ロゼッタ。俺は、彼奴に何かしてしまったのだろうか? 何故だか嫌われているような気がしてならないんだが……
いつだったか、そんな質問をされたことがあった。
当時のロゼッタは嫌っているだなんて、とんでもない。彼は少し捻くれているだけで、魔王様のことを心の底から慕っておりますよと返したが、本人は納得していないような微妙な表情を浮かべながら〝そうか〟としか言わなかった。
彼の魔王に対する、これまでの態度を見てきた彼女からすれば魔王の反応も納得できる。
悪いのは魔王では無い。全てギルが悪いのだ。
本心とは逆の言葉や態度ばかりを取っているから、肝心の相手には歪んだ方向に受け取られてしまう。
──あの人が、あの人だけが俺の可能性を信じてくれた。……あの人の存在そのものが、俺の生きる理由なんだよ。
その言葉を何故、本人に言わないのか。言えば絶対に喜ぶのに……とロゼッタは思うが、指摘してやるつもりは無い。
彼の場合は、完全なる自業自得。そのまま誤解されて嫌われてしまえとさえ思う。
敵に塩を送るような余裕など、彼女には初めから無い。
(キャンディにも話せば、思い出すでしょうけど……今は止めておいた方が良さそうね)
記憶の欠片は、そっと彼女の胸の奥に仕舞い込まれた。
それからのギルとキャンディはというと……互いに話すことも無いまま周囲の生徒達の雑談らしき会話を聞き流しながら、まだまだ出口の見えない校舎内を進んでいた。
ロゼッタは、未だに衰えることのないシャモンの話に相槌を打っているが、どこか、その相槌にも適当さが窺え始めていた。
その時だった。
「そういや、ライがさ……」
その声は、まるでギル達自身に向けられたかのように、やけに鮮明に聞こえた。
〝ライ〟という名前に、3人全員が同時に声のした方へと振り返る。
振り返った際の衝撃で翻ったフードは、彼らに周辺の様子を映し出す。
その時点で既に彼らの視線は、ある人物のみを捉えていた。
深藍色の髪に、復讐の炎に焼かれたような深紅の瞳。
その顔には、あどけなさはあるものの、間違いなく自分達が探し続けていた〝あの人〟だと、全員が確信した。
〝彼〟は隣にいる友人と親しげに会話を続けながら近くの教室へと姿を消した。
「それでな……って、どうした? お前さん達、全員で同じ方向なんか見たりして。何か、面白いもんでもあったか?」
思わず駆け寄りたい衝動に駆られたが、シャモンの言葉で我に返った彼らは何事も無かったかのように再び前を見た。
「いいえ、違うの。ただ知り合いに似てる人がいたものだから、つい……」
そう返したロゼッタの声は、僅かに震えていた。
次回は、通常通り主人公視点に戻ります。




