198.5話_閑話:手掛かり探し《上》
シャモンの助けもあり、何とか市場に辿り着いた。
食品や香水、行き交う人間達の体臭と様々な匂いが入り混じる場所は、お世辞にも快適とは言えない。出来るだけ、早急に立ち去るべきだとギルは改めて思った。
馬車から降り立ったキャンディとロゼッタは、フードで狭まる視界の中で辺りを見渡しながらギルの元へと駆け寄った。
「……何とか入り込めたわね」
「でも、お蔭で、こーんなダッサイ腕輪を身に付ける事になったけどね」
キャンディが自分の左腕を振ると、ジャラッと音を立てた腕輪が彼女の腕を滑り落ちた。
「すまねぇな。フォルクスの奴が面倒かけてよぉ」
此処まで一緒に来たシャモンが、見るからに申し訳なさそうな顔をしながら頭を掻いている。
「いいえ。寧ろ、貴方には感謝しています。貴方の力添えが無ければ、私達は今頃、何処へ連れて行かれていたことやら」
ギルの言葉に、シャモンは渋い顔を見せる。
「害が無いと分かりゃ解放はするだろうが、監視対象にはなっていただろうなぁ。お前さん達自身は無害でも扱う魔法がなぁ」
「何それ。使える魔法だけで他人の良し悪しが分かるかっつーの」
発せられた声で、キャンディが不機嫌になっているのは丸分かりだった。
「それについては俺も同意見だぜ、嬢ちゃん。でもな、素性も知らねぇ相手を判別する材料なんざ所詮、そんなもんさ。後は、外見とかな。俺も最初は、そうだった」
そう言って、シャモンは長い横髪を耳にかける。
人間のものとは明らかに違う。長髪に隠れていたのは、少し鋭利で長い耳。
フードを少しだけ上げた3人は、辛うじて彼の耳を確認することが出来た。
「その耳……貴方、エルフだったんですね」
「あぁ。正確には、ドワーフって呼ばれる部類に入るが……まぁ、細けぇことは良い。お蔭で、此処に来るまで色々と苦労したもんだ。エルフやドワーフと名乗っただけで、ほとんどの奴らが面白いくらいに目の色を変えやがったからなぁ」
この世界のエルフやドワーフは、両者共に妖精族という種族の下で一括りにされる。
身体の大きさや扱える魔法の種類や保持する魔力の量は同じ種族でも大きく異なり、一般的にエルフは魔法に、ドワーフは造形に優れていると言われている。
故に、エルフを名乗る者は主に魔法使いや魔導師と呼ばれる立場の者が多く、ドワーフを名乗る者は物を作る職人や自分で作った物を売る商人といった者が多いのだ。
「とある村や街じゃ、俺達のような奴らは皆、厄介払いだったさ。こうして俺が落ち着いて商売できるようになったのも王都に拠点を移してからだ。初めは、ほとんど客が居なかったんだがな。彼奴のお蔭で今じゃ、それなりの古顔になっちまった」
「彼奴って?」
「彼奴っつったら、彼奴だよ」
キャンディの問いかけに、シャモンは答えになっていない言葉で返す。
この場所に来るまで彼の話を聞き続けていたギルだけが、彼の言う〝彼奴〟の正体に気付いていた。
「それから最近は御得意様の1人である此処らじゃ、ちょいとばかし有名な小僧の影響もあるな。ほら、お前には話しただろ」
「……あぁ。確か、トマトを沢山買いに来るとかいう」
そういえば、そんな話もしていたな。今の今まで、すっかり忘れてたぜ。
寧ろ、よく思い出せたなとギルは自分の記憶力を褒めた。
「そう、其奴だ。初めて会った時は口数少ない無愛想な奴かと思ってたんだけどよ。話してみたら、これがまた良い奴なんだわ。俺が妖精族だと知っても顔色一つ変えなかったしよ。それどころか、友人にも妖精族の奴がいるから機会があったら紹介するなんて言いやがったんだぜ?」
「ふーん」
その話題は既に飽きたとばかりのキャンディの反応に、ロゼッタは思わず苦笑を漏らす。
ギルも、またその話かと脱力している。
「もし、其奴が店に来た時は紹介してやるよ。まだ子どもだから直接、商売には結びつかねぇだろうが……きっと、お前さん達も気に入ると思うぜ?」
「いや、別に、そういうのは要らな……」
「その時は是非、お願いします!」
ギルを押し退けたロゼッタが態とらしく意気揚々とした様子で言葉を紡ぐ。
押し退けられたギルは、ロゼッタの力により受けた衝撃に身体が耐えられず馬車まで見事に吹っ飛ばされた。
結果、彼は放り投げられた荷物のように馬車の荷台に、すっぽりと入り込んでしまった。
(あのクソ怪力女ぁ……っ!!)
自分が普通の女じゃないという自覚は無いのか……なんて愚問が今更、彼女に通用しないことを、ギルは重々承知していた。
彼女が異性として意識しているのは今も昔も、あの人だけ。
彼女にとっては彼以外の男など、遠慮や配慮というものを必要とする対象にすらならないのだ。
「な、なぁ、ルシューの奴、大丈夫か? 今、もの凄ぇ勢いで吹っ飛ばされたが……」
「大丈夫、よくある事だから」
「そ、そうか」
これ以上、この話題に触れるのは野暮だと判断したシャモンはキャンディの淡々とした返しに納得の言葉を向けながら、馬車へと乱暴に放り込まれた彼に同情の念を捧げることしか出来なかった。
「話は変わるが、お前さん達は今日は何処で商売するつもりだ? 市場と一言で言っても広いが、適当に場所を決めると後々、面倒事に巻き込まれる可能性もある」
「面倒事?」
「俺みたいに長く王都で商売してる商人達の中では最早、暗黙の了解の域に達しているんだが……俺達には、それぞれ商売を許された領域ってもんがあってな。新参者には古顔が一部の領域を提供したりしてるのさ」
「つまり、商売をする場所を奪い合う必要は無いということですね」
いつの間にか馬車を降りていたらしいギルが首をコキッと鳴らしながら、どこか気怠げに言葉を漏らした。
「あぁ。お前さん達には俺の領域の一部を提供してやるよ。人によっちゃ稼ぎの何割か寄越せなんて狡賢い奴もいるようだが、俺は、そんなもの求めねぇ。況してや、お前さん達のように若い苦労人にはな」
「とても有り難い話ですが、貴方には色々と恩があります。それを少しも返さないというのは流石に……」
ギルの言葉に対し、シャモンは待ってましたとばかりに口角を上げた。
「おいおい、勘違いするんじゃねぇぞ。いつ俺が、何も求めねぇなんて言った? ただ俺は、金も商売道具も要らねぇって言っただけだぜ?」
シャモンの言葉に、ギル達は思わず身構える。
結局は、彼も商人。自分が損するような話を、最初から持ちかけてくるはずが無い。
「……では、何をご所望で?」
「おっ! 物分かり良い奴ぁ、好きだぜ。なぁに、ほんの少しだけ、お前達の身体を借りたいだけだ。要は俺の仕事を手伝ってほしい」
「手伝い……?」
ロゼッタの言葉を肯定するように、シャモンは頷いた。
「仕事っつっても身構える必要は無ぇ。単純な配達仕事だ。お前さん達には、俺と一緒に〝勇者学校〟まで荷物を運んでもらいてぇんだ」
勇者学校。
その言葉を合図に、ギル達の記憶の奥深くに眠っていた感情が呼び起こされた。




