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198話_一人と一匹の約束

「あ、ぁ……っ」


 思わず心配になるほど顔を青褪めさせたリュウが、震える唇を小さく開く。


「へ、へんた……」


「違う」


 全ての単語を紡ぎ終える前に、否定の言葉を被せる。


「何が違うんだよ! その子は誰だ?! まさか攫ったのか?! 誘拐は立派な罪だぞ!」


 予想通りと言えば予想通りの展開に早くも誤解を解くのが面倒になっていたが、騒ぎになるともっと面倒なことになる為、言葉だけは紡いでいた。

 スカーレットは騒ぎ立てるリュウを不思議そうに見つめている。


「だから誤解だって言ってるだろ。まずは俺の話を……」


「嫌だ、嫌だ! 聞きたくないっ! 大事な友達が犯罪に手を染めたなんて話、聞きたくないっ!!」


 両手で耳を塞ぎ込み、話を聞く気すら無い。

 今のリュウには何を言っても無駄だと分かると、俺はスカーレットへと視線を向ける。

 その視線だけで全てを察してくれたらしいスカーレットは一度だけ頷いた後、自分を包む毛布を抱えながら(うずくま)るリュウの元へと駆け寄った。

 スライムとは思えないほどの、この察しの良さ。是非とも、リュウに獲得してもらいたい能力だ。


「リュ、ダイジョブ?」


「あぁ、オレは大丈……え、今、もしかしてオレの名前……てか、その呼び方は……」


 ゆっくりと顔を上げたリュウが膝を折って彼を見下ろすスカーレットを見つめる。

 最初は純粋な疑問のみを映していた彼の瞳に、段々と驚愕が現れる。


「え、嘘だろ。お前、もしかして……スカーレット?」


「スカーレット!」


 スカーレットが両手を上げて、リュウの問いかけに答える。

 その瞬間、スカーレットの身体が溶け始め……本来の姿である緋色の球体の姿へと戻った。


「え、え、えぇぇ?!」


 混乱のあまり目を回すリュウだが、今の俺には見守ることしか出来ない。

 この現象について説明するということは、スカーレットが普通のスライムではなく人喰いスライムという明らかに危険生物であることの説明は避けて通れない。

 いや、仮に避けて通れたとしても、スカーレットがスライムとしては普通でないことを話すことに変わりはない。

 スライムという生物への謎は、まだまだ多いとされる現在でも人間への擬態を成功させた等と知られれば即刻、スカーレットは研究施設へ運ばれ実験台にされるだろう。下手をすれば、人喰いスライムという存在を知る者達から殺処分される可能性も……

 そこまで考えて、俺は思考を振り切るように首を振る。そんなことはさせない。させて(たま)るか。

 そうと決まれば早速、リュウに口止めを……


「今時のスライムって人間にも化けれるのか、知らなかった……」


 素直に驚嘆している彼を見て、思う。

 これは口止めしておく必要性があるのか、と。


(だが、このことを誰かに言う可能性はありそうだな)


 彼が誰かに、スライムは人間にも擬態出来るなんて話を持ち出した時点で終わりだ。

 生徒なら、まだ誤魔化しが効くが教師にでも知られてしまえば、その時は……強硬手段に出るしか無い。

 出来れば、そのような面倒な事態は避けたい。

 ……彼には申し訳ないが、今見たことは全て()()()()()()()


「リュウ」


「ん? な、に……」


 目が合った瞬間、リュウの身体はガクリと床に伏した。

 下敷きになってしまったスカーレットが柔軟な身体を駆使して、這い出るように脱出する。


(リュ? ネル、ノ?)


 スライムの姿に戻ったことで、意思疎通の方法も万能(オールマインド)念話(・テレパシー)に戻ってしまったようだ。

 スカーレットは再び少女の姿になると、横たわるリュウの頬をペチペチと叩き始めた。


「ライ、リュ、ネタ」


「あぁ、そうだな」


 俺が彼を強制的に眠らせたとも露知らず、スカーレットは俺に救いを求めるような視線を向けている。

 俺は、彼に魔法をかけた。

 それは俺が昔、自分にかけた記憶操作の魔法。

 リュウが再びミーナの姿に擬態したスカーレットを見ない限り、この数分での出来事を思い出すことは無い。

 逆を言えば、彼が一瞬でも人間に擬態したスカーレットを見てしまったら、全てを思い出してしまうという事でもある。

 床に倒れるように眠るリュウをベッドまで運んだ後、ベッドの端に手をかけてリュウを見守るスカーレットの視線に合わせるように跪く。


「スカーレット、その姿は俺が良いと言う時以外は誰にも見せるな」


「リュ、モ?」


「勿論、リュウも駄目だ。それから、アランにもサラにもマリアにも……約束できるか?」


 スカーレットは悩む素振りを見せることもなく即座に頷いた。


「ヤクソク、デキル!」


 迷いのない言葉に安心したように頷くと、スカーレットは目の前に小指を()し出した。


「ユビキリ、ヤクソク!」


 ……これは所謂、〝指切りげんまん〟という奴か?

 それにしたって一体、どこで知ったんだ?

 呆然とスカーレットの小指を見ていると、ズイッと前に突き出された。


「ユビ! キリ!」


 約束云々というよりは、単に指切りという行為をしたいだけのように思えるのは俺だけか?

 スカーレットの小指に自分の小指を絡めると、嬉しそうに頬を緩ませた。


「ユビ、キリ! ユビ、キリ!」


 同じ言葉繰り返しながら、スカーレットは絡めた小指を腕ごと振っている。


「ウソ、ダメ! ハリ、ノマス!!」


 怖ぇよ。

 最後だけ異様に気合いが入っているのが、また怖い。

 多分、スカーレット自体は言葉の意味を分かっていないとは思うが、それでも怖い。


「ユビ、キッタ!」


 スカーレットの言葉を最後に離れた俺達の小指。

 その瞬間、小指が妙に重く感じられたような気がした。


「スカーレット、ライ、ヒミツ! ヤクソク!」


 口に人差し指を当てたスカーレットが、満面の笑みを俺に向ける。

 正直、スカーレットにも記憶操作の魔法をかけようか迷っていたが……


(この様子なら問題無さそうだな)


 リュウのように、うっかり口を滑らせるなんてことも無いだろうから、まだ安心だ。

 本来の姿へと戻ったスカーレットを一撫ですると、嬉しそうに身体を震わせた。

次回は、無事に王都へと侵入したギル達の閑話です。

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