195.5話_閑話:王都侵入《下》
建物も植物も、地面を覆い尽くす煉瓦も、何もかもが雑然としている。
まるで子どもが何も考えず玩具の家や人形を適当に配置して作り上げたような場所。
それが、ギルの瞳に映る〝王都〟だった。
大多数の者達が憧れを抱く都は、彼にとっては最悪の最期を迎えた場所であり──首だけの亡き骸となった魔王と最後に会った場所でもある。
それは昔のことだとか、今は違うとか、そんな時間の概念など彼には関係ない。
彼の時間は、あの時から、ずっと止まったままだ。
(……胸くそ悪ぃ)
あの人を見つけ出したら即座に、この場所から離れよう。
そして、今度こそ……あの人の野望を叶えるんだ。
彼の言う〝あの人〟が、もう既に新たな野望を抱いていることも知らずに彼は一人、最初の関門である検問所越しに見える王都を三白眼に映した。
それから程なくして、検問はギルの番まで回ってきた。
険しい顔した検問官複数人が、ギルと馬車を取り囲む。
「……名前は?」
その問いかけから自分が警戒されていることが嫌というほど伝わってくる。
顔は見せないと言わんばかりに深くフードを被った奴を心良く受け入れる奴なんて極小数だろう。
予想通りの反応に、お言葉ギルは小さく欠伸を零した。
「ルシュー・ガラムと申します」
呼吸をするように偽名を名乗る。
「おい」
検問官の男の声に反応するように他の検問官が返事をすると、カサカサと紙を捲るような音が聞こえ始める。
「訪問者リストには、ルシュー・ガラムという名は記載されていません」
どうやら捲っていたのは訪問者を記録するための表だったようだ。
「王都に来た目的は?」
「率直に申し上げるならば、商売です。商品は後ろの馬車に積んでいます」
「中を確認しても?」
「勿論。あぁ、中には商品の宝石類の他に女性が2人いますが、彼女達は自分の連れですので」
あらぬ疑いをかけられる前に自ら情報を提示すると検問官の男は「分かった」と一言返し、馬車を調べ始めた。
馬から馬車の真下、車輪まで。馬車の中だけではなく、外装や付属品の一つ一つまで確認する徹底ぶり。
(そんな細けぇとこ見たって何も出ねぇのに……御苦労なこった)
いかにも効率の悪そうな作業に、通りで待ち時間が長かった筈だとギルは近くの検問官に気付かれないよう小さく息を吐く。
確認を終えたらしい1人の検問官がギルの近くで様子を見守っていた男の検問官の元へと駆け寄って来た。
「商品と見られる宝石および装飾品。それから女性2名を確認。その他に関しては特別、怪しい箇所は確認されませんでした」
「御苦労」
機械的な淡々とした遣り取りに、ギルの背中にゾクリと寒気が走る。
「同時進行で魔力感知も行ったところルシュー様とキルステン様から、それぞれ爆破魔法、思考操作魔法が感知されました」
「……何だと?」
その瞬間、男の声からピンと弦を張ったような緊迫感が伝わってきた。
その声に感化されたように、周囲の検問官も警戒心の糸を張り巡らせる。
(魔力感知、そんな小細工まで……うぜぇな)
決して予想していなかったわけでは無い。
だが、まさか魔力の有無だけではなく、扱える魔法の種類まで特定されるとは思わなかった。
ちなみにキルステンというのは、前もってギルが与えていたキャンディの偽名だ。
「ルシュー・ガラム、フードを上げろ」
やはり、そう簡単には通してもらえないかとギルは渋々、フードを上げた。
少しばかり懐かしい自然の光に、思わず目を細める。
フードから顔を出したミルクティーベージュ色の髪が光に当てられ、絹糸のような輝きを放っている。
男はギルの素顔を見た瞬間、警戒を強めるように、あからさまに表情筋を引き締めた。
「君は、爆破魔法が使えるそうだな」
「えぇ。お蔭で、宝石等といった鉱物を探す手間が省けるんですよ」
実際、ギルは爆破魔法を用いることで鉱物採取が容易化されるかなんて試すどころか、気にかけたことすら無い。
だが、ここで言葉を詰まらせては余計に怪しまれるため、一先ず、それらしい理由を述べている。
男は納得したようなしていないような微妙な表情を浮かべると同時に周囲の検問官達と時折、視線を合わせている。
検問官からすれば、爆破魔法を扱えるというだけでも充分な危険要因であるのに、その危険性を増幅させる下三白眼が、更にルシュー・ガラムもといギルという存在への警戒心を強める結果となってしまった。
つまり、彼は扱える魔法と容姿で、危険人物である可能性が高いと判断されたのだ。
「ルシュー・ガラム、君の王都への入国は認めない。無論、同伴者の2名についてもだ。我々と共に来てもらおう」
「……は?」
「どうか、御理解頂きたい。例え、君達に非は無くとも、こちらが安全性を確認できない限り通すわけにはいかない。況してや、これまで一度も王都を訪ねたことが無い者となれば尚更だ」
検問官の言葉は、言葉を挟む余地も無いほどに正論だった。
(……甘かった)
当初の予定では、もっと簡単に王都へ潜り込めると思っていた。その為に、この服も馬車も宝石類も奪ったのだから。
それが、どうだろう?
魔法を暴かれた挙げ句、危険人物として疑いを持たれ始めている。
(どうする……どうする、どうする、どうする?!)
焦りの中で、まともな考えが生まれるはずも無く、ギルは反論の言葉すら返せない。
そんな彼を、馬車の荷台からロゼッタとキャンディが不安そうに見つめている。
(こんな所で終わるのか、俺達は? まだ、あの人に会ってすらいないんだぞ?!)
これでは自ら捕まりに来たようなものだ。
何か策は無いかと思考を巡らせるが、何も思いつかない。
検問官達に連行されてしまえば……下手をすれば、嫌な思い出しかない牢獄に再び閉じ込められてしまうかも知れない。
それだけは、どうしても阻止したかった。
「来い。そんなに身構えなくても、君達が危険でないと分かれば、すぐに解放し、王都への入国も許可する」
(それじゃ駄目なんだよ!!)
嘘と心ばかりの真実を混ぜ合わせた設定など、すぐに綻びが出る。
彼らが僅かでも矛盾に気付いてしまえば、その時点でゲームオーバーだ。
捕まるわけにはいかない。だが、逃げても結局、良い方向には転ばない。
ここは、どんな手を使ってでも彼らに自分達が安全であることを認識させなければならない。
しかし、どうやって? キャンディを頼りに出来ない今、どうやったら彼らを納得させられる?
肝心の策が思い付かず、検問官の手がギルの腕を掴もうとした、その時だった。
「ちょっと待ってくれ、フォルクス」
聞き覚えのある声に、ギルは我に返ったように顔を上げた。
視線の先には、軽く手を挙げながら歩み寄ってくる男が1人。
その男は顎髭を貯え、頬には大きな引っ掻き傷のようなものがあった。
「何だ、シャモン、まだ居たのか。とっくに市場の方に向かっているもんだとばかり思っていたが」
「いつもなら、そうだな。だが、今日は違う。何せ、新入りがいるんでな」
「新入りとは……まさか、彼のことか?」
フォルクスと呼ばれた検問官の言葉に、シャモンは大きく頷いた。
「あぁ、そうだ。少し前に知り合ってな。まだまだ若ぇのに、色々と苦労してんだよ。顔は……まぁ、想像してたのとだいぶ違ぇが、悪い奴じゃねぇことは確かだ。ここは俺の知り合いってことで、通してやってくんねぇか?」
この時、フォルクスの表情に初めて動揺が現れた。
「っ、いくら貴方の知り合いとはいえ、贔屓するわけにはいかない。それに今は、僅かでも危険だと判断した者は皆、調査をすることになっている」
シャモンは、何か考えるように顎に手を添える。
「へぇ? そいつは妙だな。昨日まで、そんな決まりは無かった筈だろ? ここら辺で指名手配されてる奴の目撃情報でもあったか?」
「いや、それは無いが……」
「それなら問題無ぇな。此処には、お前らみたいな優秀な検問官と大きな隕石だって砕いて欠片ごと跳ね飛ばしちまう頑丈な結界があるんだ。何も恐れるものは無ぇだろ」
シャモンの言葉に男が顔色を変えたのを、ギルは見逃さなかった。
何より、今の王都にはシャモンの言う頑丈な結界が無いことをギル自身が、よく知っている。
恐らく、この場にいる検問官達も、そのことを把握しているとギルは睨んだ。
そんな彼だからこそ分かる。彼らがシャモンの言葉に戸惑う理由が。
王都の結界が消えたなんて知られれば、この場に居る者達に限らず王都で暮らす全ての者達が狼狽することになる。
そうなれば収拾がつかなくなり、王都は混乱の渦の中心と化してしまう。そのような事態は避けたいから彼らは不用意に情報を漏らさない。
もしかしなくても、これは好機かも知れない。
「……良いだろう、君達の入国を認める。但し、一つ条件がある」
フォルクスは懐から2つの腕輪を取り出す。
淡いコバルトブルーの石が所々に嵌められただけのシンプルなデザインだ。
宝石のように鈍く輝く石を前に、ギルは不快感を露わにした。
実は、この石。見た目は綺麗な石だが、魔力封じの力が備わった魔法鉱石と呼ばれる特殊な鉱物。
ただ、その効果は人の手によって加工されて初めて発動する。
フォルクスが取り出した腕輪に嵌められた魔法鉱石は当然、既に加工されたものなので本来持つ力が発動している状態。
つまり彼がギルに提示した条件は……王都に滞在する間、この腕輪を装着して魔法を発動出来ない状態で過ごすことだったのだ。
「悪いが、この条件だけは譲れない。本来ならば入国許可も出せないところを、シャモンの知り合いということで特別に許可を出すんだからな」
こればかりは、条件を受け入れるしか無さそうだ。
「……分かりました」
フォルクスから腕輪を受け取ったギルは1つを自分の左腕に、もう1つをキャンディに手渡した。
「え、マジで装備しなきゃいけないの? このダサい腕輪を?」
「文句を言うな」
検問官達の耳には届かない程度の小声で遣り取りをしながら、キャンディが腕輪を装着したのを確認する。
「これで良いですか?」
腕輪を取り付けた方の腕を見せながらギルが問いかけるとフォルクスは、どこか納得のいかない表情を浮かべながらも頷いた。
こうして、ギル達は検問所を抜けて王都へと足を踏み入れることが出来た。
だが、誰の顔からも安堵の笑みは見られない。
それも当然だ。何故なら、王都への侵入は必須条件。
王都の地に足を着けた今、この瞬間こそが、彼らの計画の出発点なのだ。
(待っていて下さい、魔王様。このロゼッタ、必ず貴方を救い出してみせます……っ!)
(……もうすぐで、ライ様に会えるんだ)
(………………)
それぞれの想いを胸に、彼らは前へ進む。魔王を取り戻す為に。
次回は通常通り、主人公視点に戻ります。




