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195.5話_閑話:王都侵入《上》

今回の閑話も、複数回に分けて投稿します。

 これは、カリンが男子寮に忍び込む数時間前の出来事。


 ジリジリと肌を焼き尽くさんとばかりの暑さ。

 立っているだけでなのに、先ほどから汗が身体を伝い続けている。

 宝石と一緒に奪った馬車を一瞥したギルは、不愉快そうに舌打ちをした。

 何故、自分が馬車を引き、何もしなかった彼女達が荷台で寛いでいるのか。

 キャンディは兎も角、何故ロゼッタも……と思考を巡らせた時、ギルは現状に至った経緯を思い出した。


(そういや、俺が荷台に乗り込んどけっつったんだったな……)


 下手なことを喋られると困るからと、自分が彼女に指示したことを、ギルは今まで忘れていた。

 容赦なく照りつける熱に、とうとう頭までやられてしまったかと、自身の過ちに慷慨(こうがい)する。

 あの人がいたなら、もっと円滑に事を進めていただろうにと、此処に来るまで何度思ったことか。

 そもそも検問というものが、こんなにも時間がかかるものだとは思わなかった。

 先ほどから、ずっと同じ場所で待っているのに長い列が少しも前に進みやしない。

 馬に乗って来たから少しは楽が出来た思えば、これだ。こんな暑さの下に晒されては、楽出来た分の体力が奪われてしまうのも時間の問題。

 更に、そんな苦しみに追い討ちをかけているのが、身に纏っているローブだ。

 フードを深く被っているせいか、暑い。

 更に言うと、このローブ。軽装な見た目の割に、意外と通気性が悪いようで中で熱が篭って暑い。兎に角、暑い。

 一層のこと、この服を脱ぎ捨ててしまいたい衝動に駆られながらも、何とか踏み留まる。

 検問の際に顔を見せろと言われた時は仕方ないが、それ以外は極力、顔を晒したくない。

 例え、僅かでも他人の記憶に残るようなことはしたくない。

 今後のことを考えれば、この姿を見られるわけにはいかないのだ。

 いかない、のだが……


(息苦しい、人が多い……クソ(あち)ぃっ!!)


 目の前の長蛇の列。照りつける太陽。汗だくの身体に纏わり付く服。

 どれもこれも、ギルの機嫌を損なわせる要因だった。

 普段の彼ならば既に堪忍袋の緒がブチ切れて何もかも魔法で吹っ飛ばしているところだが、今回ばかりは流石に耐えている。

 今、魔法を使えば、これまでの時間が全て水泡に帰すと分かっているからだ。

 彼は短気ではあるが、時と場合を(わきま)えられる程度の理性は持っているのだ。

 

「いやぁ、今日も(あち)ぃなぁ。……なぁ、お前も、そう思うだろ?」


 突然、前に並んでいた商人の男が振り返り、声をかけてきた。

 無視してやりたいと言う本音を隠し、ギルは咄嗟に〝そうですね〟と、もう1つの人格であるギィルのような作り声と口調で返した。


「ん? お前、もしかして王都(ここ)に来るのは初めてか?」


「え、まぁ……はい」


 何故、分かった?

 まさか、彼は王都を往来する商人を全員、記憶しているとでもいうのか。

 ギルの額に、暑さが原因ではない汗が浮かぶ。

 顔はフードを深く被ることで完全に隠している。

 つまり、この商人は声だけで、ギルが初めて王都に来たという事実を見抜いたのだ。

 この時、あえて嘘を吐かなかったのは墓穴を掘る可能性を危惧したから。

 相手が自分よりも王都の事情に詳しいことは明白だ。そんな相手を前にした時は、自分が無知であることをアピールすることで面倒見の良い相手ならば、必要不必要に関わらず色々な情報を提供してくれる。

 相手が商人なだけに無償の提供は期待できないだろうが、それでも試す価値はあるとギルは、この戦法を取ったのだ。


「そうか、通りで聞き慣れない声だと思った。俺ぁ、シャモン。主に野菜や果物を扱った商売をしてる、しがない爺だ。ま、仲良くしてくれ」


(爺だと? ……それにしちゃあ、声が若過ぎねぇか?)


 相手からは自分の顔が見えない。それは、つまり自分も相手の顔が見えないということだ。

 故に、ギルの判断材料は、声などといった〝音〟しか無い。

 声から分かるのは、この商人は男であるという事。

 そして、自分のことを爺と言う割には、妙に声が若々しいという事くらいだ。


「で、お前は何を売りに来たんだ? 此処には初めて来たと言ってたが、それまでは何処で商売を?」


「私は、主に宝石の類を取り扱っております。これまで、特に拠点を設けることもなく街や村を巡って(あきな)いを続けていましたが、ある日、知り合いに一度は王都へ行ってみてはどうかと勧められまして……」


 この程度の質問に対する返答は、既に用意済みだ。

 ギルの言葉に、シャモンは感心したように声を漏らす。


「ほぉ、宝石か。俺には、ただの綺麗な石にしか見えねぇが、物によっちゃ国が買えるくらいの高値で売買されたりするんだろ? そんな代物、俺には扱える気がしねぇ。お前、まだ若そうなのに大したもんだ」


 シャモンは特に疑う様子もなく、寧ろ、面白い奴を見つけたとばかりに表情を緩ませている。

 無論、ほとんど見えていないギルが彼の表情に気付けるはずもなく、言い訳が通用したことに安堵していた。

 暫くはシャモンの簡単な質問に答えながら、商人としての情報の土台を形成していく。

 あくまでも今からは、この情報こそが自分そのもの。

 元々、2つの人格を持つ彼にとっては今更、()()()()()が増えたところで問題は無い。


「幼い頃に両親を亡くしてから、里親になった商人の元で修行……色々と苦労してんだな、ルシューは」


 ルシューというのは、ギルが名乗った偽名だ。

 幼い頃に両親を亡くしたとか、里親が商人だとか、そんな情報は全部、嘘。

 元より、彼には両親と呼べる存在はいない。

 とある小さな村の廃れた教会で、決して裕福とは言えない暮らしをしていた。

 ちなみに、その暮らしの中で、ロゼッタとキャンディとの再会を果たしたのだ。


「今時、珍しい話ではありませんよ。それに私は、運が良かった。里親が商人だったお蔭で、今こうして商人として生活していけているのですから」

 

「強いな、お前さんは……よし、気に入った! 何か困ったことがあったら遠慮なく言いな。俺で良けりゃあ、力になるからよ」


「本当ですか?」


「あぁ、男に二言は無ぇよ」


 シャモンから言質を取った瞬間、ギルの口元がニヤリと歪む。

 

「それは助かります」


 これは、良い情報源を手に入れられたかも知れない。

 漸く少しずつ前に進み出したものの、検問を受けるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 今のうちに、この男と少しでも親密になって情報を聞き出しておこう。

 ローブによって作られた闇の中で、ギルは静かに笑った。

[新たな登場人物]


◎シャモン・クラトリエ

・突然、ギルに話しかけてきた商人。

・容姿等の情報は、後々……

・最近、お気に入りの〝御得意様〟がいるらしい。

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