24話_確執
シンと静まり返った空間で、俺は先ほど突き飛ばしたアリナと魔法使いの男に手を差し伸べた。
「突然、突き飛ばしてしまって申し訳ありませんでした。立てますか?」
「あ、あぁ」
「……どうも」
夢でも見ているような表情で、2人は俺の手を掴んだ。
2人を立ち上がらせると、男達はようやく我に返ったようで折れた剣を俺に向けた。
「こ、このままで済むと思うなよ!」
悪役の決まり文句とも言える台詞を吐き捨てた勇者(の皮を被った下衆野郎)御一行は、逃げるようにギルドを後にした。
(……魔王様)
俺の元へと駆け寄ったグレイが、テレパシーで俺に話しかけてきた。
(来て早々やらかしてしまいましたね)
(やらかしたとは何だ。俺は、ただ……)
「おい、兄ちゃん」
俺とグレイのいる場所に出来た影。それだけ大きな何かが今、俺の後ろにいるという事だ。恐る恐る振り返ると、先ほどの男なんて比ではない。
見上げるほどの大男(しかも、ムキムキマッチョ)が俺の前に立っていた。
人ではない何かを見るように見つめていると大男の手が俺へと伸びてきて俺の頭を手で覆うと、そのまま無造作に撫でられた。
「よくやった!!!!」
大男が力強く言った瞬間、周囲にいた野次馬達も騒ぎ立ったと思ったら俺の周囲に集まり始めた。
「その制服、魔法学校のだよな?」
「彼奴等、最近、魔法使いを虐めてばかりだったから、いつか痛い目見ないかなって思ってたの!」
「いやぁー、スカッとしたよ!!」
クラスといい、ギルドといい最近、囲まれてばかりだな。そんな感想を抱いていた時だ。
「散れ、ウジ虫ども」
腹の底にまで響くような低い声が届く。
声のした方を見ると口元を布で覆った細身の男が立っていた。騒いでいた者達が一瞬にして無音となる。
「……ジェイド」
マッチョ男がボソリと呟くと、それに答えるように男の視線が彼へと向いた。
「誰が騒いでいるのかと思えば、お前か。アンドリュー」
両者は睨み合ったまま、その場から動かない。周囲も、そんな2人を固唾を飲んで見守っている。
「最近、クエストで怪我を負う魔法使いが増えていると聞く。しかも怪我を負って帰って来るのは勇者とパーティを組んだ奴ばかりだと、お前さんが一枚噛んでいるんじゃないだろうな?」
アンドリューと呼ばれたマッチョ男が先に口を開いた。ジェイドと呼ばれた男はアンドリューの言葉に細い目を更に細めた。
「知らん。怪我を負うのは、其奴が弱いからだろ」
「何だと?」
聞き捨てならないとアンドリューがジェイドに詰め寄ろうとしたが、それよりも前にジェイドがフンと鼻を鳴らし、ギルドを後にした。
それから間もなく人集りは自然と散っていったが、アンドリューだけは未だにジェイドが出て行った方向を見つめていた。
「グレイ、彼らは?」
(大柄の男がアンドリュー・グレイソン。先ほど出て行ったのがジェイド・ベルです。ちなみに前者は魔法使いで、後者は勇者です)
そうか、目の前のムキムキマッチョ男は魔法使いで口元を布で覆った細身の男は勇者である、と。
……(この違和感が)お分かりいただけただろうか?
「……逆じゃないのか?」
(そう問いたい気持ちは非常に分かりますが……)
絶対なるべき職業を間違えただろ、あの二人。
シリアスな空気が漂う中で抱くべき感想で無いのは重々承知していたが、そう思わずにはいられなかった。
「それにしても、お世辞にも仲が良いとは言えなさそうだな」
『当然ですよ。彼らは、勇者と魔法使いなんですから』
「どういう意味だ?」
俺がそう問うとグレイは、場所を変えましょうと、今度はテレパシーではなく、ボードを見せてきた。
きっと、彼の事だ。何か考えがあっての提案だろうと、俺は即座に頷く。
俺とグレイは一度ギルドを出て、近くの喫茶店に行くことにした。ギルドの中では話し難い話をする為に。
グレイはコーヒーを頼み、俺は……
『魔王様、ケーキがありますよ』
「……いらん」
『パフェは?』
「いらんと言ってるだろ」
『良いんですか? いっぱい乗ってますよ、生クリーム』
「……………」
結論、どんなに意地を張っても好物の前では無意味だった。
見るからに美味しそうなアイスクリームや生クリームが重ねられ、更に、その上にカラースプレーチョコで彩られた、見事なパフェ。
添えられた棒状のお菓子も良い味を出している。あ、いや、この良い味というのは味覚的な意味ではなく、あくまで見た目としての……
(魔王様、いいから早く食べて下さい)
俺の思考にまで割って入る不届き者は態とらしくコーヒーを啜る音を立てながら、ご丁寧に念話で俺に注意してきた。
(……分かってる)
俺もグレイに念話で返すとアイスをスプーンで掬い、そのまま口へと運んだ。
口に入れた瞬間、冷たい食感と同時にアイスの独特の甘さが口内に広がり、思わず口角が上がる。そんな俺をグレイが呆れたように見ていた。
『相変わらず甘味がお好きなんですね』
「そりゃあ。甘味が嫌いな奴なんていないだろ」
『いや、いますよ。普通に』
〝何、阿保な事を言っているんですか〟と直接言わなくてもグレイの顔が、そう言っている。
そんな彼の態度にムッとしたが、それよりも今は本題へ移るのが重要だ。
「それで、さっきのはどういう意味だ?」
俺がそう問うとグレイの表情が引き締まる。
『俺も初めて知った時は驚いたのですが、どうやらこの世界の勇者と魔法使いは協力的な関係では無いようです』
「それは、つまり一緒に戦ったりする事は無いってことか?」
俺を倒しに来た勇者一行のメンバーに偏りは無かったと思う。
勇者、騎士、魔法使い、賢者、僧侶等。多種多様な奴等が、各々の特性を活かしながら一体となって魔王を倒しに来ていた。
だから、勇者と魔法使いの関係性は昔の世界と同じなのだろうと思っていたのだ。
『勿論、全員がそうではありません。現に、魔法学校と勇者学校の理事長は険悪な関係では無いでしょう? ただ、大部分はお互いに良い感情を持っていないようで、喧嘩や乱闘が絶えないみたいです』
「どうして、そんな事に……」
『詳しい事は俺にも分かりません。なので、これは俺の予想になのですが、恐らく魔王様がいないからだと思います』
「魔王が?」
『前の世界では魔王様という絶対悪が存在していたから異なる職業間で多少の綻びがあったとしても協同が可能だった。いえ、必要不可欠だったと言った方が良いでしょう。その絶対悪が存在しない世界で態々、仲の悪い者達と組んでまで力を合わせて何かを成し遂げる必要は無い。現に勇者だけのパーティや、魔法使いのみのパーティは数多く存在しますし』
グレイの言葉に、開いた口が塞がらない。お蔭で、折角、美味しいパフェが目の前にあるのに味を堪能出来ない。
言ってしまえば、既にアイスが少し溶けている。
「それは、あくまでお前の考えなんだろ?」
『はい。ですが、魔王様も見たでしょう? あのアンドリューとジェイドと呼ばれた二人は勇者と魔法使い、それぞれの職業のトップと言われています。その二人があの調子なのですから』
グレイの話は終わったようで、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
柔らかくなったアイスにスプーンを刺し、口へと運びながら考えていた。
(互いを気遣い、助け合う。俺は、そんな彼らの姿しか見てこなかった)
この違和感が拭えないのは、そのせいだろうか。
……まぁ、今の俺には関係のない話か。元は魔王、しかも魔法学校に入りたての新米である俺にとっては勇者と魔法使いの仲が良かろうが悪かろうが正直、どうでも良い。
魔王であった俺も様々な種族を従えていただけに、今回も同様に様々な職業や種族と共に各々の目標に向かって進んでいきたい。
(元は世界の崩壊を願った奴が、らしくもないが……せめて心の中で思うくらいは許されるだろう)
そして俺は最後の一口を堪能した。
◇
これは、一体どういう状況なのだろう?
現実逃避をしようにも、ガッシリと掴まれた両手のせいで嫌でも現実へと引き戻される。
あれからパフェを堪能した俺は再びギルドへ戻った。
ギルドの建物に入った瞬間、俺を待ち構えていたようにアリナが俺の両手を掴んだ。
何だ? 新手の通り魔か?アリナの後ろには数人の女子生徒。見た事ある奴の顔も何人か見える。その代表格がアリナの横で腕組みをしながら俺を睨みつけているカリン。
「ライ・サナタス。私は、君をずっと探していた」
この流れについて行けていないのは俺だけでなくグレイもらしく俺の横で訝しげな表情でアリナを見ているが、肝心の表情は前髪で隠れていて殆ど分からない。
「俺に何の御用でしょうか、アリナ先輩」
アリナは掴んでいた手を離し、コホンと咳払いをした。
「単刀直入に言おう。ライ・サナタス、私のパーティに加わって欲しい」
「……はい?」
これはまた面倒な事が起こりそうだ嫌な予感を抱いた俺は、数秒後という未来の俺に心の中で合掌した。
勇者vs魔法使い……個人的に気になる対決だったので、両者が対立している設定にしてみました。
甘い物好きの魔王って……皆様的には、アリですか?
[新たな登場人物]
◎アンドリュー・グレイソン
・ムキムキマッチョ
・こう見えて、魔法使い(しかも、トップらしい)
・ジェイドと不仲…?
◎ジェイド・ベル
・口元を布で覆った細身の男
・勇者界のトップらしい
・アンドリューと不仲…?




