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194話_窓からの来訪者

 アルステッドから飛び級試験の課題が与えられて5日目の朝を迎えた。

 あの後、世間話もほどほどに店を出た俺達は寮で別れ、特に何をするわけでもなく1日を終えた。

 飛び級試験当日まで残り2日とは、思えない余裕っぷり。

 今だって、こうしてのんびりと部屋で寛げているのは、与えられた課題が魔力融合(マジック・ユニゾン)だったからだ。

 あれは発動させるまでが大変だというだけのもので、一度でも成功すれば正式に自分達の魔法として扱えるから、最初の段階で(つまず)きさえしなければ問題ない。

 俺達は運が良かった。その最初の段階を難なく達成させることが出来たのだから。

 もし、グレイの時のように論文を書けなんて言われていたら、今頃どうなっていたことか……

 少なくとも、こんなに暇を持て余すことは無かっただろう。


 今、部屋には俺とスカーレットしかいない。

 リュウは、同じクラスの先輩から呼び出されたとかで今朝から慌ただしい様子で部屋を出て行った。


(ライ、ミテ! ミテ!)


 スカーレットが、唐突に俺を呼ぶ。

 見ると、頭に鬼人(オーガ)の少女から貰った花冠を乗せたスカーレットが、リュウのベッドを我が物顔で占領していた。

 花冠は、今でも初々しい新緑の如き葉と可憐な花で彩られている。

 俺がかけた時間固定魔法(フェッセルン・タイム)が、きちんと発動している証拠だ。

 魔力自体を花冠に移転させているから、俺が意図的に止めるか、若しくは死ぬようなことでも無い限り、この花冠は美しい状態を保ち続ける。

 よほど花冠を気に入っているようで、こうして時々、スカーレットは自分の上に載せては満足そうにしている。

 心なしかリュウのベッドが玉座に、そして花冠が王冠に見える。

 それだけ、今のスカーレットは堂々とした(さま)だった。


(ヒカエ、ヨロー! ブレイ、モノ!)


 控えおろう、無礼者……と、言いたいのだろうか?

 いや、それにしたって何処で覚えてきたんだ、そんな言葉。

 好奇心旺盛なのは良いが、余計な知識をつけられるのは困る。


(まさか、アイツが変なこと教えたんじゃないだろうな……)


 アイツというのは、言わずもがなリュウのことだ。

 スカーレットが俺以外で接するのは、この学校では彼しかいない。

 俺が不在の間に、奴がスカーレットに余計な知識を植え付けたに違いない。


 ────カタン。


 思考を巡らせていると、窓の方から何やら小さな音がした。

 鳥でも止まったのかと窓の方を見て……思わず顔が固まった。

 誰が、こんな事態を予想できただろう。

 鳥が迷い込んで来たのだと思いながら窓を見たら、そこに居たのは鳥ではなくカリンだった、なんて。

 さっきの音は、男子寮へと踏み入った彼女が立てた音だったらしい……なんて、冷静に分析をしている場合では無い。

 慌てて駆け寄り、窓を開けると彼女は待ってましたとばかりに窓枠を飛び越えた部屋の中へと入ってきた。

 部屋は1階にあり、周囲は背の高い樹木の生垣に囲まれている。

 態々、窓のある方角から来たところを見ると、彼女は自分の身長の3倍以上はある生垣を、魔法で飛び越えて来たのだろう。

 それにしたって、こんな明るい時間帯に。

 しかも、女子は立ち入り禁止とされている男子寮に忍び込むなど、彼女らしくない。


「良かった。折角、誰にも見つからずに此処まで来たのに、肝心のアンタが居なかったら、どうしようかと思ってたの」


「いや、それ以前に、男子寮に忍び込むなよ……何か用事があったなら、メールでも念話(テレパシー)でも使って、言ってくれれば良かっただろ」


「私、ああいう機械の操作は苦手なのよ。誰かを頼ろうと思ってもカツェはいないし。それに……アンタと直接、話がしたかったから」


 此処で帰れと突き返すのも悪い気がするし、寮母さん達に素直に話したら話したで面倒なことになりそうだ。

 ここは、俺も共犯になる道が一番楽なのだと気付いた瞬間、一気に重い荷物を背負わされたような疲労感に襲われた。


「……あまり長居はするなよ」


「勿論。言いたいことを言ったら、すぐに出て行くわ」


 とりあえず彼女には近くの椅子に座るよう促し、俺は自分のベッドの端に腰かける。

 スカーレットが興味深そうに、カリンの様子を窺っている。

 カリンもまた、スカーレットに気付いて訝しげな表情を浮かべた。


「このスライムって、確かアンタの……」


「あぁ、スカーレットっていうんだ」


 花冠をリュウのベッドの上に置いたスカーレットは、恐る恐るといった感じで俺の方へとやって来る。


(……ダレ?)


 既に何度か会っている筈だが、まだ名前も知らなかったようだ。


「彼女は、カリン。俺の友人だ」


(ユージン? ……トモダチ?)


「そう、友達だ」


 挨拶して来いと言うと、スカーレットは少し戸惑った様子だったが、少しずつカリンとの距離を詰めた。

 カリンは、近付いてくるスカーレットを見つめている。

 両者の距離、およそ数十センチ。

 そんな絶妙な距離で、スカーレットが立ち止まる。


(ア、ノ……カリン?)


 これは珍しい。

 スカーレットが名前を間違えずに、ちゃんと発音するなんて。


「……何かしら?」


 恐らく彼女にとっては、これがスライムとの初会話だろう。

 普通なら見向きもしないか、躊躇なく排除しているだろうからな。


(カリン……ライ、トモダチ?)


「……まぁ、そうね」


 淡々としてはいるが、ぎこちない会話に(くすぐ)られる気持ちになりながらも、黙って見守る。


(カリン、ライ、スキ?)


「はぁ?!」


 スカーレットの質問に、カリンの目がカッと見開かれた。


「す、す、好きって何よ?! わ、私は、別に……っ」


「落ち着け、カリン」


 椅子から立ち上がった彼女を宥めるように、声をかける。


「スカーレットが聞いているのは、あくまで友人としての好意だ。()()()()()()じゃない」


 その言葉に、彼女は時が止まったように固まった直後、元々赤みを帯びていた頬が、更に濃く色付いた。


「わ、分かってるわよ、そんなの! 余計なこと言わないでっ!」


 いや、絶対に分かってなかっただろ。

 危うく出しかけた言葉を、慌てて飲み飲む。


(カリン、ライ、スキ?)


 スカーレットが、再び同じ質問を投げかける。

 乱暴に椅子に座り直したカリンは、腕と足を組んでスカーレットを見下ろす。


「………………」


 もう誤解は解けたはずなのに、彼女は口を開こうとしない。

 寧ろ、口を開くこと自体に抵抗を見せているように思える。

 だが、逃げ場のない今の状況では、その抵抗は無意味なもので分からないほど、彼女は馬鹿ではない。

 苦虫を噛み潰したような表情が正に、彼女の本音を表している。


「……っ、す」


 僅かに開かれた彼女の口から漏れた声。

 険しい顔をしてまで言葉を紡ぎ出そうとするカリン。

 そんな彼女を見ていたら、親心にも似た気持ちが芽生え始め、いつの間にか、俺は彼女を応援していた。

 頑張れ、あと少しだ。あと1文字言えば、お前は解放されるんだ!


「す…………き、なんじゃないかしら?」


 おい、余計なものが色々入ってるぞ。

 そんな遠回しな言い方では、恐らくスカーレットには通じな……


(スキ?! スキ、ハ、ナカマ! カリン、モ、ナカマ!!)


 ……通じたな。

 これは、多分あれだ。〝す〟と〝き〟という単語さえ確認出来れば問題ない奴だ。

 スカーレットは触手を伸ばして、カリンに握手を求める。

 無論、そんなスライムの意図を汲み取れるはずも無く、彼女は差し出された触手に戸惑った視線を向けた後、解説を求めるような表情で俺を見た。


「握手したがってるだけだ。友達になりたいんだと」


「え……私と?」 


 まだ不安そうな顔をしていたが、彼女は躊躇いながらもスカーレットの触手を掴んだ。


(カリン、ナカマ! スカーレット、トモダチ!)


 スカーレットが嬉しそうに飛び跳ねながら、念話(テレパシー)を飛ばす。


「あ……」


 スルリと手から離れた触手に、彼女から名残惜しむような声が聞こえた。

 彼女は自分の手を見つめ、感触を思い出すかのように指の曲げ伸ばしを繰り返している。

 そんな彼女の頭に、パサリと花冠が置かれる。

 これまでスカーレットが、自分のお気に入りである花冠を他人の頭に乗せたことは無い。

 つまりカリンが、スカーレットに大層気に入られたことを意味していた。


「な、何これ……花冠?」


(カリン、カワイイ)


 スカーレットが満足そうにカリンに言葉を向ける。


(カリン、オンナノコ。オンナノコ、ハナ、スキ。カリン、ハナ、スキ?)


 スカーレットにとっては、何気ない質問。

 しかし、彼女にとっては、どうだっただろう?

 頭に乗せられた花冠を手に取った彼女は、どこか遠い記憶を掘り起こしているような遠い眼差しで花冠を見つめていた。


「……えぇ、好きよ」


 先ほどとは違い、すんなりと吐かれた好意の言葉は、目には見えない涙で濡れているような気がした。

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