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193話_記憶の相違

 いきなり何だ? 突然、どうした?

 誰が、何に、向いてないだって?

 疑問が尽きない俺の思考など既に読み取っているであろうグレイは、暢気(のんき)にコーヒーを啜っている。


「どういう意味だ?」


 昔から言いたかったということは俺が魔王として君臨していた時から、そう思っていたという解釈で良いんだよな?


(そのままの意味ですよ。元々、貴方に魔王という立場は相応しくなかった)


「それは俺には、それだけの器が無かったと言いたいのか? 威厳も力さえも、それには値しなかったと」


(まさか。貴方には多くの者を土台として立つ威厳も王を名乗るに相応しい力も備わっていました。だからこそ貴方の元には多くの魔族が集まり、貴方を魔王として讃えた)


 さっきと言っていることが違うじゃないか。

 そんな言葉を添えて、目の前の彼に鋭い視線を向ける。


(俺が言っているのは性格のことです。本来ならば貴方には世界を自分のものにするだけの力があった。俺も含めて貴方に仕えた魔族達は皆、貴方が世界を我が物にする未来を待ち望んでいました。でも、貴方は敵味方関係なく慈悲の心を向けてしまった。とどめを刺すべきだった敵を見逃し、見せしめとて処罰すべきだった人質を最終的に解放したこともありましたよね。……今も昔も優し過ぎるんですよ、貴方は)


 俺が、優し過ぎるだと?

 本当に俺が優し過ぎるならば、世界を破滅させようなどと考えるわけが無い。


(何、言ってるんですか。そもそも貴方が魔王になろうと決めたのだって、()()の存在があったからでしょう?)


「……彼女って誰のことだ?」


(え、)


 いや、何だよ、〝え〟って。こっちが言いたい。

 彼女というのはロゼッタやキャンディ、それかメラニーのことか?

 いや、メラニーとは俺が魔王になった後に会った筈だ。……となると、やはりロゼッタかキャンディ?

 先ほどから思考で色々と推測を述べているにも関わらず、グレイは呆然として俺を見つめたまま何も言ってくれない。


(……本気で言ってるんですか?)


 やっと何か発したかと思えば、真偽を問われた。


「冗談を言ってると思うか?」


 こんな時に巫山戯(ふざけ)たりしないぞ、俺は。


「お前が言う〝彼女〟というのは、ロゼッタ達のことじゃないのか?」


 だとしたら、問題だ。昔の仲間を忘れていることになるのだから。

 思い出せ、思い出せと記憶を呼び起こしてみても、その対象と思われる記憶が欠片も浮かび上がってこない。


「……すまない。さっき、お前が誰のことを言ったのか教えてくれないか?」


 忘れてしまった仲間には申し訳ないが、思い出せないものは思い出せない。

 ここは素直にグレイに尋ねることにした。

 だが、いくら待ってもグレイからの返答は無い。


「……グレイ?」


(っ、はい?)


 今、俺の声に気付いたとばかりにグレイが返事をする。


「大丈夫か? 少し様子が変だぞ」


(あ……大丈夫です。それで何でしたっけ?)


「さっき、お前が言っていた〝彼女〟のことだ。思い出せないから名前を教えてくれ」


 名前さえ聞けば、思い出せるはず。

 そんな俺の期待を見て何を思ったのか、グレイは言い淀むように唇を僅かに歪めている。


(すみません……実は、俺も名前は知らないんです)


「え、」


 思わず、先ほどのグレイと同じ反応をしてしまった。

 知っていそうな雰囲気を醸し出していたのに蓋を開けてみれば〝知らない〟だと?


(知りたくても、知ることが出来なかったんですよ。何度、尋ねても貴方は教えてくれませんでしたし。貴方が彼女に会いに行くと思われるタイミングを狙って何度か跡もつけましたが、毎回気付かれて失敗……結局、名前どころか姿を見ることすら一度も叶いませんでしたから)


「でも、さっき〝彼女〟って……」


(それは当時の貴方が〝彼女〟と呼んでいたから、俺も同じように呼んだだけです)


 実際に男なのか女なのか。そもそも人間なのかすらも俺は会ってないから知りません。

 嘘を吐いているようには感じられなかった。

 グレイが知らないということは、その〝彼女〟とやらは魔王軍()の配下では無かった可能性が高い。

 要は、マナやマヤのような〝特別枠〟に分類される人物なのかも知れない。

 だとしたら尚更、思い出せる見込みは無い。

 あの双子でさえ直接会ったことで存在を思い出せたのだ。

 現時点において全く情報が無い〝彼女〟の存在を思い出せるわけが無い。


(……本当に知らないんですか?)


 グレイが疑いの目を向けてくるが、知らないものは知らないし、思い出せないものは思い出せない。

 ……俺の記憶は完全ではないのか?

 だとしても魔王としての道を歩む切っ掛けを忘れるなんて、あり得るのか?


「例の〝彼女〟が切っ掛けだという情報は何処で手に入れた?」


(本当に何も憶えてないんですね)


 漸く府に落ちたとばかりの物言いだ。

 おい、こら。勝手に1人で納得してないで、俺にも説明しろ。


(説明も何も、貴方が言っていたんですよ。〝この世界は、俺の大切なものを奪った。何の罪もない彼女を奪った。復讐してやる〟と)


 何とも物騒な言葉に絶句する。本当に俺がそんなことを言ったのか?

 何度確認してもグレイは肯定の頷きを見せるだけ。


(……俺、そんなこと言ったか?)


 残念ながら全く記憶にないが、グレイが冗談を言っているとも思えない。

 これは一体、どういうことだ? やはり俺が持っている前世の記憶は完璧なものでは無いのか?


(まぁ、今の貴方に何を尋ねても意味が無いことは分かりました。それだけでも俺にとっては充分な収穫です)


「俺は収穫どころか新たに悩みが増えてしまったんだが?」


(それは……すみません。まさか憶えてないとは思わなかったので)


 彼を責めるつもりは無かったのだが、嫌にしおらしくなった姿に言葉が詰まる。


「いや……その、何だ。今は思い出せないが、ある時にふと思い出すことがあるかも知れない。もし思い出せたら、その時は話す」


(分かりました。期待せず待ってます)


 どうやら彼の中では俺の記憶が戻らないことは既に決定事項らしい。


(試験が終わって落ち着いた頃に改めて記憶の整理でもしてみるか)


 俺は自分が持つ前世の記憶は完璧なものとして見ていた。それだけにグレイの話を経て知った事実は衝撃的なものだった。

 そもそも抜け落ちている記憶の存在というものを自分では気付けるわけが無い。

 ここはメラニーやロットも集めて、互いに記憶の相違が無いか確認した方が良さそうだ。

 

(……すみません。試験前に、こんな話をして)


「気にするな。お蔭で見直すべきことが見つかった。それに試験前とはいえ、もう後は当日を待つだけだしな」


 だから、気にするな……と言っても素直に受け取る奴じゃないよな、お前は。

 グレイは肯定も否定もせず、ただ苦笑しただけだった。

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