191話_同じ身体、違う過程
不毛な遣り取りを見せられたような疲労感。
疑問を抱くこと自体が馬鹿らしい光景が漸く終息を迎えた時には、リュウとグレイは互いに何かを分かり得たような誇らしげな顔をして握手を交わしていた。
リュウは本気でグレイとの間に生まれた(と勘違いしている)友情を感じ取っているのに対し、グレイは単純に、この状況を楽しんでいるだけの様子。
この時点で両者の間にあるのは友情ではなく、相手に向ける想いの丈の相違による温度差だけ。
どちらかが気付くか、若しくは気付いた第三者が修正を施さない限りは彼らの間に本当の友情が芽生えることは無いだろう。
(リュウは兎も角……グレイに関しては全てを把握した上で、こういう対応をしているんだろうがな)
彼に合わせながら、今後の彼の扱い方を試行錯誤している。
彼の為人を知ることで、自分の中での彼の立ち位置を確定させるつもりなのだろう。
いかにも、無害そうな顔して意外と腹黒い彼が考えそうなことだ。
(流石は魔王様。まるで俺の考えを読み取ったかのような完璧な推測ですね……少々、聞き捨てならない言葉も見受けられましたが)
いつから俺の思考を盗み聞きしていたのか。
〝慣れ〟とは、恐ろしい。このような疑問を抱くことすら、無駄だと思えるのだから。
ある意味、慣れというよりも一種の悟りとも言える。
(俺は、そろそろ戻りますね)
「え、もう? まだ居れば良いのに」
リュウの言葉に、グレイは緩く首を振る。
(そうしたいのは山々ですが……この後、用事があるもので)
「そっか、それじゃ仕方ないな」
残念そうに眉を下げるリュウに、〝また次の機会に〟と言葉を返したグレイは、制服のネクタイを軽く引き締めながら俺を一瞥した。
軽く別れの挨拶をして部屋まで戻るグレイの背中が見えなくなった辺りで、後を追うように俺も部屋を出る。
「あれ? お前もどっか行くの?」
「俺もグレイに用事があったことを思い出した。今から追いかけて話してくる」
「おいおい、何やってんだよ」
呆れたように言葉を呟くリュウに〝誰かさん達が聞くに耐えない阿呆話で盛り上がってたせいだ〟と返せば、彼は〝阿呆話って、何のこと?〟と考え始めたため、そのまま放置してグレイの後を追った。
◇
階段へと続く曲がり角まで来た時、階段の前ではグレイが俺を待っていたかのように立っていた。
(あぁ、良かった。来て頂けなかったら、どうしようかと)
「あれだけ分かり易い合図を出しておいて、よく言う」
合図というのは、先ほどネクタイを引き締めていた際に俺に向けた視線のことだ。
洋服の乱れを直しながら一瞬だけ相手に視線を向けるという行為は昔から決めていた俺達の間での〝合図〟だった。
主に他人にはあまり聞かせられない込み入った話や、極秘で進める事項の報告等で用いられていたものだったのだが……まさか、この世界に来て再び、この合図が活用されるとは。
「話が、あるんだろ。場所を変えるか?」
(そうして頂けると助かります。ところで……)
中途半端に言葉を止めたグレイが俺の方を指さす。
(後ろのスライムは、貴方が連れて来たんですか?)
「え」
〝後ろ〟という単語で反射的に振り返ると、付いて来ていたらしいスカーレットが身体を震わせていた。
(ライ、オデカケ? スカーレット、イッショ……ダメ?)
予想外の事態に俺は思考を停止させる。
これは困った。非常に困った。
スライムの前で話をしたところで他人に言いふらすような真似はしないだろうし、そもそも話の内容を理解できるかどうかも怪しい。
ただ問題なのはスカーレットを連れて歩くと目立つという事だ。
俺が知る限り、これまで俺以外でスライムを連れている奴を一度も見たことが無い。
チラリと、グレイを見る。
視線に気付いた彼は、何とも無いような笑みを浮かべながら念話を送ってきた。
(俺は構いませんよ。元とはいえ魔王に気付かれることなく、ここまでの尾行を成功させた優秀なスライムならば特に問題を起こすような行動は取らないでしょうしね)
「……本当に期待を裏切らないな、お前は」
(ありがとうございます)
褒めてない。
知ってます。
前にも、こんな遣り取りをしたようなと記憶を掘り起こそうとして……止めた。
何にしろ、俺も話したいことがあったから丁度良い。
スカーレットを連れて寮を出た俺達は近場の飲食店へと入り、適当に注文した料理を待ちながら早速、本題へと入るつもりだったのだが。
(………………)
肝心のグレイが先ほどから何も話さない。
彼が話してくれなければ何も進まないが、だからといって彼に急かすような言葉をかける気は無い。
それなりに長い付き合いだからこそ分かる、彼への違和感。
どこか緊張しているような雰囲気を漂わせながら向かいに座るグレイのを見守りつつ、彼の言葉を待つ。
幸い、俺達の間に言葉は無くても周囲の客の声のお蔭で、気不味い沈黙の空間が出来上がることは無い。
スカーレットが構ってくれと言わんばかりに差し出してくる触手を掴んだり引っ張ったりしているだけでも充分な時間潰しになる。
(……魔王様には昔、俺が生ける屍となった経緯をお話しましたよね)
「あぁ」
グレイは元々、普通の人間だった。
自ら作製した不老不死の薬を投与したことで生ける屍となったことは本人から聞いていたから知っていた。
つまり彼の体質は後天的なものだったのだ。
(この世界でも俺は普通の人間でした。あえて昔と違うところを言うならば魔力が安定し、昔よりも多種多様な魔法を発動させることが出来るようになっていた……そのくらいです)
グレイの言葉で疑問が生まれる。
ならば今回もまた何故、お前は生ける屍になった?
また同じ薬を開発して、投与したのか?
その問いかけに、グレイは小さく首を横に振った。
(いえ、違います。今回は……)
「お待たせ致しました。ご注文のミッフェパフェとコーヒーになります」
何ともタイミング悪く、注文の品が届いてしまった。
俺はパフェ、グレイはコーヒーを受け取る。
「ご注文の品はお揃いでしょうか? それでは、ごゆっくり」
店員が去ったのを確認したグレイは、コーヒーを一口啜りながら前に聳え立つパフェを凝視している。
(注文した時から気になっていましたが……何ですか、この如何にも甘ったるそうな食べ物は?)
「パフェだと、さっきの店員も言ってただろ」
透明なパフェグラスには爽やかな青空をイメージしたような青いゼリーと白い生クリームが交互に詰められて層になった土台が固められ、上にはアイスクリームやプリン。
更に、その上にはトッピングとしてカラースプレーが振りかけられている。
付属のスプーンでアイスクリームを掬い取り、口に運ぶ。
冷えきった塊が舌を刺激し、口内の温度でジンワリと溶けていく。
軽く噛み砕くと、カラースプレーがポリポリと音を立てた。
(よく、そんな甘ったるいもの食べられますね。ある意味、尊敬しますよ)
「普通に美味いぞ。お前も一口、どうだ?」
アイスを掬い取ったスプーンをグレイに差し出す前に〝いりません〟と、つれない返事が返ってきた。
行き場を失ったアイスは、すぐ後に催促してきたスカーレットによって食品としての真っ当な人生を終えた。
「で、話の続きに戻るが……さっき何を言いかけた?」
俺の一言で、グレイの表情が強張る。
そこまで身構えなければならない話ということか。
いつもなら無理に言わなくても良いと言っているところだが、今回はグレイから持ちかけてきたことだ。
彼が話すと決めたならば、出来るだけ彼の意思を尊重したい。
無論、やっぱり話せないと言われても彼を責めるつもりは毛頭無い。
(その心配は、ありません。いずれ貴方には話さなければならないと思っていたので……大丈夫です)
明らかに無理をしているのが分かる。
本人が気付いているのかいないのかはさて置き、先ほどから彼の身体が僅かに震えているのだ。
肩にも妙な力が入っているし、この姿を見る限り、今の彼を〝大丈夫〟だと思える要素は見当たらない。
(本当は、あの薬を作って、もう一度生ける屍になるつもりでした。一度は成功させた薬ですからレシピは頭の中に残っていました。でも、出来なかった)
「出来なかったというのは昔と同じ薬の開発が成功しなかったという意味か?」
「いえ。そもそも俺は此処に来てから、あの薬を作っていません。作ろうと思えば作れたんです。でも……先に、薬の調合に成功した人がいたんです」
この世界ではグレイ以外にも不老不死に興味を示し、研究、開発を進めた者がいるというのか?
況してや、その開発が成功にまで至った者が?
(初め、その事実を知った時は驚きましたよ。しかも過去に俺が編み出した方法と全く同じ方法で完成させやがったんですから。ただ薬は完成しても、それが本当に効果があるものなのかまでは分かっていなかったようですが)
「おい、少し口が悪くなってるぞ」
彼の気持ちを考えれば多少なりとも口調が荒くなるのも無理はない。
彼からすれば、自分の専売特許を先取りされたようなものだ。
しかし、ここで疑問の種子が芽を出し始める。
かつてグレイが完成させた薬は他の者の手によって作られたが、その時は実験段階にも至っていなかった所謂、未完成品。
そして今、グレイが生ける屍になっているという事実。
(まさか……)
(貴方が予想している通りです)
グレイが相手の場合、思考の中で疑問が確立される前に答えが返ってくるから助かる。
(俺は、その人が作った薬によって、この身体を再び手に入れました。つまり俺は……実験台として不老不死の薬を投与されたんです)
怒り、屈辱、恐怖……そして、僅かばかりの喜び。
矛盾とも言える感情が入り混じったような声に、思わず俺はパフェを掬うスプーンを持つ手を止めた。




