190話_この馬鹿共に付ける薬をください
スカーレットの機嫌取りを難なく終えた俺は、暇を持て余していた。
試験当日まで今日を含めて、あと4日もあるという事実に、もどかしさを感じてしまう程に。
だからといって、今からギルドまで行ってクエストを受ける気にもなれなかった。
……偶には、時間という概念を忘れて惰眠を貪るような生活を送っても許されるのではないだろうか?
試験を数日後に控えている者とは思えない発想まで浮かんできた、その時。
────コン、コン、コン。
静かな部屋に響く、ノック音。
予想外の訪問者に、ベッドから起き上がったリュウと顔を見合わせた。
彼の表情を見る限り、今のノック音は彼が前もって招いていた客人によるものでは無いようだ。
(魔王様、俺です)
突如、脳内に響いた声で扉越しに立っているであろう人物が特定できた。
しかし、その声からは、いつもの平坦さが感じられない。寧ろ、どこか切羽詰まったような声色だ。
何か予期せぬ事態でも起こったのかと慌てて扉を開けると、俺と顔を見合わせたグレイは安堵したように肩の力を抜いた。
(突然、すみません。昨日、貴方が聖騎士に連行されたと聞いたので……)
「連行……?」
聖騎士というのは確認するまでもなく、レオンのことだろう。
事前の報せもなく現れた彼について行ったのは事実だが、それは俺自身の意思であり、無理やり連れて行かれたというわけでは無い。
粗方、俺が去った後、事実に様々な誤報が付いてきて、あらぬ噂としてグレイの耳に届いたといったところか。
グレイに真実を話すと、彼は、これまで溜めてきたものを一気に吐き出すかのように大きな溜め息を吐いた。
(そうでしたか。いえ、かつての勇者の父親が聖騎士だという事実は充分な驚きではありましたが……貴方が何事も無かったようで何よりです)
どうやら要らぬ心配をさせてしまったらしい。
普段は容赦のない言動ばかり見ているだけに、自分の安否を気にかけてくれていた彼の姿にジンと胸の内側から熱いものが込み上げてきた。
(貴方は時折、自覚なしに目立つような行動を取ることがありますから。昔だって俺が何度、肝が冷える想いをしたか……全く、普段から大人しくしてくれていれば、こんな想いをせずに済んだものを)
俺の感動を呆気なく秒殺しやがった。
そもそも、これは俺が悪いのか? 俺が責められるべき事なのか?
「その人、そろそろ部屋に入れてやったら?」
背後から呆れたリュウの声が飛んでくる。
確かに、いつ誰に聞かれてもおかしくない場所で話して良い内容では無かった。
(お気遣い、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。用事は済んだので)
「あぁ、そう……」
彼らが、ぎこちなく言葉を交わしたことで気付く。
この2人が、こうして顔を合わせて会話するのは久しぶりなのでは、と。
確か、彼らが初めて会ったのは模擬決闘の時だ。
あの時から今日まで間、彼らが一度も顔を合わせずに過ごしたと考えると……うん、会話がぎこちなくもなる筈だ。
「アンタは確か、グレイ……だったよな? ライと同じクラスの」
「リュウ、一応〝先輩〟は付けた方が良いぞ。これでも彼は、高等部の生徒だからな」
(貴方が一番、俺を先輩として敬ってませんよね。まぁ、今更、気にしてませんけど)
寧ろ、貴方が後輩として接してくる方が気味が悪いですからと、相変わらずの毒を零す。
「あ、そうだな……すみません、グレイ先輩」
(気にしないで下さい。寧ろ、俺としてはグレイと呼んで頂けた方が助かります。貴方より年下ですから)
「そうか、それじゃ遠慮なく……って、年下?」
高等部なのに?
至極当然な疑問に首を傾げたリュウを盗み見た後、グレイを睨む。
彼は、しまったという表情はしているが、特別慌てた様子は無い。
(リュウさんの同級生だって、皆が同い年というわけでは無いでしょう? それと同じですよ)
確かにグレイの言う通り俺やリュウと同時期に入学した生徒には、何人か年上がいる。
それは中等部への入学が12歳から17歳までの年齢の枠に入っていれば可能だからこそ起こる現象。
俺は偶々、齢12で入学したが、齢14、16辺りで入学した生徒がいることは入学して間もなく知った。
てっきり12歳を迎えた子どもしか入れないと思っていただけに、その事実を知った当時は驚いたものだ。
……だが、そんな理屈を並べたところで納得できるわけが無い。
これは、あくまでも年上の話だ。ならば、その逆もありかと言われれば……無しだろ、どう考えても。
「なるほど……」
NA RU HO DO?!?!
今、コイツ〝なるほど〟って言ったか?
さっきの話の何処に納得できる要素があった?!
少し考えれば、この矛盾に気付けるだろ?!
「自分より年上の同級生がいるんだから、年下の奴が上級生にいたって変じゃないよな!」
いや、その結論は、おかしい!
最早、順応性が高いとか、そんな段階の話ではない。
あまり友人に、こういう言葉を向けたくは無いのだが……彼の頭のネジは少しばかり……いや、かなり緩んでいる。というか、既に外れてしまっていて取り返しのつかない事になっている。
(えぇ、その通りです。貴方が理解力のある方で助かりました)
理解力だと?
その今にも吹き出しそうな顔を何とかしてから、もう一度言ってみろ。
「ところでグレイは、いつから念話で会話するようになったんだ? 前に会った時は、ホワイトボードで会話してたよな?」
(あぁ、それはですね。ある時、俺は気付いてしまったんですよ)
「き、気付いたって、何に……?」
グレイの無駄に意味深な言葉に、リュウがゴクリと喉を鳴らす。
この先の展開が分かっている俺は、半目でグレイを見つめる。
(一々、ホワイトボードに書くよりも、念話で意思疎通を図った方が断然に楽で速いという事を)
自信満々に言い放ったグレイに〝おぉ!〟と声を上げながら拍手をするリュウに、もう俺は何の感情も湧かなかった。
「………………」
リュウとグレイ。
種類は違えど、同じ馬鹿。
この狂ったような空間で、俺は一人、この空間に飲み込まれまいと無心を貫いた。
次回は、久々の登場となる〝彼ら〟の閑話になります。




