187.5話_閑話:〝強く〟いられる理由
──ただ、強い人だなと思いました。
その言葉が自分に向けられたものだと認識するまで、どれほどの時間を浪費しただろう?
言ってしまえば、自分は彼に愚痴を零しただけに過ぎない。
そもそも彼に、あんな話をするつもりなんて無かった。
御礼を言ってしまえば、もう彼に用は無い。
それを、どういうわけか自分は引き止め、秘密事項である四竜柱の贄のことまで話してしまった。
確かに彼は恩人ではあるが、決して親密な仲では無い。
他人とまではいかなくても精々、顔見知り程度の関係。
(……何で、オレっちはライ君に話したいと思ったんすかね?)
全てを話し終えた後でも、その疑問の答えは謎のままだ。
自分が思っている以上に、彼に信頼を寄せているのか?
それとも、単なる気紛れ?
「……あぁー、分からないっす」
ボスンと鈍い音を立ててソファに横になると、デルタちゃんが慌てて駆け寄って来た。
「だ、大丈夫ですか?! もしかして、まだ体調が悪いんじゃ……」
「あぁ、大丈夫っすよ。それより、デルタちゃんに聞きたいことがあるんすけど」
「な、何ですか?」
珍しく緊張しているのか、声が強張っている。
彼女は偶に、物事を真面目に捉え過ぎる時がある。
それこそが彼女の美点なのだろうが、個人的には、もう少し力を抜いても良いのにと思っている。
思うだけで、指摘はしない。
こういうものは、一度や二度の指摘程度で修正できるものでは無いから。
「君から見たライ君は、どういう人間っすか?」
「え、ライさんですか? ……そうですね、あくまでも私が勝手に抱いてる彼への印象だけの話になってしまいますが……」
考えるように目線を上に向けて、口に手を添える彼女を見つめながら、言葉を待つ。
「妙に落ち着いているというか、大人っぽいというか……かといって、変に擦れているわけでもありません。上手く言えませんけど、子どもならではの長所と、大人ならではの長所を上手く共存させているような印象を受けました」
子どもと大人。
それぞれが持つ特有の長所を共存させている、か……中々、面白い意見だ。
「あぁ、何となく分かります。ライさんって、同年代の方々と比べても妙に大人びた雰囲気を感じますからね」
(それって、ある意味デルタちゃんにも言えることなんじゃ……)
確か、彼女の年齢は一桁だったはず。
それが、どうだ。話し方も立ち振る舞いも自分を含めた大人に匹敵するほどに立派で且つ様になっている。
……いや、自分と彼女を比較するならば、完全に彼女の方が大人に近い存在だろう。
その原因は、主に自分の口調であろうことは自覚している、が……こればかりは幼い頃から染み付いた癖のようなものだ。
根気強く矯正しいけば少しはマシになるだろうが、如何せん、自分にはそれだけの根気強さも粘り強さも持ち合わせていない。
寧ろ、今のところ誰も自分を咎める様子が無いから、このままでいいのではないかとすら思っている。
「何故、突然そんなことを?」
「ライさんに、何か気になることでも?」
至極当然な2人の問いかけに、どう答えたものかと天井を見る。
所々に黒い染みが目立つ、明らかに年季の入った天井。
置かれた家具といい、自分が今寝転がっているソファといい、どれも仕事場として相応しい物とは思えない。
何も知らない者が、この部屋を見たら物置き部屋か何かと勘違いするだろう。
「特に、深い意味は無いっすよ。ただ、最近の子どもは侮れないなって思っただけっす」
意味が分からないとばかりに、顔を見合わせたハヤトとデルタが首を傾げる。
そんな2人に口元を緩ませながら、改めて彼の言葉を反芻する。
(強い人……強い人、か)
自分の何を見て彼は、あんな言葉を口にしたのかは分からないが、悪い気はしなかった。
過去に、同じ話をした時は、相手に何と言われたんだっけ?
そんなことを思っていたら、余計な記憶まで引っ張り出してしまった。
──それじゃ、お前……自分が危険だって分かっていながら俺達に近付いたのかよ?
──寄るな! ……っ、化け物!
あぁ、あぁ、そうだ。
確か、そう言って皆、離れていったんだっけ。
……いや、皆では無かった。
「……ファイルさん。実は、まだ体調が優れないのでは? 何か、温かい飲み物をお持ちしましょうか?」
「あ、え、えっと、では、私は魔法で何か変わった生き物でも召喚しましょうか?!」
見た目と言動が一致しない少女に、人見知りで謙虚な姿勢が目立つが、この世界では希少価値とされている召喚士。
二人とも自分が抱える事情を知った上で傍にいてくれている。勿論、今この場には居ないハヤトも。
自分に何かあった時、恐らく誰よりも最初に被害を被ることになるのは彼らだ。
にも関わらず、彼らは不安定である自分に怯えることなく、寧ろ心配する姿勢を見せている。
まだ、それが表面上で取り繕ったものでは無いと分かるから、何とも擽ったい。
「デルタちゃん、ガチャールちゃん」
そして、ハヤトくん。と言葉が届かない彼には、せめて想いだけでも伝わるように心の中で呟く。
全員の名を呼ぶと、6つの目が不思議そうに自分を覗き込んだ。
「……ありがとうっす」
見開かれた四つの目が、次第に細まる。
一人は穏やかに、もう一人は安心したように表情を緩ませていた。
次回は通常通り、主人公視点に戻ります。




