187話_夢を語る少年達は、帰路に就く
ファイルの呆けたような表情を見た瞬間、我に返ったように先ほど自分が吐いた言葉への後悔が募っていった。
今のは部外者である俺が言うべき言葉では無かった。
彼と大して親しくもない俺が。彼のことを、ほとんど何も知らない俺が。
あたかも彼の全てを知ったような口振りで言葉を放ってしまった。
こんなの〝何も知らないくせに知ったような口を利くな〟と返されるのがオチではないか。
「っ、すみません……出過ぎたことを言いました」
やってしまった。
例え本心であったとしても、言葉にするべきでは無かった。
あれは今日まで彼を支えてきた者達だけが口にできる言葉だというのに。
「いや……」
ファイルは戸惑ったように声を漏らしたが、俺の方を見ようとしない。
これは完全に、間違えた。
デルタとガチャールなんか、まだ意識が現実に戻ってきていないのか、俺を凝視したまま固まっている。
大体、何が〝強い人だなと、思いました〟だ。
感想文じゃないんだぞ。もっと他に、こう……何か、あっただろ?!
まぁ今更、何かを言ったところで後の祭りであることに変わりは無いが。
(……いっそ、時間を巻き戻すか?)
出来ないことは無い。
ただ、それを実行した瞬間、人として何かが終わる気がする。
それにしても、ファイルも人が悪い。
俺の言葉に対する返しも謝罪に対する返しも無く、何か考え込むように自分の世界に浸ったままだ。
いや……これはこれで遠回しにファイルが悪いと責めているようではないか。
(……よし、今すぐ此処から出よう)
幸いにも、俺には〝リュウを待たせているから〟という理由がある。
こんな事をグレイ辺りに知られたら〝仮にも魔王を名乗っていた者が敵前逃亡ですか? 滑稽ですね〟なんて言葉を浴びされそうだが、そんなの知ったこっちゃない。
兎に角、今は、この居たたまれない気持ちから解放されることが優先事項だ。
「あの、ガチャールさん」
「は、はいっ?!」
完全に油断していたらしい彼女は俺が名前を呼んだ瞬間、ビクリと身体を震わせた。
「リュウが待っている別室まで案内してもらえませんか? そろそろ回収してあげないと、彼、退屈過ぎて拗ねると思うので……」
ファイルの方は一切、見ない。というか、見れない。
「あ、そ、そうですね! そうです、けど……」
様子を窺うように、ガチャールがファイルを一瞥する。
彼女の視線に気付いた彼は、これまで浮かべていた思案顔を振り払うように軽く微笑んだ。
「オレっちなら、もう大丈夫っすよ。体調も問題無いし、話そうと思ってたことは全部話せたっすから」
その声からは、怒りや不機嫌といった負の感情の類は感じられない。
寧ろ、どこか吹っ切れたような……そんな印象さえ受ける。
(なんて、都合の良いように勝手に解釈してるだけなんだけどな)
彼の場合、特徴的な口調も相まって前向きに捉えてしまう。
「ファイルさんが、そう言うなら……分かりました。リュウさんのいる別室まで案内しますね」
彼らに気付かれないように、心の中で安堵の息を吐いた。
デルタとファイル、そしてハヤトに軽く別れを告げながら、ガチャールと共に部屋を出ようとした瞬間。
「……本当に、ありがとうっす」
ギリギリ聞き取れるくらいの声量で呟かれた感謝の言葉。
自分に向けられたものだと分かり、思わず足を止めて声の主を見る。
俺に視線を向けられた当の本人は、何も無かったかのように自然な笑みを浮かべながら、こちらに手を振っている。
だから俺は何も聞かず、彼に会釈をして今度こそ部屋を出た。
◇
ガチャールの案内により無事にリュウと合流した俺の身体は、既にギルドの外に出ていた。
この後は特別な用事も無いが、今日は何となくクエストを受ける気にはなれなかった。
俺が帰ると知ったリュウは〝それじゃあオレも帰る〟と言って、今は俺の隣を歩いている。
俺達の間に、言葉は無い。
てっきり、何の話をしていたんだと聞かれると思っていたのに、リュウが何かを尋ねる様子は無い。
ただ、いつもと変わらないギルド周辺の風景を見渡しながら、俺と足並みを揃えるように歩いている。
いつも騒々しい奴が静かだと、変に落ち着かない。
「あのさ、」
唐突に口を開いたリュウを見て、次の言葉を待つ。
「ライはさ、何か夢とかあんの?」
「……夢?」
突然どうしたと、首を傾げる。
「いや、別に深い意味は無いんだけどな。なんか最近、やたらと高等部の先輩達が将来について語り合ってるのを聞くことが多くてさ。ライは、将来とか何か考えてるのかなって気になっただけ」
(将来……)
俺が魔法学校に行くことを決意したのは、魔法使いになりたいと思ったからだ。
家族や友人が平和に暮らせるような世界を作りたい。
その想いで、今日まで励んできたのだ。
それをリュウに伝えると〝お前らしいな〟と笑いながら返された。
「でも、それって具体的に、どういうこと?」
彼の言っている意味が分からず、思わず聞き返す。
「平和に暮らせる世界を作るって、考えとしては凄いし立派だと思うけど……何か、曖昧じゃね? それに、その夢って、ただ魔法の勉強をするだけじゃ達成出来なさそうだし」
そんなことは無い、とは言えなかった。彼にしては珍しい正論に言葉を詰まらせる。
そんな俺を見たリュウが慌てて口を開く。
「い、いや、勘違いするなよ?! 別に、お前の夢を否定したいわけじゃ無いからな?! 大体、オレなんて、まだ夢すら持ってないし! あー、それに、ほら! お前は頭も良いし性格も良いし顔も良いんだしさ。だから、そんな顔するなよ!」
何故、俺が慰められてる感じになってるんだ?
後半の方に至っては関係なさ過ぎて、何が言いたいのかすら伝わらない。
「あぁ、えっと……ア、アランとかヒューマは、どうなんだろうな? アランは父親が聖騎士だから、やっぱり聖騎士を目指すのかな?」
「アランが目指しているのは勇者だ。聖騎士じゃない」
リュウが意外だとばかりに目を見開く。
「え、そうなの? まぁ、聖騎士って、ある意味、勇者になるよりも難しいもんな。確か、王様から認められないとなれないんだろ? それこそ平和を脅かす悪から世界を救うとかさ、そういう凄いことでもしない限り無理そうだよな」
(既に、やってるんだよな。そういう凄いことは)
前世の偉業も評価内容に入っていたならば、彼は間違いなく聖騎士まで一気に昇格していた事だろう。
「ま、今は遠い将来のことよりも目前の未来だよな」
「どういう意味だ?」
リュウは、やれやれと肩を竦める。
「お前、忘れたの? まだスカーレットの機嫌取りが終わってないだろ?」
「あぁ、その事か」
「いや、〝あぁ、その事か〟って……随分と余裕だな。もしかして、スカーレットを説得できる何か良い考えがあるのか?」
言葉の代わりに、笑みで彼の問いに答えた。
次回は、ファイル視点の閑話となります。




