23話_登録完了、そしてギルドへ
※グレイの台詞表記について↓
『 』→手持ちのボードに文字を書いて見せている時。
( )→ボードには書かず、テレパシーで言葉を伝えている時。
教室の扉を開いた瞬間、目が合った先輩達(名前は知らない)が、俺を見てニコリと笑った。
「おはよう、ライ君」
「おー、おはよー」
「おはようございます」
先輩達に軽く頭を下げながら、挨拶を返していると、1人の先輩が近づいて来た。
「なぁ、お前ってグレイと仲良いの?」
「え?」
何でそんな事を聞くんだ、と表情から訴える俺に先輩は言葉を続ける。
「昨日、お前とアイツが話しているのを偶然見かけてさ。昨日の席のことだってビィザァーヌ先生が言う前にアイツから手を挙げてたし。今まで誰かと一緒にいるところを見た事が無かったから俺も含めて今、クラスの注目の的なんだよ、お前」
(アイツ、この学校では一人で過ごしてたのか)
彼らしいといえば、彼らしい。
それに昨日のビィザァーヌの反応も、これで納得できる。
「彼は、昔からの友人なんです」
「昔からの?」
「はい」
ニコリと微笑みながら無難な答えを出した俺に疑うような視線を向けていたが、俺がそれ以上何も言わないと分かると見るからに興味を失くしたような表情を見せながら離れていった。
(〝実は、俺が魔王だった時の仲間なんです〟なんて言えないしな)
去っていく先輩の背中を見てホッとしていると、肩を誰かがポンと叩いた。振り返ると、相変わらず長い前髪に覆われたグレイが俺を見下ろしていた。
『おはようございます』
「おはよう、ございます」
いくら前世からの仲とは言え、立場上、敬語を使わざるを得ない。
ヒクヒクと口元を動かしながらも、何とか後輩を演じる。そんな俺を見て、グレイがフッと笑った(ように見えた)。
(グゥゥゥゥゥレェェェェェイィィィィィ……!!)
誰のせいでこんな事になっているんだと、ギリギリと歯軋りをしながらグレイを睨むが、当の本人は何事も無いかのように振る舞っている。
「はーい。みんな、おはよう!」
ビィザァーヌが元気よく入室すると、生徒達は皆、挨拶を返しながら各々の席へと座った。
「うんうん。今日もみんな、元気ね。それじゃ、早速なんだけどライ君とカリンちゃん、登録書は出来上がってるかしら?」
俺は鞄の中から報告書を取り出した。カリンも俺と同じように登録書を取り出し、ビィザァーヌの方へと歩き、手渡した。
カリンに続くように、俺も登録書を手にビィザァーヌの方へと足を進めた。
「……うん。2人とも、書けてるわね。それじゃ、早速、これをギルドに届けるわ」
ビィザァーヌが口笛を吹くと、窓からグリフォンの子供が入ってきた。
(どうして、こんな所にグリフォンが……)
「グリちゃん。この2人の登録書をギルドまで運んでくれるかしら?」
そう言って丸めた登録書をグリフォンの口に咥えさせると、グリフォンは入ってきた窓から外へ出た。
「お願いね〜!」
手を振りながらグリフォンを送り出すビィザァーヌを、俺とカリンは唖然とした表情で見つめていた。
「あの、先生。今のグリフォンは?」
俺がそう聞くと、ビィザァーヌは上機嫌な表情で答えた。
「よくぞ聞いてくれました! 彼女はグリちゃん。私の可愛い可愛いお友達よ」
「彼女? お友達?」
「グリちゃん?」
揃って首を傾げる俺達にビィザァーヌは何か思い出したような表情を見せた。
「今後のためにも話しておくわね。魔法使いはクエストの時に1体だけモンスターを引き連れる事が出来るの。私達は、そのモンスターの事を相棒モンスターと呼んでいるわ。クエストを受けている最中に運命的な出会いを果たす事もあるし、元々モンスターをペットとして飼っている人は、そのペットを相棒モンスターにしている事が多いわ」
俺達が言葉を挟む間も無く、ビィザァーヌは続ける。
「貴方達がこれから受ける試験の中に〝共闘試験〟というものがあるの。その名の通り、ギルドメンバーや相棒モンスター……兎に角、誰かと一緒にクリアしていかなきゃいけない試験なんだけど、ギルドのどのグループにも属していない人達は強制的に相棒モンスターと受けてもらう事になるの」
「もし、どのグループにも属さず、相棒モンスターもいない場合は、どうなるんですか?」
俺の問いに、ビィザァーヌは申し訳なさそうに眉を下げる。
「その時は残念だけど試験を辞退してもらうわ。だから強制的に試験は0点よ」
生徒にとっては非常に致命的な発言に聞こえるが、現実としては、そこまで深く考える必要が無い。
有り難い事に、この学校は卒業まで受ける全て試験の総合点数が卒業までに必要な点数に達していれば、卒業は出来る。
だから1つの試験で0点だったとしても極端だが、他の試験が全て満点であれば余裕で卒業出来るのだ。
(相棒モンスター、か)
その話を聞いて頭に浮かんだのは、スカーレットだった。アイツはスライムではあるが、一般のスライムに比べると知能は高い方だし、擬態能力だって鍛えていけば戦う術の多様性が期待できる。
(寮に帰ったら、彼奴に話をしてみるか)
そんな事を考えていると、先ほど飛んで行ったグリフォンが何かを咥えて戻ってきた。
「あ、お帰り〜、グリちゃん! 早かったわねぇ〜」
グリフォンの頭をビィザァーヌが撫でると、グリフォンは気持ちよさそうに目を瞑りながらビィザァーヌの手を受け入れていた。
グリフォンの口に咥えていた紙を受け取ったビィザァーヌは紙を広げて、俺達に見せた。
「これが、君達が無事にギルドの登録が完了した証明書よ。それじゃ早速、行ってらっしゃい」
証明書を俺達に手渡したビィザァーヌの言葉を合図に、他の生徒達も立ち上がった。
この流れについて行けていないのは、俺とカリンだけだった。
「あの、〝行ってらっしゃい〟って何処へ?」
「決まってるじゃない、ギルドよ」
そう言って、ビィザァーヌは綺麗なウインクと共に、俺達を送り出した。
◇
魔法学校を出て30分も経たない場所に、そのギルドはあった。
主に魔法学校や勇者学校の生徒達が使用するというだけあって思っていたよりも学校の近くに建てられていたようだ。
魔法学校と比べると流石に劣るが、それでも隣に並ぶ建物よりは遥かに立派な造りだ。
前世的な意味も含めて初めてのギルド。どんな感じなのだろうと静かに胸を高鳴らせながら俺は中に入る。
内装は、思ったより普通だった。ただクエスト情報が貼られているのであろう大きな掲示板や、受付のカウンター。しかも、まだ昼間だと言うのに受付とはまた違った雰囲気のカウンターで酒を片手に笑談している奴らもいる。
少なくとも普通の家では見られない光景は粗方予想通りだった気がしないでもないが、それでも俺を浮つかせるには充分だった。
(どうですか、魔王様。初めてのギルドは?)
突然、脳内に響いた声に俺は声の主を見る。俺に見つめられている本人はニコリとこちらに愛想や良さそうな笑みを浮かべている。
(此奴、直接、脳内に?!)
……って、
(お前、テレパシー使えたのか?!)
(使えますよ。これでも魔法使いの端くれなので)
学内で最も優秀だと言われる竜クラスにいて端くれとは、よく言ったものだ。
(それならホワイトボードなんて必要無かったんじゃないか? あと、その呼び方は止めろって言っただろ)
書くよりテレパシー使った方が圧倒的に楽なのではと思ったが、グレイは首を横に振る。
(前世では筆記の遣り取りが主だったので今更手放すのは、どうも惜しくて。それから、やっぱり俺はこれからも魔王様と呼ばせて頂きます。あの時とは世界も立場も違えど俺にとって貴方は魔王様なので)
グレイの言葉に、俺は何も言えなくなった。……仕方ない。呼び名に関しては、もう言及しないでやるか。
「あぁ゛?! テメェ、もういっぺん言ってみろ!!」
突然の怒鳴り声に、思わず声の方へと顔を向けると大柄の男が誰かに怒鳴りつけている。
男が立ち上がった衝撃で男が座っていた椅子がガタンと音を立てて倒れた。
「で、でも依頼の報酬は僕にも分けてくれるって……」
「はぁ?! 大して役に立たなかったくせに、何言ってんだ! 今回の依頼は結局、俺達がクリアしたようなもんだろうが」
「使える魔法が初歩的なものばかりで碌に戦力にもなりやしなかった癖に偉そうに」
「むしろ声をかけてもらっただけ有り難いと思え」
「そ、そんな……」
建物の中心とも言える場所で、しかも、あんなに大声で、あんなやり取りをしていればほとんどの奴が、彼らに視線を向けるだろう。
俺も、その一人だった。
「お話中のところ、すみません」
「お話中のところ、失礼します」
(……ん?)
被った声に、思わず声の主と顔を見合わせた。
なんと、同時に彼らに声をかけたのはアリナだった。
「あ? 何だ、テメェら?」
威圧的な視線を俺達に向ける大柄の男に、見合わせていた顔を男の方へ向けた。
「詳しい事は知らないが、彼も貴方方とクエストを受けたのだろう? それなら、彼にも報酬を分けるのが筋というものではないのか?」
アリナの言葉に、男達はハッと馬鹿にしたように笑った。
「お嬢さんは知らないのかも知れないが……クエストの報酬は最も活躍した奴が分け前を決める事になっている。例え、どんな分け方であろうが、ソイツが決めた事なら、誰も逆らえない。それが、ここの決まりだ。そうだろ、お前ら?」
仲間の男達に投げかけると男達は同意する。そんな彼らを、アリナは険しい表情で見つめた。
アリナから男達に視線を移すと男達からは微量ではあるものの魔力を感じた。
「貴方方は、勇者ですか?」
「あぁ、そうだよ。俺達は勇者だ。魔法は使えないから、戦力のバランスを考えて魔法使いを誘ったってのに……これじゃあ、俺達だけで行った方がマシだったな」
ケラケラと笑う男にアリナの表情がますます険しくなった。
アリナを一瞥すると男に向き直り、口を開いた。
「嘘ですよね」
「はぁ?」
俺の言葉に男は目を丸くしたが、俺には全て分かっていた。
「貴方を含め、そこにいる人達は全員、魔法が使えますよね」
しかも、魔法使いと名乗っても通用するであろう程の魔力は保持している。
「態と自分達よりも魔法を扱えない魔法使いや戦闘慣れしていない魔法使いを仲間にする事で自分達の分け前を確実に獲得していた。勇者とは到底思えない卑劣ない手口ですね」
そうすれば自分達より活躍する事は無い。つまり報酬の分け前も自分達の好きなように出来る。実に、卑小な考えだ。
こんな奴らに名乗られる勇者に思わず同情した。
「こ、この……っ!!」
先ほどまでの余裕はどこへ行ったのか図星を突かれ顔を真っ赤にした男が机に置いていた剣に手をかけた。
「お前らぁ!! このクソ餓鬼をやっちまえ!!!」
俺に詰め寄る男達に俺は近くにいた魔法使いの男とアリナを突き飛ばした。
「きゃっ?!」
「わっ?!」
驚く彼らの声が聞こえたが、謝るのは後だ。
「魔法使いの分際で俺達に盾突いたら……」
〝思い知らせてやる〟とでも、続けたかったのだろう。しかし、男達が振り下ろした剣は俺を貫通する事も、況してや俺に当たる事も無く……
────ガキンッ!!!
何か硬い物同士が勢いよくぶつかった音が響いたかと思うと男達の振り下ろした剣にピシッとヒビが入りパキンと音を立てた剣は、そのヒビを境にして見事に折れた。
予想外の展開に剣を折られた勇者の男達は呆然とした表情で折れた剣を見つめている。そんな彼らに向けていた俺の顔は、さぞかし愉しげだった事だろう。
「魔法使いの分際で勇者に盾突いたら……どうなるんですか?」
ずっと隠れていた魔王が、ほんの少しだけ久しぶりに顔を出した。
仲間との再会のせいか、主人公の性格がどんどん変わっていっている…気がする。