185話_ファイルの告白
アルステッドとハヤトが部屋を出た直後、俺は結局、アルステッドから何も聞けていないことに気付いた。
追いかければ、まだ間に合う。そうは思ったが、足が動かない。
今の俺には、彼を追いかける気力すら無かった。
「……行ってしまいましたね」
独り言のように呟かれたデルタの声に、俺は何も返さなかった。
いや、返せなかったと言った方が正しい。
「ライ君」
先ほどよりは幾分か顔色が良くなったファイルが、俺の名を呼ぶ。
「君に、聞いてほしい話があるっす。少し長くなりやすが……もし、急ぎの用事とかが無ければ、聞いてくれやせんか?」
元々、俺が学校へ向かおうとしていたのはビィザァーナの授業があったからだ。その授業が無くなった時点で、断る理由は無い。
それに、彼が話したがっている内容に関しては大体、察しがついている。
ファイルの問いかけに頷きで返すと、彼は安堵の表情を見せた。
「ありがとうっす。……話を始める前に、一つ。君、ライ君の友達っすよね?」
その問いかけは、リュウに向けられたものだと、すぐに分かった。
「はい、そうですけど……」
「申し訳ないんすけど、君は話が終わるまで別室で待っててもらえやせんか? ……あまり愉快な話じゃ無いっすから、聞いてても楽しくないと思うんで」
本来なら、この先の話は聞かれたくないから出て行ってくれと言いたいところを……リュウを気遣ってくれたのか、ファイルは言葉を丁寧に選びながら、やんわりとリュウに退出を促した。
「え、でも……」
リュウは俺に視線を向けながら、言葉を濁す。
どうやら彼は、純粋に俺のことを心配してくれているらしい。
(まぁ、それは、さっきの遣り取りで充分伝わってたんだがな)
俺が〝別室で待っててくれ〟と言ったら、彼は素直に従ってくれるだろう。
だが、俺個人としては、この話はリュウに耳に入れておいても問題無いだろうと思っている。
ファイルが守秘義務からではなく、個人的な感情で、あまり他人には話したくないと言うならば致し方ないが……
「ファイルさん、彼も一緒に話を聞かせて頂くことは出来ませんか?」
そう言った瞬間、ファイルの表情が険しくなった。
「いくらライ君の頼みでも、それは出来ないっす」
予想通りの反応。
やはり、俺の友人という立ち位置程度では、受け入れてもらえないらしい。
「ライ、オレのことは気にするなよ。その人の言う通り、別室で待ってるからさ」
俺の肩に手を置いて、ニッと歯を見せながらリュウは笑っている。
「悪い……」
「何で、お前が謝るんだよ。良いって、良いって。どうせ暇だし」
反射的に謝ると、この場に合っているとは思えない軽い調子で言葉が返ってきた。
「ガチャールちゃん。悪いんすけど、彼をお客さん用の部屋まで連れて行ってもらえやせん?」
「分かりました」
ガチャールに連れられたリュウは部屋を出る瞬間、俺の方を見て緩く手を振った。
俺も手を挙げて、応える。
「あの方、リュウさんですよね。模擬決闘の時に、ライさんと一緒に戦っていた……あの時から密かに思っていましたが、お二人は仲良しなんですね」
「寮では同じ部屋だし、クエストも一緒に行くことが多いからな」
デルタと、そんな会話を繰り広げてから程なくして、ガチャールが戻って来た。
「お待たせしました」
「ありがとうっす、ガチャールちゃん」
居るべき者が全員揃ったところで、〝さてと……〟とファイルが早速、話し始める態勢を取る。
「どこから話せば良いっすかね……いや、その前に、ライ君の前知識の確認からっすね」
前知識? 前知識って……何の前知識だ?
首を傾げる俺に、ファイルは〝これは試験とかじゃないんで、気楽に答えてくだせぇ〟と声をかける。
「ライ君は、竜の腰掛けって知ってやす?」
「はい。実物も、一応見たことはあります」
俺の言葉に、ファイルは驚いたように目を丸くする。
「実物を見たって……竜の腰掛けを見たって事っすよね?! え、いつ?! どうやって?! あれは見せてって頼んで簡単に見せてもらえるような代物じゃ無いんすよ?!」
「ファイルさん、落ち着いて下さい。ライさんが驚いてます」
デルタの冷静な指摘に、ファイルが肩を落とす。
「いや、どちらかと言うと驚いてるのはオレっちの方なんすけど……ま、まぁ、良いっす。とりあえず、話を先に進めるっすね」
進めるも何も、話を止めたのは貴方なんだが……と口に出す前に、何とか踏み止まった。
「えー、じゃあ、次の質問っす。四竜柱の贄は、知ってるっすか?」
「聞いたことはあります、が……それが具体的に何なのかは分かりません」
ここで俺は、あえて嘘を吐くことにした。
こちらが持つ情報を提示することは、話し手側からすれば省略できる部分が増えるため助かるだろう。
だが、そのせいで自分の知らない情報を聞き逃す恐れも考えられる。
竜の腰掛けのことも四竜柱の贄のことも、今はまだ、知らないことの方が多い。
だからこそ、知らない振りをするのだ。
魔力感知の件もあり、思考を探られる可能性を危惧して念のために思考結界を張っておいたのだが……有り難いことに、何の反応も無かった。
「そっすか……まぁ、そうっすよね」
納得したようにファイルが言葉を漏らす。
そんな彼を見つめるガチャールとデルタの表情は、心なしか暗い。
「四竜柱の贄、他に四竜柱の贄って呼び名もあるっす。まぁ、これが何なのか簡単に説明すると……竜を封じ込めるために封印具の代用品になった人間のことっす。竜の腰掛けが持つ役割を知ってるならオレっちの言ってる意味、分かりやすよね」
竜の腰掛けの役割。
それは、竜を封じ込めることだ。
本来は竜を封じ込める力が込められた宝玉だが、時間が経つに連れて魔力が弱まり、宝玉だけでの封印は出来なくなった、と……そう、アザミからは聞いていた。
俺の知る情報との相違は無い。
頷いて、ファイルの言葉を理解していることを伝える。
それを確認した彼はガチャールとデルタを、それぞれ見る。
まるで、何かを確認するかのような……いや、違う。それよりも、もっと重要な……
「ライ君、今から言うことは誰にも言わないでほしいっす」
軽い口調とは対称的な重々しい声に、思わず思考を止めた。
明らかに様子が変わったファイルの言葉に、しっかりと頷く。
どこか張り詰めていた彼の表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。
よいしょと声を漏らしながらファイルは掛けられていた毛布を端へと追いやり、ソファの中央を陣取って胡座をかいた。
「実は、オレっち……その、四竜柱の贄の一人なんすよ」
取り繕ったような明るい声が、却って痛々しさ感じさせた。




