184.5話_閑話:不思議な人
どこか掴めない、不思議な人。
初めてライ・サナタスという人間を見た印象は、そんな感じだった。
私より少しだけ年上の少年。
見た目はそうだが、話をしていると、もっと年上の……大人と話しているような気分になる。
それだけ彼が落ち着いて見えるからかも知れない。
それだけ彼が処世術に長けているからかも知れない。
少なくとも私には彼が、そこら辺にいる大人よりも大人に見えた。
私のような子どもを目の前にしても変に威張るような様子も無く、寧ろ、合わせんとばかりに躊躇なく肩膝立ちになった彼。
そして……
──それで、異世界転生課に所属しているデルタ……さん、が、何の用、ですか?
私がギルドの職員だと分かった途端に違和感を懸命に拭いながらも、私を〝デルタさん〟と呼ぼうとしていた時は笑いを堪えるのに必死だった。
無愛想かと思えば意外と感情豊かで、冷静かと思えば意外に情に厚い。
そんな〝意外〟の意味も含めて、私にとって彼は不思議な人だった。
模擬決闘以降、ライ・サナタスの名前を耳にする機会が増えた。
正直、あの模擬決闘においての彼は、あまり活躍していなかったように思える。
それなのにギルドへ通う者達は彼の名前を口にする。
何故? まさか彼は由緒ある伝統的な貴族の生まれなのだろうか?
だとしたら自分は、かなり失礼な対応をしてしまった。相手によっては〝知らなかった〟という言い訳では許されない。
(……これは一度、調べてみる必要がありそうですね)
ライ・サナタスは一体、何者なのか?
それはデルタの探究心に火が灯った瞬間でもあった。
彼を調べて分かったこと。
それは彼は実に優秀な人材だという事だ。
アルステッド理事長と顔見知りだったお蔭で、彼に関する情報を手に入れることは難しくなかった。
初め、彼からは怪訝な表情を向けられはしたが、自分の性格を把握してくれていたこともあってか特に追求はされなかった。
ライ・サナタス。調べれば調べるほど興味深い。
彼の生まれはナチャーロと呼ばれる小さな村。
母親と2人で暮らしており、特別に貴族の血を受け継いでいるわけでも無い平凡な家庭で生まれ育った。
父親の存在は不明。父親に関する記憶は彼自身にも無いことから、幼い頃に亡くなったか。若しくは、初めから父親はいなかったか……その辺りが推測される。
個人の家庭事情については、深く追求するつもりは無い。自分も物心ついた頃から肉親と呼べる存在がいないことは理解していた。だから、家庭環境に対する偏見は持たない。
そんなものは、その人の為人等を見極めるための判断材料にすらならないと、個人的には思っているから。
……話が逸れたので元に戻すが、絵に描いたような彼の優秀振りは理事長から渡された彼の成績書と、彼が受けたクエストの報告書類が充分過ぎるほど語ってくれた。
彼の成績は筆記においても実技においても常にトップクラスを維持。
クエストにおいては毎回、依頼主の期待以上の成果を挙げている。
(そういえば〝ライ・サナタスに依頼したい〟と、名指しでの依頼書が過去に何度も届いたことがありましたね)
名指しでの依頼書を受け取ること自体は珍しくないのだが、彼の場合、その量が異常だった。
モンスターの討伐から薬草採取まで彼は何でも受けていた。しかも、それら全てのクエストにおいて彼が失敗したという話は一度も聞いたことが無い。
クエストの成功率は勿論のこと。報酬の有無や格差を問わずにクエストを受ける彼の誠実さも、彼の元に依頼者が集まる要因となったのだろうと、勝手に予想している。
兎に角、彼は恐ろしいほどに完璧過ぎるのだ。
あのアルステッド理事長ですら、特別視している存在……いや、特別などという言葉では最早、収まっていないだろう。
何故なら彼は、ライ・サナタスに魔法学校への入学を促した張本人。そんな話、これまで彼からは一度も聞いたことも無かったのに。
ある日、日頃の世間話と変わらない物言いで〝非常に興味深い子がいたからスカウトした〟なんて言葉が放たれた時は自分を含めて彼の周囲にいた職員全員、時が止まったように彼を凝視したものだ。
その子どもを気に入ったから。そんな理由で行動を起こすような男では無いと理解していたからこその反応。
結局、彼がライ・サナタスに入学を勧めた明確な理由は未だに分かっていない。
そういう経緯もあり、実は出会う前からライ・サナタスの存在は知っていた。
ただ彼の容姿等の情報までは把握していなかった為、彼の存在をしっかりと認識できたのは彼が模擬決闘の参加者だと分かった時だ。
それを切っ掛けに彼とは顔見知りになり、互いに用事が無くても顔を合わせれば軽く言葉を交わす程度の仲まで発展しているとはいえ所詮は、授業の一環として通う学生とギルド職員という人としての感情など皆無な関係。そう思っていた、私は。
だからこそ、信じられなかった。何処かでファイルさんのことを聞きつけたらしい彼が駆けつけてくれたと、受付の職員から聞いた時は。
(どうして……?)
貴方には、もっと優先すべき事があるのでは?
こんな事に、時間を費やす余裕は無いはずです。
本当は、そう言って彼を帰すつもりだった。つもりだった、のに……
──どう、すれば良いんでしょう……どうすれば……ねぇ、ライさん。もし、このままファイルさんが目覚めなかったら、私……わ、たし、は……っ、
彼に会ったら、いつの間にか私は泣きながら本音を零していた。
彼が飛び級試験を受けることは知っていた。その試験が、彼にとって大事な試験であることも。
それなのに漏らしてしまった本音。
気にしないで下さい。私達は大丈夫ですから。
そんな偽りの言葉さえも吐けず、終いには彼の前で無様にも涙を流してしまった。
そんなに私に彼が差し出したのは心地良い洗剤の香りが漂うハンカチだった。
──その〝もしも〟を回避するために俺は来た。……大丈夫、ファイルさんは必ず目を覚ます。
しかも私が最も欲していた言葉を添えながら。
思わず、私は〝不思議な人ですね〟と、以前から彼に抱いでいた印象を言葉として口から出してしまった。
目の前の彼は、困ったように首を傾げていた。
彼の宣言通り、ファイルさんは目覚めた。彼のお蔭で目覚めたのだ。
そこに、どのような力が働いていようが関係ない。
彼は、私の大切な人を救ってくれた恩人。彼を困らせるような人は例え、アルステッド理事長であっても許さない。
何かを隠していることは、彼の様子から何となく察してはいた。恐らく、それはファイルさんを救ってくれた力が関係しているであろうことも。
ならば、私がやるべき事は彼が秘密を守るための手助けをする事。その為ならば私は嘘だって吐くことだって厭わない。
勿論、その程度で彼から受けた恩を返せるとは思っていないが……今の私には、これくらいの事しか出来ないから。
理事長が何を考えているかは分からないけれど、もし、その考えが彼を傷つけるものであるならば、私は精一杯、抗議するつもりだ。
幸いなことに、彼に助けられたファイルさんも私と同じ想いを抱いているのは明白だった。
ねぇ、ライさん。
貴方を想う人間は、ギルドにもいるんです。
もし貴方が望むならば、私達は喜んで力になりましょう。
だから……
(そんな顔しないで下さい……ライさん)
まるで自分を責めているような思い詰めた表情をしていた彼に、思わず私は心に言葉を落とした。
次回は通常通り、主人公視点に戻ります。




