184話_無力の実感
「え、と……?」
纏まらない思考が声として、ハヤトの口から漏れる。
無理もない。寧ろ、彼に同情する。
仮に、俺が彼と同じ立場であったとしても、似たような反応を見せていただろう。
そう感じるほどに、今のアルステッドの言葉は色々と常軌を逸し過ぎていて付いていけない。
理由は明白。彼が、話の起承転結の〝結〟のみを語って話を進めようとするからだ。
今、この場に居る者達の中で彼の言葉の真意を完璧に理解できている者は1人もいないだろう。
「それは、どういう意味ですか? いや、それよりも何故、このタイミングでカグヤ様の名前が……」
「ガチャール君」
デルタの言葉を遮るようにして彼が呼んだのは、ガチャールだった。
名を呼ばれた彼女は慌てて返事をしながら、背筋をピンと伸ばした。
「〝王都の上空〟を範囲に絞って、魔力感知をしてみ給え」
「お、王都の上空を? 分かりました」
アルステッドの言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、彼女は胸の前で手を組み、空を見上げるように顔を上げて目を閉じた。
彼女が、その姿勢を保っていたのは、ほんの数秒だった。
「っ、う、嘘?! こんな事って……」
その声からは、先ほどまでの彼女には無かった動揺が滲み出ていた。
視点の定まらない目と異常なまでに真っ青な顔が俺達に、何か不吉な影を知らせている。
「ア、アルステッドさん。この状態は一体、いつから?」
「今日。もう少し正確に言うならば、今から約数時間前だ」
「数時間前……あの、それじゃ、この事を知っているのは……」
「正確な数は分からない。何せ、この事を知らせたのは君が初めてだからね。果たして、この異変に気付けた者が、どれ程いるのか……」
このままではガチャールとアルステッドだけで話が進んでしまう。
アルステッドは先ほど、ガチャールに王都の上空を魔力感知しろと言っていた。王都の上空に確認できる魔力といえば、カグヤの結界魔法くらいだろう。
窓から見える空を見つめ、魔力感知を発動させる。
違和感に気付くまで、そう時間はかからなかった。
(……何も、感じない?)
王都を包むだけの膨大な魔力なら、魔力感知を発動させた瞬間に分かるはずだ。それなのに、いくら探してもカグヤのものであろう魔力が感知できない。
つまり彼女は今、結界魔法を発動させていないことになる。
結界魔法を維持できないほどに身体が弱っているのか、それとも……いや、これは予想の段階で提示するべきものでは無い。
アルステッドの言葉の意味も、ガチャールの表情の変化も、全て納得できた。
彼が焦るはずだ。彼女が動揺を露わにするはずだ。
こんな事、王都に住む多くの者達が知ったら、どうなる?
空まで伸びる高い壁と結界師による強力な結界により守られていた要塞の如き街が今、ほぼ無防備な状態で晒されていると知ったら……
「あの、何かあったんですか? そろそろ私達も話に参加させて頂きたいのですが」
「おっと、すまない。君達にも説明しなければならないね。まぁ……約一名、説明が不要そうな者もいるようだがね」
アルステッドの視線が俺に向けられる。
無意識の内に表情に出てしまっていたのか、それとも俺が魔力感知をした時点で気付いていたのか。
何れにせよ、彼は俺が事態を把握したことに既に気付いているらしい。
「折角だから答え合わせも兼ねて、尋ねてみる事にしよう」
嫌な予感がする。
まさかとは思うが、この男……自分が此処に来た理由も王都で何が起こっているのかも全て俺に説明させようなんて考えてるんじゃないだろうな。
「ライ・サナタス君。今、君が知った事実を我々に話してみ給え。そして、その事実から得た君自身の考えも」
彼は、俺の思考を全て読み通しているのか?
もし俺の思考が見えているならば、俺自身も彼の魔力を感知できているはずだ。
彼は魔法でも況してや勘でもなく、今日までの人生において培ってきた経験や知識等から俺の思考を読み取ったとでもいうのか?
根拠が無いはずの事柄を、彼は自身の中で堂々と提示できるだけの根拠ある事実に塗り替えた……と?
(やはり苦手だ、彼は)
初対面の時から抱いていた彼への苦手意識が消えることは一生無いだろうと、改めて確信した。
「分かりました」
アルステッドの要求を受け入れ、思考を一度リセットするために一呼吸する。
「アルステッドさんの言葉を受けて、俺も魔力感知で王都の上空を探ってみました。その結果、カグヤさんのものと思われる結界魔法らしき魔力は全く感知されませんでした」
「つまり、今の王都は結界が張られていない無防備な状態って事っすか?」
確認するように問いかけてきたファイルに肯定の意を込めて頷いた。
「はい。もしも今の状態で上空から何らかの攻撃を受けてしまえば、王都という国も此処で暮らす人々も無傷では済まないかと」
「カグヤ様の負担を考慮して結界を緩ませる日は設けられていますが、それは今日ではありませんし……何より結界が完全に消滅しているという事態からしてあり得ません。少なくとも私が把握している歴史の中では、そんな事は一度も無かったはずです」
結界が緩められる日なんて、あるのか。
あぁ、思い出した。そういえば昔の世界にもあったな、そんな日が。
確か、ロゼッタ辺りが情報を掴んできて嬉々とした表情で俺に報告してきた事があったような。
「デルタ君の言う通り、これは過去にも前例の無い異常事態だ。彼女の弟子達が懸命に結界を張っていてくれていたのだがね……悲しいことに1週間も保たなかったよ」
悲痛な趣で、アルステッドは目を細める。
「王都という1つの国を包むだけの膨大な魔力量に加え、結界を何年も安定して発動させ続けられるだけの熟練度が必要とされるんだ。いくら彼女の弟子とはいえ、カグヤさんのように規格外な芸当が出来る者はいない。基本的には弟子が師を超えることは無いからね。……偶に、例外はいるが」
「ですが、貴方はハヤトさんの力を借りようとしている。先ほど貴方が言っていたことが事実ならハヤトさんはカグヤさんの力を引き継いでいるんですよね? 彼女の弟子の力でも駄目だと分かっても尚、貴方がハヤトに頼ろうと思った理由……それは彼が唯一、カグヤさん自身から力を引き継いだ存在だからではないですか?」
俺の言葉に、アルステッドが一瞬だけ目を見開いた。
その反応を見て、予想は確信に変わった。
カグヤの弟子にあたる者達の数など知る由もないが……その弟子達が束になってもカグヤ1人分の力も充分に発揮できない理由は恐らく、そこだ。
「えーと、話を中断させて悪いんだけど……つまり、どういうこと? てか、それ以前に〝カグヤさん〟って誰?」
申し訳なさそうに小さく手を挙げたリュウが、恐る恐る俺に問いかける。
改めて考えてみれば、リュウは彼女と会ったことが無かった。
会ったことないのだから彼女のことを知らないのも無理はないと言ってやりたい所ではあるが……
「ほぉ、リュウ君。それは、これまでの授業で一度もカグヤ・アマクサという名前も、結界師という言葉も聞いたことが無いという事かね?」
ニッコリと貼り付けたような笑みを浮かべたアルステッドの頬には、これまた立派な怒りの筋が浮き上がっている。
「え、授業……あ、あぁ! そういえば聞いたことある、気が、する! オモイダシタ、オモイダシタ!」
いや、この反応は絶対に思い出せていない。
カグヤのことも結界師のことも、彼の中では今日初めて聞いた名前と言葉に違いない。
こうして俺が気付いているのだ。アルステッドが彼の本心に気付いていないわけが無い。
「……ライ君、話を続けてくれ給え」
これは怒りを通り越して呆れている。
まぁ、今は下手に時間を喰い潰している場合では無いという判断故の言葉でもあるだろうが。
表では話を再開し、裏では念話を使ってリュウにカグヤや結界師のことを説明した。このまま彼だけを蚊帳の外に置くのは、少しばかり気の毒だと思ったから。
(……っ、助かった、ライ! 恩に着る!)
粗方説明し終えた後、視界の端で俺を拝むように手を合わせるリュウの姿を確認した。
その間に、アルステッドは、先ほどの問いに対する解答を示した。
解答の内容は予想通り。
カグヤの弟子を名乗ってはいても、彼らは、あくまで結界魔法を得意とする者達の集団に過ぎない。
カグヤの力を直接的に引き継いでいるわけでも、その一部を譲り受けたわけでも無い彼らの実力自体は彼女の足元にも及ばない。
「ならば何故、彼らはカグヤさんの弟子を名乗っているんですか?」
〝その程度の実力で〟という本音は、あえて隠した。
「……あまり大きな声では言えないのだがね。実は〝カグヤさんの弟子〟という立場自体、本来は存在しないのだよ。彼らは勝手に彼女の弟子を名乗っているだけに過ぎない。要は、非公認という奴だね。結界師という存在に憧れを抱いた者達が自然と集い、いつの間にか組織となって彼女の弟子を名乗り始めた。つまり彼らは歴とした後継者には当てはまらない。だから、カグヤさんの力も結界師としての立場も引き継がせることが出来ないのだよ」
「では、彼女の能力を引き継いだというハヤトさんは? 今の話を聞くと、彼はカグヤさんの後継者に値する存在だと思いますが」
「その通り……とは言っても、彼女は公言していないがね。それでも今、彼女に最も近い存在が彼であることは確かだ。だから私は、彼に託そうと思ったのだよ。彼女に万が一のことが起こった時は、彼に役目を引き継いでもらおうと思ってね」
「それじゃあ、やはりカグヤ様は……」
デルタの口が、その先の言葉を紡ぐ前にアルステッドが頷く。
「彼女は今、深い眠りについている。いつ、どうなっても、おかしくは無い。だからこそ改めて君にお願いするよ、ハヤト・クレバヤシ君。この王都を守るためにも君の力を貸してほしい」
彼は、策士だ。
そうやって情で訴えかけて肝心なことは伏せたまま彼の同意を得ようとしている。
カグヤの後継者になるという事は、この先、王都の結界は彼が張り続けなければならないという事だ。
彼女が400年以上も結界を張り続けたように彼もまた、それ並みの年数を……いや、もしかしたら、それ以上の年数をかけて結界を張り続ける義務を背負わされる。
これまでの話で彼は、それを理解できているのか?
そもそもアルステッドは、その事をハヤトが理解しているという前提で問いかけているのか?
「…………」
余計なことは言うな。
俺に向けられたアルステッドの鋭い視線が、そう告げている。
こうなったら何度でも言おう。俺は、彼が苦手だ。
「上手く出来るかは分かりませんが……月姫さんの力になれるなら僕、頑張ります!」
カグヤの力も何も、彼が力を発揮せざるを得ない時には、もう彼女はいない。
案の定、彼は気付いていない。
冷静だったならば気付けていたかも知れない〝穴〟の存在に、カグヤという救いたい存在にしか意識を向けられていなかった彼は気付くことが出来なかったようだ。
無論、そうなるように仕向けたのは他でもないアルステッドだ。
結局、ハヤトはアルステッドの要求を受け入れてしまった。
もう俺が彼のために出来ることは何も無い。
(所詮、この程度の存在なんだな……今の俺は)
今の自分は、昔のように何も考えず相手を力で捻じ伏せられるような存在では無い。何と歯痒いことか。
どうか彼が真実を知った時、絶望の波に飲み込まれる事がありませんように。
アルステッドの後に続くように部屋を出たハヤトの背中を見送りながら、俺は祈るように心の奥で言葉を零した。
次回は、デルタ視点の閑話となります。




