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183話_形勢逆転

 〝どうやって手に入れた?〟と、彼は確かに言った。

 恐らく、彼は既に勘付いている。この力が俺自身のものではなく、()()()()()()()()()()事を。


「あの光は確かに、君から発せられたものだった。だが、その時の君からは何の力も感じられなかった。魔法を発動する際に必要な魔力すらも」


 どうやら魔力感知で、この力の正体を探ろうとしていたらしい。

 あの時、彼が漏らした驚きは目の前の光景に対してではなく、魔法を発動させているはずの俺から何も感じなかった事に対してのものだったのだ。


(こんな事なら、例え無意味であっても治癒魔法(ヒール)くらいは発動させておくべきだった)


 悔やんだところで意味は無い。

 それよりも今は、この状態を何とかしなければ。


「何故、黙っている? 私は、そんな顔をさせるほど難しい質問をしてしまったかね?」


 自分でも気付かない内に、焦りが表情に出ていたらしい。

 ここぞとばかりに、アルステッドが指摘する。

 ここまできて、抵抗する術も、躱す術さえも見つからない。正に、万事(ばんじ)(きゅう)すと言わざるを得ない事態。

 今の俺に出来ることなど精々、口を閉ざして時が過ぎるのを待つことだけ。

 それで相手が何かを察して折れてくれればと淡い期待を抱きはしているものの、アルステッドが相手となれば望みは薄い。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 無言の対峙が続く中で、空気を切り裂く勢いでリュウが声を響かせる。


「どうして人助けしたライが問い詰められてるんですか?! 正直、状況について行けなくて、ずっと黙って見てましたけどコイツが何も悪いことしてないって事だけは分かります!」


 俺からリュウへと視線を向けたアルステッドは不快そうに目を細める。


「リュウ君。今、私と彼は大事な話をしているんだ。部外者は口を挟まないでくれ給え」


 突き放すような冷たいアルステッドの言葉に、リュウは負けじと眉を吊り上げる。


「大事な友達が理不尽に問い詰めらてるのを黙って見守ってるなんてオレには出来ません! そりゃあ、ライが何か悪いことをしたっていうならオレだって口は挟まない。寧ろ、何やってんだって怒ってやるよ。でも今のは、どう見ても違うだろ! ライは、その人を助けただけだろ?! 褒められることはあっても、そんな追い詰めるように厳しく質問攻めされるなんて間違ってる!」


 叱りつけるようなリュウの声に惹きつけられるように、この場にいる全員が彼を見る。無論、俺も例外では無い。

 真っ直ぐで純粋な怒りが、彼の表情から、声から、言葉から伝わってくる。


「私も、彼と同意見です」


 水晶玉の如く澄み切った大きな瞳が、アルステッドを捉える。


「先ほど貴方は言いましたよね。〝彼は私が求めていた以上の結果を出してくれた。彼にも真実を伝えるべきだ〟と。貴方が何を懸念されているのかは分かりませんが、彼が貴方の要求に応えたのは事実です。ならば、今度は貴方が彼に返すのが道理なのでは?」


 何だ……何なんだ、これは?

 まるで俺を庇うかのようにリュウとデルタが、アルステッドに物申している。というか、リュウに至っては理事長を前にしているというのに後半から敬語が抜けてしまっている。

 それだけ彼らが俺の為に怒ってくれているのかと思うと、不謹慎ながらも胸の奥から喜びが込み上げてくる。


「………………」


 少し前とは立場が逆転して、今度はアルステッドが言葉を詰まらせる。

 こんな事態は予想すらしていなかったとばかりに、彼の表情には焦りが見え始めている。


「アルステッドさん。アンタ……何を、そんなに焦ってんです?」


 ファイルの静かな問いかけで、アルステッドの顔に初めて動揺が現れた。

 しかし、それは一瞬。すぐに澄まし顔に塗り替えられる。


「おかしな事を言うね。私が、何に焦っていると言うのかね?」


「アンタが何に焦ってるかなんて、オレっちみたいな浅学短才(せんがくたんさい)に分かるはず無いっすよ。でも、これだけは分かるっす。今のアンタは、()()()()アンタじゃない。今のアンタからは、いつもの余裕が微塵も感じられないんすよ。それに最近、(ろく)に寝れてないんじゃないすか? 目の下の隈が、くっきり浮かび上がってやすよ。……ま、兎に角、これ以上、オレっちの恩人を(いじ)めるのは止めてくれやせんかね」


 目の下に指を添えながら言葉を紡ぐファイルに、アルステッドは取り繕ったような笑みを見せた。


「虐めてるだなんて人聞きの悪いことを言わないでもらいたいね。私は、ただ彼に質問をしているだけじゃないか。それから隈のことは触れないでくれると有り難いな。これでも一応、私は色々と忙しい身だからね。貴重な睡眠時間を削ってでも働かなければならない時もあるさ」


 アルステッドの言葉に、ファイルの片眉がピクリと上がる。


「……アルステッドさん、オレっち達に何か隠してやせん?」


 ファイルの問いかけに、何かを思い出したようにデルタが口を開く。


「そういえば貴方はハヤトさんに用事があって此処に来たと言っていましたよね? これまで接点の無かった彼に一体、何の用事が?」


「え、そうなんすか?」


 デルタから得た情報に、ファイルが意外そうに目を丸くする。

 アルステッドの目線が僅かに泳ぐ。

 完全に話題の矛先が、彼へと向けられようとしている。


「アルステッドさん」


 宥めるようなガチャールの声が、彼の名を呼ぶ。

 彼女がアルステッドに向ける表情は、安心を覚えるような穏やかな笑み。


「実は私も、あの時のライさんの力を調べていたんです」


 ……全然、気付かなかった。

 おっとりした顔とは裏腹に、意外と慎重派なのか?


「私も何も感じませんでした。そう、何も感じなかったはずなのに……何故でしょう? 誰かを守りたい、助けたい。そんな優しい願いが込められているかのような温かい気持ちになったんです。変なことを言っている自覚はあります。でも……()()は悪い力では無いと、私は感じました」


 ガチャールへと向けられたアルステッドの視線は、リュウ、デルタ、ファイルへ。

 そして最後は、俺へと向けられた。


「これは困ったな。まさか私が追い詰められる事になろうとは」


 小さく笑みを浮かべながら、アルステッドは肩を落とす。

 彼は困ったと言葉を零しているが正直、そうは見えない。


「どうやら、ここは私が折れるしか無さそうだ。恩人である君に御礼も言わずに責めるような真似をして悪かったね、ライ君」


「……いえ、俺は気にしてませんから」


 これが精一杯の返しだった。


「では、話して頂けるんですね?」


 デルタの問いかけに、アルステッドが頷く。


「あぁ、勿論だとも。ライ君にも真実を伝えよう。だが、その前に私が此処に来た理由を伝えておかなければならないね」


 そう言って、アルステッドは軽く息を吸った。


「先ほども言った通り、私が此処に来たのはハヤト君に用事があったからだ」


「……僕に?」


 不安そうに眉を下げたハヤトが、微かに首を傾げた。


「おっと、まずは自己紹介からだったね。初めまして、私はアルステッドという者だ。王都にある魔法学校の理事をしている。……初めて会ったばかりの相手で戸惑うだろうが、どうか私の頼みを聞いてはくれないだろうか?」


「は、はい。僕に手伝えることなら……」


 ハヤトの返事を聞いた彼は、安心したように微笑んだ。


「ありがとう。不要な言葉は一切捨てて、本題だけ告げさせてもらうよ。……どうか、君の力を貸してほしい。カグヤさんの力を引き継いだ、君の力を」


 それは心から絞り出された言葉だと、誰もが理解した。

 深々と頭を下げたアルステッドを前に、ハヤトは困惑した表情で彼を見つめていた。

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