180話_予定より早い再会
人形のように美しく可憐なデルタの顔は疲労と絶望に影を落とし、窶れていた。
明らかに、ここ数日、満足な睡眠を取れていないことが分かる。
「すみません……このような見苦しい格好で」
「いや、俺の方こそ、すまない。忙しい時に」
俺の言葉に、彼女は表情を歪めた。
「ファイルさんのこと……いつからご存知だったんですか?」
「知ったのは、つい先程だ。今の状況は?」
周囲を気にするように小声になったデルタに合わせて、俺も小声で言葉を紡ぐ。
「正直、良いとも悪いとも言えません。何せ、一度倒れてから目覚めないままなので。本当は今すぐにでも医療機関を頼りたいところなのですが、向こうはカグヤ様の看病に手一杯らしくて治癒魔法使いの手配も今は難しいみたいです……」
「看病? カグヤさん、体調が悪いのか?」
デルタは心の奥に潜む感情を覆い隠すように、細めていた目を閉じる。
「詳細は分かりませんが、カグヤ様も現在、病床に伏している状態のようでして……カグヤ様に〝もしもの事〟があっては国全体に影響が出ますから、優先的に、治癒や結界等といった分野で優秀な方々が彼女の為に、その力を発揮しているようです」
ゆっくりと開かれた彼女の目から、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。
「……私に、ファイルさんを治す力はありません。ガチャールさんの召喚魔法の力を使ってもファイルさんは目覚めなかった。ハヤトさんも、昔いた世界の知識を思い出しながら色々と尽力してくれているのですが……」
何をしても、今日まで彼が目を開けることは無かった。
そう言いながら、デルタは力なく首を左右に振る。
「どう、すれば良いんでしょう……どうすれば……ねぇ、ライさん。もし、このままファイルさんが目覚めなかったら、私……わ、たし、は……っ、」
絶え間なく流れる涙を何度も拭い取りながら、ヒクッと喉を鳴らしながら言葉を紡ぐデルタを前に、俺は跪くように肩膝立ちになる。
力強く涙を拭う彼女の手を止めて、ポケットからハンカチを取り出して彼女に差し出した。
取り出したハンカチからは、サラが愛用している爽やかな石鹸の香りが鼻を擽る洗剤の匂いがした。
「その〝もしも〟を回避するために俺は来た。……大丈夫、ファイルさんは必ず目を覚ます」
ギルドに行くまでの間、ルイーズとソフィアから聞いたのは、2つ目の竜の腰掛けが壊された事。
そして、それが原因でファイルの中に眠る竜が目覚めようとしている事だった。
今の状況を、このまま放っておいては大変なことになるからと彼らは何度も俺に声を届け続けていたらしい。
自分達なら竜を再び封じ込めることが出来ると、彼らは言った。
恐らくカリンの時と同様、あの不思議な力を使うつもりなのだろう。
目を丸くしたデルタは僅かに笑みを作り、ハンカチを受け取って目元を優しく拭った。
「不思議な人ですね、ライさんは」
「……どういう意味だ?」
不思議な人。
そんな印象を抱かれるような変なことを言ったか、俺?
まぁ、でも……彼女が少しでも笑ってくれるなら、不思議な人だろうが変人だろうが、もう何でも良い。
「デルタ、ファイルさんの所まで案内してくれ」
「はい、こちらです」
先を行くデルタを追おうと立ち上がって足を進めようとした時、リュウに腕を掴まれた。
彼の方に顔を向ければ、決して穏やかではない感情を滲ませた瞳が、俺へと向けられている。
「……何も無かったんじゃなかったのかよ」
「これは先ほどの件とは無関係だ。俺も、事情を把握したのは、ついさっきだしな」
納得いかないのか、彼は睨むようにして目を細め、唇を尖らせている。
今日の彼は、いつもと少しばかり様子がおかしい気がした。
しかし、その原因を探る時間も余裕も、今は無い。
デルタを追いかけねばと心は焦るが、このまま彼の手を振り払うのも何となく躊躇われた。
……こうなったら仕方がない。
「リュウ、お前も来い」
「え……オレも一緒に行って良いのか?」
リュウが同行したところで、何か問題があるわけでも無い。
それに、今は何より時間が惜しい。
「あぁ、俺は構わない。お前さえ問題無ければな」
「オ、オレも大丈夫! 大丈夫だから……一緒に行く」
腕を掴む手の力が緩んだのを確認すると、行くぞと一言声をかけて、今度こそデルタの後を追った。
デルタの案内により辿り着いたのは、一度訪れた異世界転生課の職員部屋。
真新しいとは言えないソファには、ファイルが、ぐったりと力尽きたように横たえている。
そんな彼の周囲には、彼の額に折り畳んだタオルを乗せるハヤトと、彼の手に触れながら何やらブツブツと呟いているガチャールの姿があった。
「ハヤトさん、ガチャールさん。ライさんを連れて……」
デルタの言葉が不自然に止まる。
その〝原因〟は、この部屋に入った時点で分かっていた。
俺とリュウが足を止めた〝原因〟も、彼女と同じだったから。
〝彼〟もまた、俺達を視界に捉えた瞬間、予想外だとばかりに目を見開いた。
「どうして……」
沸き立つ疑問が、思わず言葉として漏れる。
「どうして、貴方が此処に居るんですか──アルステッド理事長」
それは緊張故か、それとも警戒故か。
まるで相手にナイフでも突き付けるかのような口調。
自ら吐いた言葉。それなのに俺は、自分で紡いだ言葉や声に驚きを隠せないでいた。




