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177話_予言の代償

 翌朝。

 目が覚めてから俺が最初に会ったのは、マリアだった。


「ライ、おはよう。相変わらず早起きね」


 予想通り。

 もう彼女は、()()()()()では無かった。

 昨日、久し振りの再会の時に見せてくれた笑みを向けながら、俺に声をかける。


「おはよう、母さん」


 いつもと変わらない朝。

 それが、マリア達が自分と同じ空間にいるというだけで、こんなにも変わる。

 数字で見れば、そんなに昔のことでは無いのに。

 彼女達と過ごしていた日々が、もう何十年も前の事だったような、そんな妙な懐かしさを覚える。


「マヤちゃんとマナちゃんを起こしてきてくれるかしら?」


「分かった」


 マナとマヤを起こしに行く途中で、部屋から出てきたアランと出会う。

 起きてから、まだあまり時間が経ってないのか目が半分ほどしか開いてない上に、ピョコリと跳ねている寝癖が彼の動きに合わせて揺れている。


「……おはよう、ライ」


「おはよう。今、起きたのか?」


「うん。実は、あの後、学校から課題が出てたことを思い出して……」


 慌てて課題に取り組んだら意外と時間がかかってしまい、ベッドに入った時には、夜中の1時だったらしい。


「大丈夫なのか? お前も今日は学校なんだろ?」


「うん。まだ眠いけど、とりあえず課題は終わったから大丈夫」


 答えになっていないような気もするが、本人が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。


「もしかして今からマナちゃん達を起こすの?」


「あぁ、母さんに頼まれたからな」


「そっか。僕も一緒に起こしに行きたいけど……流石に、この格好で会うのは不味いよね。顔を洗ってくるよ」


 洗面台へ向かって歩き出したアランと別れ、マヤ達が眠る部屋の前まで辿り着くと、扉を数回、軽く叩いた。


「マヤ、マナ、起きてるか?」


 扉越しに、控えめに声をかけるが応答が無い。


「……入るぞ」


 念のために一言添えてから、扉を開けた。

 照明の明かりが点いていない。

 カーテンが閉められた窓の隙間から漏れる外の光だけが、この部屋をぼんやりと明るくしている。

 ベッドの上では、小さい2つの掛け布団の山が出来上がっていて、微かに上下していた。

 出来るだけ足音を立てないようにベッドまで歩み寄ると、マナとマヤを視界に捉えた。

 器用にも、2人は手を繋いだまま眠っている。

 無防備な寝顔、それすら可愛らしく思える。

 比較的近くにいたマナの肩に手を添えて、軽く揺さ振った。


「マナ、朝だぞ」


「ん、ぅ……?」


 マナは声を漏らし、僅かに目を開けた。

 数秒ほど不思議そうに俺を見上げた後、両目を手で(こす)った。


「…………ライ?」


「あぁ、おはよう」


 マナが身(じろ)ぐと、マヤの目もパチリと開かれる。


「あ、ライだ」


 今、起きたという割には、マナよりも目は開いているし、声もしっかりと出ている。

 実は、彼女だけ俺が起こしに来るよりも前から既に起きていたのでは?

 そんな疑問を抱きたくなるほどに、今の2人の姿は対称的。

 まぁ、兎に角、これで任務は達成した。

 同時に上半身を起こした双子は、同時に欠伸をした。

 例え無意識でも、人間は、ここまで完璧に息を合わせることが出来るのだと、無駄に新たな可能性を見い出していた。

 ベッドの上で寝間着を脱ぎ始めた2人に慌てて背中を向けた。


「……着替えるなら、せめて俺が部屋から出た後にしろ」


「どうして?」


「どうしても、だ」


「家族なのに?」


「家族でも、だ」


 今は振り向けないため、彼女達が今、どのような反応をしているかは予想しか出来ないが……恐らく、互いの顔を見合わせて首を傾げている事だろう。


「それじゃ俺は、先に行ってるからな」


「あ、待って」


 部屋の扉に向けて一歩前進した時、マヤが俺を呼び止めた。


「何だ?」


 振り返りはせず、言葉だけで返す。


「ライは……私達置いて、遠くに行ったりしないよね?」


 遠く? 遠くというのは、どういう意味だ?

 確かに、村から王都までは遠いが……それよりも更に〝遠く〟ということか?

 何にせよ、今の言葉だけでは正確な意味を捉えることは出来ない。


「遠くと言うのは具体的に、どのくらいの距離だ? 村から王都だって、それなりに距離はあるぞ?」


「そういう意味じゃない」


 明らかに不機嫌な声。

 決して茶化したわけでは無かったが、俺の返しは彼女の機嫌を損ねるものだったようだ。


「ライは、これからも、ずっと私達と一緒にいてくれるよね? 急に、いなくなったり……しないよね?」


 マナの問いかけで、俺は築き上げた思考を一気に崩す。


「もしかして……何か、()()のか?」


 マヤには、未来を視る力がある。しかも、その情報はマナと共有することも可能だ。

 彼女達は、その力で、視てしまったのかも知れない。

 俺が、()()()()()未来を。


「……っ、う!」


「マヤ!」


 切羽詰まったマナの声に思わず振り返ると、突然、頭を押さえ始めたマヤが何かに耐えるように呻き声を上げていた。

 すぐに彼女の元へ駆け寄り、魔法で彼女の状態を確認する。


(病的なものは感じられないが……彼女の脳に、何かが締め付けるような刺激を与えている。突然の頭痛の痛みは、これだな)


 治癒魔法をかけようとマヤの頭に手を置く。

 しかし、彼女は拒絶するように俺の手を振り払った。


「だ、ぃじょ、ぅぶ……だ、から……」


「どう見ても大丈夫じゃないだろ! 大人しく治療を受けろ」


 振り払われた手を再び彼女の頭に置く。

 その瞬間、淡い若菜色の光が俺の手を包み込む。

 本来なら、これで彼女は痛みから解放される筈なのだが……彼女は変わらず苦痛の表情を浮かべ、痛みに耐え続けている。


(何故だ?! 何故、治癒魔法(ヒール)が効かない?!)


 何度試しても、結果は同じ。

 寧ろ、試せば試すほど、マヤの表情が歪み、息が浅くなっていく。


「……っ、マナ」


 マヤがマナへと左手を伸ばすと、マナは両手で彼女の手を掴む。


「あと、は……お願い……っ!」


 マナが何度も頷いたのを確認すると、彼女は安心したように微笑んだ。

 そして、その言葉を最後にマヤは、力尽きたように項垂れた。


「……マヤ?」


 声をかけるが、何の反応も無い。

 身体を揺らしても、彼女は目さえ開けなかっが、代わりに、スースーと穏やかな寝息で返事をした。


「寝てる……のか?」


「……うん」


 全く状況が掴めないまま零した疑問に、涙で瞳を潤ませたマナが答えた。


「マヤはね、()()()()()()()()()()をしたから、魔法の神様から罰を貰っちゃったの」


「罰……?」


 それは所謂、禁忌(タブー)のことを指しているのだろうか?


「マヤはね、未来が視えるの。頑張れば、ずっとずーーっと先の未来も視えるの。でも、その未来は人に教えちゃ駄目って決まりがあるの。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()は、言っちゃ駄目なの」


 いつだったか、何かの授業で聞いたことがある。

 予言者と呼ばれた未来視の力を持つ者が、ある若者を救うために、未来を教えたという話だ。

 その未来とは、若者が死ぬ直前のこと。

 それを聞いた若者は当然、死ぬはずだった日に死ななかった。

 前もって、予言者から自分の死を避ける術を聞いていたからだ。

 だが……若者が死を免れた次の日、予言者が死んだ。

 預言者の死を知った若者は、予言者が死んだ原因を聞いて驚愕した。

 それは……自分が予言者から聞いていた死に方そのままじゃないか、と。

 予言者は、本来なら若者が辿るはずだった死の道を、代わりに辿ってしまったのだ。

 それは偶然だったのか、将又(はたまた)、その力の禁忌(タブー)に触れてしまったが故の罰か……

 この出来事が切っ掛けで、未来視の力を扱う者達は視えた未来を、あまり話さなくなったと言う。


 この話の流れから考えると、マヤは……


「マヤ、視えちゃったんだって。ライが、これから辛い目に遭う未来が。だから、どうしても教えたくて……手紙とか色々、試してみたけど、どれも駄目だったから最後の最後の手段で、もう直接、ライに会って言おうって、前から決めてたの」


「まさか、お前達が王都に来たのは……」


「会いたかったのは、本当。でも、1番の目的はライに、このことを伝えるため。マヤも私もライが苦しむところなんて見たくなかったから。だから……っ、だから」


 感情の糸がプツリと切れたマナは、大きな瞳から涙を流す。。

 流れた涙は頬を伝い、下に落ちてベッドに染みを作る。

 泣きながら、それでも言葉を紡ごうとする彼女を抱き締めた。


「もう話さなくて良い。話さなくても、お前達の気持ちは分かった。……ありがとう」


 禁忌(タブー)を犯した際の〝代償〟の存在を、彼女達も理解していた。

 怖かったはずだ。苦しんだはずだ。

 それでもマヤは、俺を助けるために禁忌(タブー)を犯した。

 今は眠っているようだが、このまま目覚めない可能性だって充分にある。


「……マヤは、どうなる?」


 もしかしたら、彼女の半身とも言えるマナなら、何か分かるかも知れない。

 そんな望みを込めて問いかける。


「マヤは、もう大丈夫。起きるには、もう少し時間が必要だけど。ただマヤが視たライの未来は、もう視られないし、マヤ自身も全部、忘れちゃってると思う」


「……そうか」


 とりあえず預言者と同じ運命を辿ることは無いのだと分かり、安堵の息を漏らす。


「あとは……」


 マナの言葉を遮るように、扉が開く。


「ライ、マヤちゃんとマナちゃんは、まだ起きないのかしら? どうしても起きそうにないなら、私が……って、あら?」


 扉から現れたのは、フライパンとお玉を持ったマリアだった。


「あら? もしかして、もう起きちゃってた?」


「あ、あぁ」


 この状況を、どう説明すれば良い?


「お、起きてるなら良いのよ。もう朝御飯は出来てるから、それを伝えようと思って来ただけだから」


 いや、明らかに起こしに来たよな?

 そのフライパンとお玉を使って起こすつもりだったよな?


(2人は、いつも、こうやって起こされてるのか)


 ……と、今は呆れている場合では無い。

 背中にフライパンとお玉を隠しながら、そそくさと部屋から出て行ったマリアからは、倒れ込んだマヤの姿は、丁度、俺が死角となって見えなかったようだ。


「ライ、マヤのことは私に任せて、先に行ってて」


「その言葉を俺が素直に聞き入れると思うか?」


「思わない。でも、このまま誰も行かなかったら怪しまれる。マヤも、もうすぐ起きると思うから……ね?」


 マナの言葉も一理ある……が。


「ライ」


「……分かった。但し、何かあったら、すぐに教えてくれ」


 自分の方に倒れ込んだマヤをベッドに寝かせて、俺は部屋を出た。

 マリア達には〝マナとマヤは、どうした?〟と尋ねられたが、着替えていると答えたら、すぐに納得した表情を浮かべて俺の分の朝食を用意し始めた。

 マリアとサラが楽しそうに、今日の予定について話している。

 アランはパンを咥えながら、何やら難しそうな書物を黙読している。ちなみにレオンは既に城へ向かったらしい。

 俺は朝食を食べながら、マナとマヤの為に空けられた席を見つめていた。

飛び級試験まで、あと4日。

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