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175話_夜空に浮かぶ月だけが全てを知っている

今日は、2話分投稿します。

次話の投稿は、20時頃を予定しています。

 俺は今、目の前で起こった出来事を脳内で処理する作業に追われていた。

 何故、あの時、彼は俺を見た?

 何故、レオン(聖騎士)が俺に、僅かとはいえ頭を下げている?

 前者の問いに対する答えは分かる。

 彼は、あの薔薇庭園での一瞬の戦いのことを思い出していたに違いない。

 確かに、あの時は必死に自分の身を守るために魔法を連続で使った。

 だが、反撃と呼ばれる行為にまで及んだかと言われれば、それは違う。

 精々、あの時の俺に出来たのは、宙を舞っていた花弁や草を利用して彼の視界を少しの間、遮っただけ。それだけだ。

 それだけの出来事だった筈なのに、どういう訳か、騎士団長である彼に頭を下げさせる結果となっている。

 しかも、俺の聞き間違いで無ければ〝自分の代わりにサラとアランを守ってほしい〟とまで言われた気がする。

 誰が彼らを守るって? ……俺が?

 正直、俺よりもレオン本人が守った方が彼らも安心するように思えるが。


(それが出来ないから子どもである俺に託そうと思った、といったところだろうか?)


 彼の立場上、聖騎士(パラディン)のみに問わず、頼りになる大人は身近に大勢いるはずだ。

 しかし彼はその大人達(彼ら)を頼らず、俺を頼った。

 頼りの本命は別にいて、俺は万が一の保険。若しくは、誰にも悟られないように〝子ども〟という偽装(カモフラージュ)を利用しようと思い立った結果なのか。

 どういう思考の過程から今の言動に至ったのかは想像もつかないが、レオンの中で俺に頼む方が好都合だという結論に辿り着いたのは確かだ。

 単なる冗談とも、酒に飲まれた者の愚言とも思えない。

 正直な話、元より彼に頼まれなくとも、彼らの危機だと分かれば俺が持つ全ての力を使って対処するつもりだ。

 彼らとは付き合いも長いし、何より、もうマリアの友人や、かつての宿敵という枠で収まるような存在では無いのだ、彼らは。

 まさか、牽制か……?

 俺が、血迷って彼らを裏切らないように。彼らの信頼を利用して、悪事を働かないように。


(……いやいや、まさか)


 流石に、深読みし過ぎた。

 そもそも俺に、そのような疑いを持っているならばアラン達と会うどころか連絡を取り合うことすら彼は許さないだろう。

 最悪、何かされる前にと俺の命を奪いに来る可能性も完全には否定出来ない。無論、そう易々と殺されるわけにはいかないので、その時は全力で抵抗させてもらうが。


(それ以前に、彼の言ったような状況が起こる可能性なんて相当低いんじゃないか?)


 彼女達に危機が迫ると知って、レオンが何もせず黙って見ているわけが無い。

 それこそ、俺の出番なんて……


(無いと断言できるか?)


 彼女達と同時に、彼らが忠誠を誓っている王にも同じ危機が迫っていたとしたら?

 サラの夫でもアランの父親としてでも無く、聖騎士(パラディン)としての彼を優先的に求められるような状況が目の前で起こったとしたら?

 その時、レオンは……


「父さん、ライ? さっきから二人で何の話をしてるの?」


 カラカラと引き戸が開かれた音と同時に聞こえたのは、アランの声。

 慌てて思考を拭い取りながら〝ただの世間話だ〟と返す。


「そうなの? それにしては妙に真剣な雰囲気だった気がしたんだけど」


 ガラス張りの引き戸では話の内容は聞こえなくても、話し手の表情や仕草は筒抜けだ。

 余程の鈍感者でなければ、それらの情報だけで話の内容に関することを色々と察することが出来る。

 彼が頭を下げた角度も、それを見越した上での計算だった。

 大袈裟に頭を下げれば、何事かとアラン達が集まってくると分かっていたから。


「周囲が暗いから、そう見えたんじゃないか?」


「そうかな……うん。言われてみれば、そうかも」


 彼の言う通り、辺りは月の光が無ければ、目に映る全ての物の色が認識できないほどの、闇に限りなく近い世界。

 こじつけな気がしないでも無いが、アランは父親の言葉を素直に受け入れているようなので、もう何も触れないでおこう。


「ライ、マリアさんが呼んでるよ。手紙じゃ聞けなかったことを色々と聞きたいって、さっきからソワソワしながら君を待ってる」


 アランが指さした方を見ると、引き戸のガラス越しでマリアと目が合った。

 彼女は目を細めて、俺に手を振っている。

 そんな彼女を、アランは微笑ましそうに見つめていた。


「ライも、マリアさん達に手紙を書いてたんだね。毎回、村では見られない珍しいお土産を添えて送ってくれるから、いつもライから届く手紙を楽しみにしてたんだってマリアさん言ってたよ」


 楽しみという言葉が手紙の内容云々ではなく、それに添えた品物に対して向けられたのだと分かり、呆れて肩を落とす。


「マリアさんが胸元に付けてる(クローリク)のブローチもライが送った物なんだよね?」


「あぁ、母さんは昔から(クローリク)が好きだったからな」


 自分の部屋にも、(クローリク)の人形や陶器の置物まで飾っているくらいだ。余程、好きなのだろう。

 少々、子ども染みた趣味だとは思うが、元より彼女が童顔寄りなせいか、あまり違和感は無い。

 何より、自分が好きだと思えるものを素直に好きだと言える彼女の素直な性格は魅力的だとさえ思う。


「ライって、マリアさんのこと大好きだよね」


「……は?」


「あれ、違った? いつもマリアさんを見てる時のライの目は優しいから……あ、いや! 普段が優しくないってわけじゃないからね?!」


 何も言っていないのに慌てて言葉を追加していくアランの姿に、思わず唇が緩い弧を描く。


「そりゃ自分の母親だからな。幼い頃から、ずっと一人で俺達を育ててくれたんだ。感謝することはあっても嫌いになることは無い」


 勿論、これからも。


「……そっか、そうだよね」


 そう呟いたアランの表情に、少し悲しい影が差した気がした。


「あ、あのさ、ライ。君に聞きたいというか、確認したい事があるんだけど」


「何だ、改まって」


 軽く返したつもりだったが、アランの表情は硬い。

 ああ言ったものの本当に聞いてしまっても良いのか、まだ悩んでいるように思える。

 それでも覚悟を決めたのか、彼は一呼吸して俺と向き合った。


「その、ずっと気になってはいたんだ。でも、いざ聞こうとしたら勇気が出なくて……それに、君を困らせるんじゃないかと思ったから」


 俺が困る?

 困るような質問に心当たりが無いため、特に何も考えずにアランの言葉を待つ。


「ライから、その……一度も聞いたことが無かったから、聞いてみたかったんだ……君の、お父さんのこと」


 俺の、父親……?

 アランの言葉で思い出したのは、過去に交わしたマリアとの会話。


 ──父さんは、そうではなかったのですか?


 まだ、俺が日常会話で敬語を使っていた頃。

 細かい話の流れは忘れたが、彼女に、そう問いかけた事があった。


 ──ぇ……あ、そうね。お父さんに似たのかも知れないわね。


 あの時、彼女は明らかに動揺していた。

 これ以上は何も聞かないでと、表情が語っていた。

 彼女が何を思って、あのような表情を浮かべたのか未だに分からない。

 あの日から、父親の話題は避けてきたから。幸い、アランは自分の父親語りに夢中で、俺の父親については何も尋ねなかった。

 それなのに今になって彼は父親のことを問いかけてきた。

 昔の世界では、片親どころか両親のいない子どもの存在は珍しくはなかった。

 実際、過去の俺も1人だった。だから特には気に留めることも無かった。

 要するに、父親に関する質問で俺に答えられることは無い。


「アラン。悪いが、俺は……」


「ライ」


 唐突に割って入ってきたレオンの声で、この場にいたのは俺とアランだけでは無かったことを再認識した。


「そろそろマリアの元へ行った方が良い。彼女、表情には出していないが、少し不満そうだ。それに君を待ち侘びているのは彼女だけじゃ無さそうだしな」


 少し下へと向けられた彼の人差し指が向く方追うように視線を動かすと、マナとマヤが引き戸に張り付くような体勢で俺達を見ていた。

 目が合った彼女達がパクパクと空気を求める魚のように口を動かす。


(〝ラ、イ、ま、だ、こ、な、い、の〟、〝は、や、く、き、て〟……か)


 唇の動きで言葉を理解する。この程度なら魔法に頼らなくても読唇術で簡単に読み取れる。

 奥の方では、俺を見つめるマリアが頬杖をついて待っている。

 これは確かに、そろそろ中に入った方が良さそうだ。


「すまない、アラン。話の続きは、また……」


「あ、うん! 僕の方こそ、ごめん……突然、変なこと言って」


「別に、気にしてない」


 父親の件は、今更知ろうとも思わない。興味すら無いのだから。

 生きていようが死んでいようが、俺にとっては、どうでも良い。

 俺にとっての家族はマリアとマヤとマナ、そしてスカーレット。この3人と1匹だけだ。


 カラカラと引き戸を開けば、マヤとマナが俺の両足に飛び付いた。


「ライ、遅い」


「遅い」


 「悪い」と謝ると、愛らしい笑みを添えて〝許してあげる〟と返された。


「その代わりライの話、いっぱい聞かせて」


「ライが、これまで見てきたもの全てを私達にも教えて」


 これは長い夜になりそうだと、空に浮かんでいる月に劣らない輝きを放つ彼女の瞳を見て悟った。

次回は、アランとレオン視点の閑話となります。

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