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174.5話_閑話:ある聖騎士の願い

 聖騎士(パラディン)という肩書きを持つ前の自分は、単なる傭兵だった。

 突然の魔力の消滅(マジック・ロスト)で魔法学校を中退し、万が一の為にと幼い頃に父から剣術を習っていたこともあり、傭兵として働くことで生計を立てていた。

 ヴォルフ理事長からは勇者学校への入学を提案されたが、魔法を失ったばかりの俺に勇者を目指す気力などあるはずも無く断った。

 アルステッド理事長とヴォルフ理事長には、今でも頭が上がらない。

 彼らは自分が傭兵となった後も、生活面や仕事面において様々な支援をしてくれた。

 こちらが何回も何十回も何百回も断ったにも関わらず、だ。


 未だに発現条件すら明らかになっていない〝魔力の消滅(マジック・ロスト)〟。

 過去にも、自分と同じように魔力の消滅(マジック・ロスト)が発現し、やむを得ず学校を辞めた者達がいたらしい。

 その者達の支援も、彼らは行っていた。

 原因も分からないまま、突然閉ざされた夢。

 理由も分からないまま、大きく変えられてしまった日常。


 ────何故、俺が……?


 純粋に、その疑問が尽きなかった。

 日々、魔法を学ぶ上での努力は怠らなかった。自惚れていたつもりは無いが、自分には、それなりに才能があると自負していた。

 将来は、きっとおる誰もが羨む大魔導師に……周囲は、そこまで俺を評価してくれていた。

 勿論、俺自身も最終的には、そこを目指すつもりだった。

 だが、そんな周囲の期待も、希望しか見えていなかった未来も何もかも、無残に打ち砕かれた。

 やり場のない絶望と怒りを、次第に周囲と向けていった。

 何故、自分よりも努力をしていなかった奴らが魔法を使える?

 何故、明らかに才能の無い奴には出来て、俺には出来ない?

 何故、神は、俺に、このような試練を与えた?

 何故? 何故? 何故? 何故? ……何故?

 自分を(たた)えていた声は、同情の声へと変わっていった。

 歩けば向けられていた羨望の眼差しは、蔑みの眼差しへと姿を変えた。


 ──もう魔法を扱えない癖に、いつまで此処に居座るつもりだ?


 誰も声には出さずとも、自分に向けられた視線が、そう問いかけていた。


 俺は、逃げるように学校を出た。

 当然、見送ってくれた者は誰も……いや、2人だけいた。

 魔力を失い、魔法を使えなくなった俺に、唯一、最後まで変わらぬ態度で接してきた双子──ビィザァーナとビィザァーヌだ。

 俺が学校の門を出た直後、箒に跨った彼女達が猛スピードで門の前まで飛んで来た。


「ちょっと先輩! 私達にまで黙って学校を出て行くって、どういう事?!」


「そうよ! 昨日も会ってるんだから、その時にでも一言言いなさいよっ! お蔭で、こっちは授業を抜け出す羽目になっちゃったんだから!!」


「君達……どうして……」


 学校を去る日や時間はアルステッド理事長しか知らなかったのに……あぁ、そうか。彼が彼女達に教えたのか。

 ここで彼女達に早く戻れと言って突き放すべきだったのに。

 本当なら、もっと早く、彼女達を自分から遠ざけるべきだったのに。

 結局、俺は最後まで、そうしなかった。出来なかった。


「先輩、私達はね……先輩がいたから、今日まで頑張ってこれたの。魔法の特訓とか勉強とか、そういうのが楽しいって思えたの」


「問題児だった私達が、今や教師からも一目置かれる優等生になれたのも先輩のお蔭。最初は無愛想で、堅物で、生真面目で面倒くさそうな先輩に教わることなんて何も無いと思ってたのに……あの時、私達の監視係として付いたのが先輩で良かった」


 ────ありがとう、レオン先輩。


 彼女達の言葉で、俺の中の何かが救われたような気がした。

 傭兵という、これまでとは全く違う道で生きていこうと思えたのも、今思えば彼女達のお蔭かも知れない。

 そして傭兵になった俺は、託された任務を着実にこなしていった。

 単純に誰かの助けになるような仕事から、あまり人からは褒められるようなことでは無い仕事まで。

 依頼された仕事は、内容や報酬には(こだわ)らず、何でも受け入れた。

 そうした日々が続き、傭兵として少しずつ名を上げ始めた頃だった。

 俺が、王を守る聖騎士(パラディン)に任命されたのは。

 これまでの功績と人柄で判断したと言われたが、どうも納得いかなかった。

 功績なら、俺よりも上の者など腐る程いただろう。

 人柄? そんなもので王族の護衛役として相応しいかなど判断される訳がない。

 理由は、分かっていた。

 俺が、かつて先代の王に仕えていた騎士団長の息子だと知っていたから。

 そして俺には、もう魔法使いとしての道が閉ざされている事も。

 どうせ、そんな理由に決まっている。

 俺が、歴代最年少で騎士団長まで登り詰めることが出来た理由も、そこにあるに違いない。

 騎士団長への昇格が決まった時、一度、辞退した。

 自分には、それだけの能力も無ければ、今の騎士団を引っ張っていけるだけの器も無いと。

 だが、無駄だった。

 最早、彼らに俺の言葉は何一つ届かない。


 ──何も言わず、何の疑問を持たず、ただ我々の言葉に従い、貴様は()()()()()使命を全うすれば良い。


 俺の言葉など、初めから無かったもののように返された。

 もう……抵抗する気も起きなかった。


 騎士団長に就任した日。

 聖騎士(パラディン)を含めた団員から、祝福の雨が降り注ぐ。

 明らかに心が込められていない、形だけの称賛。

 正直、不満を持っていた者もいたはずだ。

 それでも、皆が同じ言葉を自分に向ける。

 まるで、都合の良い言葉を言うことしか許されていない奴隷のように。


(……虫唾が走る)


 立場が偉くなればなるほど、知る価値も見い出せない世界の闇を知る。

 (サラ)息子(アラン)、今も俺を先輩だと慕ってくれる彼女達のような存在がいなかったならば、俺は何もかもを捨てて今とは全く違う人生を送っていたかも知れない。

 騎士団長ともなれば流石に、傭兵の頃と同じような扱いは受けない。

 歩けば羨望、若しくは敵意や憂惧(ゆうぐ)の感情を込めた眼差しで見られた。

 ちなみに、後者の方が圧倒的に多い。

 断るなんて選択肢は存在しない。

 託された仕事は、例え気が進まなくても全てやり遂げた。

 そうしなければ、その罪の代償として大切な者達が理不尽で苦痛な目に遭わされると分かっているから。

 彼らが幸せで暮らせるなら。その笑顔を曇らさずに過ごせるなら。

 その為なら、俺は、どんな闇とも向き合える。

 この剣を、誰かの血で染めることだって躊躇(ためら)わない。

 自分の中で控えめに()()を訴えるもう一人の自分に蓋をして、二度と出てこられないように鎖で縛って、封じ込めた。


 そんな時だった、アランやサラから〝ある少年〟のことを聞いたのは。

 少年の名は、ライ・サナタス。

 アランと同じ歳ではあるが、どこか大人びていて、村の子ども達のリーダー的存在らしい。

 冷静で時折、大人顔負けの思考や判断を生み出し、それを実現するだけの能力まで備わっていると言う。

 そんな子どもが本当に、こんな小さな村にいるのか?

 村にいる間、他の誰でもない妻と子どもの話なのだからと必死に信じようとしたが、最後まで疑いは消えなかった。

 何故なら自分は、その子どもと出会えなかったから。

 しかし城で彼と対峙し、今こうして彼と話をしたことで分かった。分かってしまった。

 〝彼は、只者では無い〟と。

 単なる子どもだという視点で見てはいけない。

 少しばかり秀でた己の能力に溺れているような愚か者だと侮ってもいけない。

 見た目は子どもでも、一般的な大人が未だ達せていない思考の果てを既に達し、一つの現実として受け入れている。

 魔力を失った俺では、彼の魔力量などは感知出来ないが……それでも、そこらにいる魔法使いよりも魔力の量は多いだろうし、その扱い方も理解し尽くしている事だろう。

 〝予想外〟を前にした時こそ、その者の本当の実力が現れる。

 城で一瞬とはいえ、聖騎士と対峙する事になるなど彼は想像もしていなかっただろう。

 それなのに彼は、無防備だった背後からの攻撃に瞬時に反応し、思考を定める暇も無い追撃にも大きな動揺を見せることなく冷静な抵抗を見せた。


(戦闘において、それなりの場数を踏んだ戦士なら兎も角……自分の息子と同じ歳の子どもに、そのような事が可能なのか?)


 こうして彼と2人きりで話すのは初めてだが、どうも違和感を拭えない。

 アランの時のように、()()()()()()()()()()()()()感じられないのだ。

 彼よりも年上……何なら、自分と歳が変わらない大人と話をしている気分だ。

 そして、何より……


 ──それは言い換えると……もし貴方と対峙した時、貴方に怯えること無く、寧ろ打ち負かしてやろうと反撃してくるような相手だったら信頼できるという事ですか?


 対峙した時、怯えること無く、反撃……と言えるかは微妙だが、最後まで足掻き続けた。

 いや、今思えば……もし、あの時、アレクシス王子から止められなければ、彼は自分に何かをしようとしていた。

 やはり、あの時、彼が最後に見せた笑みは錯覚などでは無かった。

 決して優勢では無かった。それでも、彼には笑みを浮かべるだけの余裕があった。 

 聖騎士(パラディン)同士の剣術の鍛錬時だって、あんな表情を見せた者はいなかった。

 あんな……強者を前に戦闘意欲を昂らせた戦闘狂の如き表情を。

 あれは戦場にて何度も命の危機を乗り越え、強者との死闘の末に得られる極上の勝利を勝ち取った時の喜びを知っている者が出来る表情だ。

 少なくとも、たった十数年生きた程度の子どもが出来る表情では無い。


 改めて、目の前で不思議そうに俺を見つめている彼を見る。

 その表情からは年相応のあどけなさが感じられる。


(……何者なんだ、彼は?)


 人の子どもという皮を被った、別の〝何か〟。

 そうとしか思えない。

 その〝何か〟が自分の味方なのか敵なのか、現時点では判断出来ない。

 出来ないが……その異常性を受け入れた上で、彼に託したいと思った。

 彼に、少しでも人としての情があるならば。

 誰かを守りたい、救いたいという慈悲の心があるならば。


「ライ、勝手を承知の上で君に頼みがある」


 俺は、彼に託したい。


「もし、サラに……サラとアランに、何かしらの危機が迫った時……俺の代わりに彼女達を守ってほしい」


 俺が()()()()()()()()()実力と可能性を秘めた、彼に。

次回は、通常通りライ視点に戻ります。

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