174話_灯台下暗し
「俺は……っ、」
守らなければならないものを守る……俺は、そう答えるつもりだった。
感情のままに守りたいものだけを守ることが許される世界ならば、この世に悲しみや復讐に駆られる者なんて存在しない。
己の感情を犠牲にしてでも守らなければならないものもある事を、俺は、よく知っている。
だからこそ導き出した答えだ。レオンだって納得してくれるだろう。
だが、同時に思う。
本当に、それで良いのか? その選択に後悔は無いのか?
その選択で……〝守りたいもの〟を失ったとしても?
「君は、ちゃんと現実が見えているんだな」
言葉を詰まらせた俺に向けられた言葉。
失望しているというよりは、感心しているように取れる声色だ。
「以前、アランにも同じ質問をした。彼の答えは〝自分が守りたいと思ったものを守る〟。迷う素振りすら見せない見事な即答ぶりだった」
実に、彼らしい答えだ。
本人に記憶は無いが、前世で世界を救った勇者だからこそ許される。
まぁ、それは前世での彼の行い知っている俺だから、そう評価出来るのであって何も知らないレオンからすれば……
「正に誰もが望む理想の答えだ、が……所詮は理想だ。その答えが通用するほど現実は甘くはない。守りたいものと守らなければならないものが毎回同じとは限らないし、自分が守りたいと思ったものよりも優先して守らなければならないものが存在する時だってある」
そう語る彼の目は、目の前の俺ではなく、もっと遠い場所にある別の何かを映しているような気がした。
「君は、それを知っていた。だから最後まで迷っていたんだろう?」
レオンの問いかけに、小さく頷く。
「……本当は〝守らなければならないものを守る〟と答えるつもりでした。だけど、その答えに納得できない自分もいるんです」
魔王だった時も、そうだった。
何かを成し遂げるために、何かを犠牲にしてきた。誰かを守るために、誰かを傷つけた。でも、それは俺が望んでいた結果じゃない。
出来ることなら、犠牲を出さずに成し遂げたかった。出来ることなら、誰も傷つけたくなかった。
だが、どんな方法を取っても、その道は見い出せないと分かってしまったから……俺は自分の心が壊れる前に、自ら冷酷で残忍な魔王として振る舞い続けたのだ。
そして、誰もが〝悪〟だと認める魔王になった。
……だが、今は?
今の俺は、魔王ではない。故に、下手に悪を演じる必要も無いし、手段や結果に無駄に固執する必要も無い。
言い換えれば、今の俺には、あの時よりも選択の自由があるのだ。
立場上の理由で、あの時は選べなかった選択を今なら躊躇なく選べる。
「俺は……守りたいもの、守らなければならないもの、どちらも守りたい。いずれか一つなんて前提は作らない。作らせない。必ず、どちらも守れる方法を探し出します」
「問いの根底から崩していくか……意外だな。君が基盤を崩すよう大胆さを持っていたとは。てっきり、冷静に取捨選択が出来る人間だと思っていたんだがな」
「これが単に試験の問題なら、ある程度の持論や感情は切り捨てていたでしょう。ですが、これは試験でも何でも無い。だから俺は、あくまでも自分の意思に従って貴方の問いへの答えを提示します。……何かを切り捨てるのは最後の手段です。初めから取るべき手段では無いと、俺は思います。僅かでも可能性が残っているのなら俺は全てを守るための手段を考え続けます」
「考える? その考える時間が与えられていなかった場合は、どうする? 時間をかけ過ぎると守れる筈だったものすら守れなくなる」
言葉を紡ぐ度にレオンの表情が、声が、険しいものになっていく。
ここで怯むわけにはいかない。
威厳に満ちた彼に屈してはいけないのだ。
「そうですね……全てを一人で考え、実行しようとするなら、その結末を迎える可能性は高いでしょう」
「……何が言いたい?」
レオンの片眉が、一瞬だけピクリと上がる。
「先ほどの貴方の質問は、その時の状況や人数、守る対象や場所、時間など曖昧な部分が多い。なので、そこを利用させてもらいました。俺は、本当に守りたいものを、たった一人で守れるほど強くありません」
現に、この世界でも守れなかった命がある。
「だから俺は、そういう時は心から信頼できる仲間を頼ります。……貴方にだっているでしょう、そういう仲間が」
当然、聖騎士は彼だけでは無い。
具体的に何人いるかは分からないが、騎士団長という立場が存在するくらいだ。それなりの人数はいるだろう。
世界に危機が迫った時、真っ先に先陣を切って人々を助け、敵を切り捨てていく。
それが、俺の知る聖騎士だ。
(だが、魔王だった俺の前に現れたのは……)
一人もいない。
彼らの行動の全てを握っているのは彼らを従えている王様だ。命令がない限り、彼らは王の傍を離れない。
グレイ曰く、当時、彼らを従えていた王は大層な小心者で、いつ自分の命が狙われるか分からないからと四六時中、彼らに身辺の警護を命じていたらしい。
過去の俺が、強き者である証の一つである聖騎士という存在を危惧しなかった理由が、それだ。
実際に戦ったことは無いから実力は分からない、が……薔薇庭園でレオンと一戦交えたことで、聖騎士が、理屈の通らない圧倒的な強さを持った存在だということは嫌でも分かった。
昔、彼のような聖騎士達と一戦でも交えるような事があったら……最悪、勇者の出番も無いまま、俺の野望は跡形もなく崩れ去っていたかも知れない。
「つまり君は自分が守りたいものを、他人に守らせることに抵抗は無いという事か? 君には、それだけの信頼を寄せている仲間がいる、と?」
「います」
彼の質問に、間髪を入れず答えた。
昔の世界にもいたように、この世界にも仲間と呼べる存在がいる。
小心者で空気が読めないという欠点はあるが、種族を問わず誰にでも手を差し伸べられる優しい心の持ったピクシー。
時に精神的な癒しを与え、時に本来、その生物が持つ力以上のものを発揮するスライム。
鬼蜘蛛と、ほぼ互角に渡り合つほどの実力を持ち、一族にとって大事な鬼笛を俺に託してくれた鬼人。
種族は見事にバラバラ。だからといって、何も問題は無い。
寧ろ、今更そのような指摘を受けたところで痛くも痒くも無い。
(その仲間にアランや王子を加えたら……もう、ある意味、怖いもの無しだな)
アランは兎も角、アンドレアスやアレクシスを仲間という分類で見ても良ければの話だが。
「……虚言を吐いているわけでは無さそうだな」
納得したのか否かは、彼の表情からは分からない。
だが、聞きたいことは全て聞いたとばかりに、彼は再び夜空を見上げた。
「さっきの君からの問いの答えだが……俺にも仲間はいる。だが、君が言う仲間とは少し違う。俺達の関係は心の繋がりと言うよりも、同じ運命を背負っているという共通点によって成り立っている」
あくまでも形式上で成り立っているに過ぎないと言うことか。
「勿論、各々の能力は認めている。だが、俺も彼らも同じ聖騎士でいる限り、同じ選択しか取れない。だから、君が言ったように仲間を頼ることが出来ない。……〝自分の代わりに頼む〟と、託せない」
仲間と一言で言っても、そこには様々な形がある事を改めて教えられたような気がした。
「それなら聖騎士以外の仲間を作れば良いじゃないですか」
「簡単に言うが、聖騎士という肩書きだけで大抵の人間は怯えて警戒する。そんな奴らが信頼できるか? いざという時、託そうと思えるか?」
「それは……」
信頼できるかと言われたら難しいし、託せるかと言われたら多分、託せない。
だが、それを上手く利用すれば、その反応は良い目印になるのではないだろうか?
「それは言い換えると……もし貴方と対峙した時、貴方に怯えること無く、寧ろ打ち負かしてやろうと反撃してくるような相手だったら信頼できるという事ですか?」
俺の言葉に対して、レオンは小さく鼻で笑った。
「面白いことを言うな、君は。そんな変わり者、いくら探したところで……」
レオンは言葉を止めた瞬間、表情を強張らせた。
そして、ゆっくりと顔を動かして俺を凝視し始める。俺もまた、そんな彼を訝しむように見つめ返していると……
「……いた、な」
辺りの闇に溶け込むような小さな声で、そう呟いた。
次回は、レオン視点の閑話になります。




