21話_思いがけない再会
※グレイの台詞表記について↓
グレイの会話方法は、少しばかり特殊なので……
『 』←こちらのカギカッコを使用します。
※後半からは、アリナ視線で話が進みます。
一気に疲れがドッと押し寄せて来た俺は、寮へ戻るために長い廊下を歩いていた。
何故、彼女はあんなにも俺に手厳しい態度を取るのだろう?
クラス分け召喚の時の彼女を見る限り、あれが彼女の普段の姿でない事は明白なのだが、その真意が分からない。
考え込んでいると、後ろから少しずつこちらに近付いて来る気配に、思わず足を止めた。
「……俺に何か用ですか?」
振り向くと、柱の影に隠れていた奴がひょっこりと顔を出した。
出しているのは顔と手だけなのに、灰色の前髪で顔を隠しているという特徴的な姿と、手に巻かれた包帯で、すぐに誰か分かった。
隣の席で、ずっと俺を見ていた不審な前髪包帯……グレイだった。
「グレイさん、ですよね?」
俺がそう聞くとグレイは頷いて柱の影から出てきて俺の方へゆっくりと歩み寄った。
(あの時はお互い座っていたし、さっきも遠目だったから気付かなかったが……意外と身長高いな、コイツ)
俺を見下ろしているであろう目は、見事に前髪に覆われていて見えない。
(一体、俺に何の用があるって言うんだ?)
思わず身構えていると、グレイはどこからか小さなホワイトボードを取り出した。
思いもよらぬホワイトボードの登場に拍子抜けしていると、キュッキュッとペンの音を立てながら、何か書き始めた。
それを黙って見ていると何かを書き終えたらしいボードを俺に見せて来た。
『お久しぶりです』
「……は?」
訝しげにボードを見つめているとグレイは、またボードに何かを書き始め、俺に見せた。
『貴方は、魔王様ですよね』
その文字を見た瞬間、俺は思わずグレイからボードを奪い取った。
グレイは驚いたようだったが、今の俺にはそれを気にする余裕は無い。
「お前、どうして……」
『俺のこと、憶えてませんか?』
俺の手には確かに、ホワイトボードが握られている。それなのに彼は、一瞬で新たにボードを出してきた。
(今、どこから出した?)
グレイよりもホワイトボードの方が気になり出した俺に、グレイは片手で灰色の前髪を上げた。
そこに現れたのは右目は黄色、左目は緑色の……所謂、オッドアイ。彼の瞳を見て、俺の中で何かが繋がった。
(灰色の前髪、身体に巻かれた包帯、ホワイトボードでの意思疎通……)
昔、魔王になったばかりの頃、既に何人か仲間がいた。その内の1人に、生ける屍がいた。
その者の名は、グレイ・キーラン。彼は声が出せなかったため、紙か何かに書いて意思疎通を図っていた。また、身体が腐っているせいで、すぐに腕や足が取れてしまうため包帯で固定していた。
そんな彼の最大の特徴とも言えたのが、屍とは思えないほどに綺麗なオッドアイだった。
「まさか、お前は……」
今の声で俺が何かの確信を得たと分かったのか、彼は少しだけ口角を上げて、ボードを見せた。
『お久しぶりです、魔王様』
この世界に来て、俺は初めて記憶を持っている奴に会えた。
◇
見上げる程に大きな、そして、職人の技が輝く装飾が施された扉。魔法学校の理事長、アルステッドの部屋へと通じる扉だ。その扉の前に、アリナは立っていた。
一度、軽く深呼吸をして意を決した表情で、扉をノックした。
「どうぞ」
奥から聞こえた声に、アリナは背筋を伸ばしてドアノブへと手を伸ばした。
「失礼します」
扉の先には、貴族の屋敷にも引けを取らないほどの立派な部屋が広がっていた。
部屋の奥にある椅子に座って、彼女を見つめていたのは、この空間の主であるアルステッドだった。
「やぁ、アリナ君。待っていたよ」
アルステッドは手で向かいの椅子に座れと誘導するとアリナは椅子へと腰を下ろした。
「それで、お話とは何でしょう?」
他愛のない話を入れる間も無く本題へと入ろうとするアリナに苦笑しながら、早速、本題へと入った。
「先日の王都襲撃の件なんだがね」
「あぁ、先日の。王都で奇襲があった時を想定した本格的な訓練だと、聞いていますが」
首を傾げたアリナが、アルステッドの目が僅かに細まったのを確認すると、彼女は更に背筋を正した。これは、彼が真面目な話をする前の合図だった。
「最終的には、そういう形で終わらせる事が出来たが……実際は違う」
「え?」
「あの襲撃は訓練では無い。本当に、あった事なんだ」
アルステッドの言葉にアリナは口を閉ざしてしまった。
(あれは訓練じゃなかった? 確かに、訓練にしては過剰だと思う部分もあるにはあったが、それじゃあ、王都を破壊したのは……)
「混乱を避けるために生徒達には訓練だと伝えた。だが、生徒会長でありギルドでリーダーを務めている君には真実を言っておいた方が良いと思ってね」
「……誰なんですか? 王都を襲撃したのは」
アリナの問いに、アルステッドは何か考えるように虚空を数秒見つめた後、ポツリと言い放った。
「魔王軍だよ」
現実離れした言葉に、アリナは信じられないと表情から訴えたが、アルステッドが、こんなことを冗談で言う人物では無い事を充分に知っていた。だからこそ、彼女は困惑していた。
「君が、そんな表情をするのも無理はない。しかし、これは事実だ。既に勇者学校の生徒会長にも伝わっていることだろう」
勇者という言葉を聞いた瞬間、アリナの表情が変わった。
「いつ、また魔王軍が行動を移すか分からない。そして、魔王も。だから、その時は君と勇者の……」
「その必要ありません!!」
アルステッドの言葉を遮ったアリナは、すぐにハッとした表情を見せ、俯いた。
「……申し訳ありません」
「いや。突然、こんな話をして済まないね。今すぐ何かしようってわけじゃないんだ。ただ真実を知る者が少しでも多くいれば、もしもの時に備えられると思ってね。君のことだ。こんな事を言っても受け入れてもらえないとは思うが、あまり深く考えないように」
「はい」
返事とは裏腹に、アリナの表情は決して明るくはなかった。
アルステッドの部屋を出てから、アリナは急ぎ足でどこかへと向かっていた。
混乱で、今は正常に頭を働かせる事が出来なかったが、それでも足が止まる事は無かった。
魔王軍が出たと言う事は、つまり魔王が誕生したという事。
魔王が誕生したという事は、世界の破滅へのカウントダウンが始まったという事。
先ほどから、そういった思考がグルグルと頭の中で回っている。
そして、彼女の思考が行き着いた先は。
「魔王軍も魔王も、私達が倒す! 勇者なんかの手を借りなくとも、必ずっ!!」
そう言った彼女の瞳は、業火のように燃え上がっていた。