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170.5話_閑話:〝僕〟を見てくれる人

「アレクシス王子、少し外に出てみませんか?」


 午前の勉強を終え、休憩時間に入っていたアレクシスにグリシャが声をかけた。

 彼から、このような言葉をかけたられのは初めてだった。


「えっと……外と言うのは、庭のことですか?」


「いいえ、私の言う外とは〝城の外〟のことです。今なら監視の目も緩いでしょうし、少しの間なら城を抜け出しても問題は無いでしょう。念のために私と王子の分身(ドッペルゲンガー)は置いて行きますが、如何でしょう?」


 気を遣われている。

 アレクシスは、すぐにそう思った。

 少し前の父との遣り取りで自分が落ち込んでいるのと思って、気分転換にと誘ってくれているのだ、と。


(……あんなの、いつもの事なのに)


 今回みたいに言葉で直接、抑制する時もあれば視線で、態度で、表情で、自分に語りかけてくる。

 王になるのは、お前ではない。所詮、お前はアンドレアス()の引き立て役に過ぎないのだ、と。

 ……本当に?

 本当に自分は、そんな()()()()()理由で生まれてきたのか?

 王子として生まれてきた理由は、それだけなのか?

 ……今更、考えたところで答えは分かりきっている。

 ()の対応が、既に答えを示している。


(折角、少しずつだけど魔法が使えるようになってきたのに)


 アンドレアス()には無い、自分だけが持つ力。

 この力を極めれば、父は兄ばかりでは無く、少しは自分も見てくれる。

 そう期待していたのに、その期待は即座に打ち砕かれた。


 ────父上は、魔法を嫌っている。


 理由は分からないが、その事実を知ってしまってからは、この力の存在を父に隠すことに決めた。

 魔法嫌いな父が、この力のことを知ったら……この先は想像でも口にしないでおこう。


(いつか父上の役に立てばと思って色々と頑張ってきたけど、どうしよう?)


 この力を何の為に、誰の為に使えば良い?

 冷たい闇の中に潜む思考へと意識を沈め続けるアレクシスだったが、グリシャからの呼びかけで意識を現実へと引き戻した。


「大丈夫ですか? 先ほどから何度もお呼びしていたのですが、反応が無かったので……」


 心配そうにアレクシスを見つめるグリシャ。

 そんな彼を見てアレクシスは慌てて首を振る。


「あ、大丈夫です。すみません、少し考え事をしていました」


 聡い彼のことだ。

 自分が父や兄のことを考えていたこと等、お見通しだろう。

 何もかもを見通すようなグリシャの真っ直ぐな視線から逃れるように、アレクシスは顔を俯かせる。

 そこで、ふと……ある事に気付く。


(そう言えば、どうして父上はグリシャさんを受け入れたんだろう?)


 魔法が嫌いならば魔法が使えるグリシャを側に置いておく筈が無い。

 そもそも、この城の中で魔法が使えるのは(自分を除けば)グリシャだけだ。

 例え、嫌いな魔法が使えてもグリシャという人柄を気に入ったから?

 それとも、もっと特別な理由が……?

 彼はアレクシスが幼い頃から、この城に居る。

 自分が知らないだけで、彼と父は何か深い繋がりでもあるのだろうか?


グリシャさん(本人)に聞くのが一番手っ取り早いんだろうけど……)


 何となく尋ね難い。

 というか、尋ねても軽く(かわ)して話を逸らされそうな気がすると、アレクシスは恐る恐るグリシャへと視線を向ける。


「それで、如何致しましょう? 私は、どちらでも構いませんよ。全ては、アレクシス王子の意のままに」


 改めて選択を託された。

 このまま勉強を始める気も起きないし、そもそも今日は色々と思考がゴチャゴチャで集中出来そうもない。

 幸いにも、今は父も兄も不在だ。


(少しくらいなら、大丈夫だよね?)


 偶には良いんじゃない?

 心の中で自分と同じ声の誰かが呟いたような気がした。

 もう、心は決まった。


「少しだけ……少しだけ、外に出たい……です」


 アレクシスの言葉にグリシャは口に緩い弧を描き、〝では……〟と、アレクシスの手を取り、室内の壁に嵌め込まれた全身鏡の前まで彼を案内するように足を進めた。


「早速、参りましょうか」


「え、でも、部屋の扉は向こうに……っ、まさか……」


 この目の前の鏡から外に出ようと言うのか?

 そう表情で訴えると、グリシャは大正解と言わんばかりに微笑んだ。


 ◇


 驚いた。

 人並みの言葉しか出てこないが、アレクシスは一瞬の出来事に驚嘆の表情を露わにしていた。

 彼が鏡に手を触れた瞬間に手が吸い込まれ、そのまま引っ張られるように身体も鏡の中へと誘われた。

 あの時、瞬きしたことを酷く後悔している。

 お蔭で、この一瞬の間に何が起こったのか全く分からないのだから。

 目を開けたら部屋に居たはずの自分の身体は城の外に立っていた。

 彼が持つ情報は、それだけなのだ。


「行きましょう。一応、軽くではありますが変装用の衣装を身に付けて頂いたので心配はしていませんが、それでも目立つような行動は控えて下さいね」


 自分の服装を見てみれば確かに、王族とはかけ離れた衣装を身に付けている。

 返ってくる答えは分かっているから、今更〝いつの間に?〟とは問わない。


(魔法って、本当に便利だな)


 自分も、いつかは……そう考えて、いやいやと思考を振り払った。

 自分には出来ない、出来るはずが無い。

 今だって、植物や置き物といった()()()()()しか操れない自分に、このような芸当が出来るわけが無い。

 考えるだけ虚しくなると、アレクシスは自分を待っているグリシャに行こうと声をかけながら小走りで、その場を後にした。


 アレクシスとグリシャは王都の市場へとやって来た。

 いくら変装をしているとはいえ、顔を見られればバレてしまう可能性は大いにある。

 兄や父よりも知名度は低いとはいえ、自分も王子だ。

 誰にも顔を見られないように深くフードを被り、出来るだけ顔を俯かせて歩いた……のが良くなかった。


「っ、すみません」


 前方にいたらしい通行人の存在に気付かず、ぶつかってしまった。


「ぼ、僕の方こそ、すみませ……」


 相手の顔を見る為に少しだけフードを上げると、自分の目の前にライがいた。


「って、ライさん?!」


 こんな場所で会うなんて、思ってもみなかった。

 互いに、そんな表情を浮かべて見つめ合っている。


「アレクシス王子……?!」


 驚きながらも小さな声で紡がれた自分の名前。

 ライが大声で自分の名を呼ばなかったことへの安心、そして容姿が似ている兄ではなく自分の名前を迷いなく呼んでくれたという喜びが混ざり、思わず口元が緩む。


「ど、どうして此処に……?」


 アレクシスを王子だと認識しているからこその疑問。

 無難にグリシャの付き添いだと答えると、彼の表情が一瞬だけ強張った……ような気がした。


「おや、ライさんではありませんか」


 アレクシスの背後にいたグリシャがライに声をかける。

 その声色が、アレクシスには心なしか普段よりも明るいもののように感じられた。


「ライ?」


「知ってる人?」


 ライの背中に隠れてアレクシスとグリシャを見つめる、この辺りでも珍しい白髪の少女が2人。

 宝石のように鈍い輝きを放つ彼女達の紫色の瞳が不安げに揺れている。


「彼らは……」


 どのように自分達を紹介しようか考えているのだろう。

 言葉を詰まらせたライの姿を見て察したアレクシスは少女達の目線に合わせるように、片膝を地に付けた。


「初めまして。僕の名前は、アレクシス。ライさんは、僕の……」


 今度は、アレクシスが言葉を詰まらせる。

 自分は、彼にとっての何だ?

 友人? 兄なら兎も角、少ししか話していない自分が?

 では、やはり……知り合い?


「…………」


 答えは出たのに、言葉として出ない。

 〝知り合い〟という答えに納得していない自分がいる。

 彼のお蔭で、兄と今のような関係性を築けたというのに、知り合いという枠組みに納めるのは、あまりにも他人行儀ではないだろうか?

 ならば……ならば、やはり、こう言うべきだ。

 首を傾げながら言葉を待つ少女達に微笑み、口を開いた。


「ライさんは、僕の──〝恩人〟なんだ」


 今の言葉は、本人の耳にも届いていたのだろう。

 その答えは予想外だとばかりに目を見開いたライがアレクシスを見つめている。

 こちらの事情なんて何も知らないくせに、涼しい顔して自分が勝手に作った兄との心の溝を埋めてしまった彼が今、あんなにも驚きを露わにして自分を見つめている。

 それだけ、今の言葉は彼にとって意外なものだったのだろう。

 ほんの少しの出来事なのに、彼が城を去った後も、ずっと心の中に〝彼〟がいる。

 それは、きっと兄も同じ。

 兄は、ああ見えて意外と強欲だ。

 もし、兄が彼を心の底から気に入ったならば、あらゆる手段を尽くして彼を自分の傍に置こうとするだろう。


(僕、は……)


 冷静に分析した末に、アレクシスは気付いてしまった。

 自分も、兄のことを容易く言える立場では無い事を。

 だが、彼と全て同じというわけでは無い。

 誰よりもライの力になりたい、支えたいと、そんな欲がアレクシスの心の中で渦巻いている。

 これまで誰も、父や兄やグリシャからさえも得られなかった気持ち。

 事務的なものでは無く、感情が生んだ純粋な気持ち。

 この時、彼は漸く得ることが出来た。

 自身に秘められた力の()()を。


(僕は、彼の……ライさんの力になりたい!)


 彼が救いを求めようと手を伸ばした時、その手を真っ先に取るのは自分でありたい。

 欲を言えば、彼から自然と頼られるような存在になりたい。

 きっかけは、下手をすれば見落としてしまいそうなほどに些細なこと。

 今、思えば、彼と出会った()()()から全て始まっていたのだ。

 こんな理不尽で腐った世界でも彼は、彼だけは……


(ライさん……〝僕〟を見つけてくれた君の力になれるなら……)


 ────僕は、何でもするよ。


 父の命令でも無い。兄の、況してやグリシャの言葉でも無い。

 彼は今、自らの意思で誓った。

 僅かな歪みもない忠誠を。

次回は、通常通り主人公視点に戻ります。

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