168話_想定外の客人
試験当日までの残された時間。
アリナの提案により、普段と変わらぬ生活を送ることになった。
その提案の理由として、彼女は〝もう自分達にサポート出来ることは無い。出来るのは、君達が無事に合格するよう祈るだけだ〟と述べた。
一般的な魔法とは異なり、魔力融合は一度でも成功すれば完全に自分達のまほうとして扱うことが出来る。
そんな緩い条件故に、この魔法が偶然成功するということは無い。
一寸の狂いもなく、必要な条件が揃った時にのみ発動を許される魔法。
よって、〝安定に発動できるまで何度も練習〟という本来ならば避けて通れない手順を、堂々と避けられる。
寧ろ、ここで下手に魔力を消費して術者の精神や体力を奪う方が問題だ。
難易度の高い魔法なだけあって魔力の消費は激しい。
俺もカリンも魔力の消耗による体調の不良等は今のところ見られないが、残りの日数で毎日、魔力融合を発動させていたら肝心の本番で実力を出し切れない可能性は大いにある。
それを懸念しているからこその判断だった。
俺もカリンも、アリナの提案に賛成の意を示した。
試験のサポーターである彼女が、俺達が不利になるような事はさせる筈が無いという信頼からの同意だ。
「では、試験当日に会おう。試験場所等については、前日にビィザァーヌ先生から報告がある」
その言葉を最後に俺達は共に、寮へと戻った。
女性寮前でアリナとカリンと別れ、グレイとは俺の部屋の前で別れた。
去り際に何か一言くれるのかと思いきや、淡々と別れの挨拶だけ残して去って行くグレイ。
だからといって、彼に不満を抱くことは無い。
俺なら大丈夫だ、と。
今更〝頑張れ〟と言葉をかけなくても合格できると信じてくれているからこそ、彼は何も言わないのだ。
それが分かっているから、俺も何も言わずに彼を見送る。
今日まで、色々と助言してくれたアリナとグレイには感謝してもしきれない。
彼らの言葉があったから、俺達は前に進めた。
彼らの知識があったから、答えに辿り着けた。
(……絶対に合格してみせる!)
それこそが、彼らへ示す事ができる最大の感謝だと思うから。
グレイの姿が完全に見えなくなったのを確認し、ドアノブへと手を伸ばした。
扉を開けて中に入ると、ベッドの上で寛いでいたリュウが驚いたように目を見開いて俺を見た。
「は、え、ライ?! お前、ここ数日、何処に行ってたんだよ?!」
予想通りと言えば、予想通りの反応だ。
「カリンとクエストに行っていた。内容が少し厄介だったから思ったより手間取ってしまった」
全てが嘘というわけでは無い。
事実、アザミやリン達の件の方は、色々な意味で厄介だった。
それこそ本題である魔力融合を完成させる事よりも。
「そ、そっか。カツェも同室のカリン・ヴィギナーが帰ってこないって心配してたから、もしかしてとは思ったけど……まぁ、無事に戻って来たなら良いや! お疲れさん」
もしかしたら、これまでの遣り取りで彼は何かを察したのかも知らない。
何かを察した上で、あえて何も聞かないでいてくれている。
(流石に、それは考え過ぎか)
鈍い上に場の空気の無視した言動を見せる彼に、そのような芸当が出来るとは思えない。
単純に、俺の言葉を受け入れたからこその言葉。
そうだ、そうに違いない。そういう事にしよう。
(リュウ、ミテ、ミテ! チョチョ!!)
蝶に擬態したスカーレットがリュウの目の前で優雅に飛ぶ。
「うおっ?! マジで蝶だ! すげーっ!!」
そんなスカーレットの姿にリュウは目を輝かせている。
恐らく、既に彼の脳内には先ほどまでの俺との遣り取りに関する記憶は無いに等しいだろう。
「あ、そういやライ。お前、昼飯は?」
唐突な問いかけに、本当にコロコロと話が変わる奴だなと呆れながら〝もう済ませた〟と返す。
「え、そうなの?」
予想外だとばかりに目を丸くした後、〝じゃあ良いや〟と再びベッドに身体を預けた。
「良いやって……まだ食べてないんだろ?」
「んー、まぁ、そうなんだけど……やっぱ、お前と一緒じゃないと詰まらないっていうか。実技試験の一件のせいか、他の奴らとも妙に距離を感じるしさ」
実技試験の件を出されると、どうも弱い。
あの件は完全に俺がリュウを巻き込んでしまったからだ。
正直、空腹感は皆無ではあるが……軽いデザートくらいなら入るだろう。
「行くぞ」
「え、でも今、お前、もう済ませたって……」
「甘いものが食べたくなった」
そう言った瞬間、リュウの表情が段々と締まりのないものになっていった。
「お前、見かけによらず甘いもの好きだよな」
「甘いものの好き嫌いに見た目は関係ないだろ」
そんな言葉を交わしながら、俺とリュウは部屋を出た。
スカーレットが付いてくるかと思ったが、俺のベッドの上で寝る態勢に入り始めた。
見た目には分からないが、スカーレットも疲れが溜まっていたのだろう。
出来るだけ音を立てないように、ゆっくりと扉を閉めた。
◇
食堂に着いたのだが、何やら様子がおかしい。
この時間帯ならば食堂が賑わうのは通常通りではあるが、どこか違和感を感じる。
「なぁ、それ本当なのか? お前の見間違いとかじゃ」
「本当だって! 俺、おばちゃん達が話してるの聞いたし、それに、この目で見たんだから」
「でも、だとしたら何で……」
近くにいた生徒達の会話に耳を傾ける。
戸惑いを表情と言葉に表しているのは、彼らだけでは無かった。
「何か事件とか? それか誰かヤバい事でもやらかしたとか」
「だとしたら其奴終わったな。だって聖騎士が相手じゃ勝ち目は無いし」
……聖騎士?
どこか聞き覚えのある響きに、脳内にある数多の記憶を掘り起こしている時だった。
「あ、ライちゃん!!」
部屋中に響き渡るほどの声量で俺の名を呼んだのは、いつもなら生徒達の昼食作りに精を出している筈の寮母さんだった。
「もう帰って来てたんだね。丁度、良かった! アンタにお客さんだよ」
「客?」
誰だ?
全く心当たりのない来客に首を傾げながら、次の言葉を待つ。
「レオンさんっていう騎士の方だよ。アンタに用事があるって今、学校の門の前で待ってるんだ」
レオン? 今、レオンと言ったか?
レオンという名で俺が思い浮かぶのは1人しかいない。
アランの父であり、聖騎士であり、王宮騎士団の騎士団団長でもあるレオン・ボールドウィンだ。
それならば先ほどの生徒達の動揺と会話にも納得がいく。
周囲の好奇な目が俺へと向けられているのが嫌でも分かってしまう。
「ライ……?」
戸惑うリュウの呼びかけに応え、昼飯は先に食べててくれとだけと伝えると周囲の視線や騒めきを振り切るように駆け出した。
何故、彼は突然、俺を訪ねて来たのか……その答えを考えながら。




