166話_呆気ない奏功
彼女が咀嚼をしながら見つめる中、俺は早速〝新たな可能性〟について話した。
目の前で可憐な装いを見せている花々は縄張り花という化けも……変わった花であるという事。
縄張り花は炎耐性に特化している事。
話が進むにつれて、彼女は不審の眉を寄せる。分かってはいたことだが、明らかに疑われている。
俺が彼女の立場でも恐らく似たような反応を見せるだろう。俺とて、まさか言葉だけで信じてもらえるなどとは微塵も思っていない。
これは、あくまで前置き。
信じる信じないは別として彼女にも、この縄張り花を基盤として、炎属性と木属性の組み合わせの想像を持ってもらう事が最大の目的だ。
だからこそ、最後は〝見てもらった方が早い〟と、彼女に俺の記憶の一部を見せた。
勿論、彼女に見せたのは縄張り花に関する事のみ。
全てを見た後の彼女は目を細め、瞬きすら忘れるほどに花畑を見つめている。
「どう見ても普通の花なのに……」
俺も、あの出来事さえ無ければ、この花のもう一つの姿を知ることは無かった。
乾いた土でも成長できる少し変わった花。その程度の認識で終わっていた。
「まぁ、これが仮に嘘だったとしても、それはそれで称賛に値するわ。だって、こんな発想……普通の人なら、そう簡単に思い付かないもの」
遠回しに、俺は〝普通の人〟では無いと言われている気がしてならないが、そこを深掘りしたところで得は無さそうなので、何も触れない。
「でも、そうね……うん。お蔭で、炎属性と木属性の組み合わせの想像が出来た。成功するしないは一先ず置いておくとして、検証するくらいなら出来そう」
カリンの言葉に心の中でガッツポーズをする。
先に進める……か、どうかは分からないが、これで少しの間は時が過ぎていくのを見つめるだけの無駄な時間とは、お別れだ。
〝それじゃ、早速試すわよ〟と立ち上がったカリンが何かを思い出したような俺の方へと振り向いた。
「あ、でも私、いくら魔法とはいえ、あんな可愛くない花は作りたくない。だから、花の想像は私に合わせてもらうわ」
それは正に願っても無い提案だ。
俺としても魔法とはいえ、あの花と瓜二つの物を生成するのは気が進まない。
「ここから離れた場所で試しましょう。……出来るだけ、あの花畑が視界に入らないほどに離れた場所で」
それが良いと同意の頷きを見せながら、俺とカリンは森の奥へと進む。
一応、スカーレットには一言伝えたが蝶を追いかけることに夢中で何の反応も見せなかったから、もしかしたら聞こえていなかったかも知れない。
(…………まぁ、大丈夫だろう)
そう振り切って、花畑を後にした。
◇
魔法の想像は明瞭。詠唱や発動方法も問題無い。
ちなみにカリンが指定した花は、薔薇だった。
薔薇が好きなのかと問えば、彼女は少しだけ寂しそうな顔をして「好きだった」とだけ答えた。
これ以上は触れるべきではないと、俺は「そうか」とだけ返して、意識を魔力融合へと切り替える。
カリンも意識を集中させるため、目を閉じている。
ザァッと風が草木を撫でる音だけが聞こえる。
彼女は、ゆっくりと目を開けて俺に手を差し出した。
その手を取り、指と指の間に自分の指を滑り込ませる。
柔らかくて細い手の感触が、触れている指先を通して伝わってくる。
同じ手でも男と女というだけで、こんなにも違う。
(……って、そんなこと今は、どうでも良い)
必要ない思考を即座に振り払い、繋いだ手を前へと突き出す。
「私の炎魔法と」
「俺の花魔法を、一つに」
その瞬間、手を突き出した方向の地面に二重の魔法陣が現れる。
大きな赤色の魔法陣が、緑色の魔法陣を取り囲んでいる。
魔法陣から発せられる風圧に身体を持っていかれないように踏ん張る。
ピリピリと肌を刺すような刺激に、思わず目を細める。
術者だからこそ感じる衝撃。術者だからこそ感じる痛み。
それだけ負荷が掛かっているという事。
言い換えれば、それは……目の前で今、二つの魔法が一つになろうとしている事を意味している。
「……っ、行くわよ!」
「あぁ!」
カリンの言葉を合図に、同時に息を吸って口を開く。
────魔力融合、〝灼熱薔薇〟!!
この瞬間を待っていたとばかりに魔法陣が浮かぶ地面が大きく盛り上がる。
亀裂が走り、その割れ目から勢いよく飛び出したのは、巨人族の腕並みに太い茎。
それは、あっという間に森の木々を追い抜かし、誰よりも空に近い存在となった。
茎の先には重々しい薔薇を咲かせている。
これだけの特徴を挙げれば、単に見上げるほどに大きい薔薇が咲いたのだと勘違いされそうだが、まだ、この薔薇には他の植物には見られない特徴がある。
「薔薇が……燃えてる」
カリンの呟き通り。
燃えているのだ、この薔薇は。
炎を纏った、この姿こそが本来の姿だとばかりに薔薇は聳え立つように空を見上げている。
「ねぇ、これって……成功って事で良い、のよね?」
戸惑うようにカリンが問いかけるが、それは俺には答えられないものだった。
失敗する時に生じるという衝撃波も爆発らしき音も無い。
魔法を発動させた時に感じた風圧も痛みも、既に無くなっている。
そして目の前には想像通りの結果。これらの結論から導かれるのは……
「勿論、〝成功〟と捉えてもらって構わない」
俺が何かを言う前に、背後からアリナの声が聞こえた。
振り返ると、薔薇を見上げているアリナとグレイの姿が。
「せ、先輩達、いつから、そこに?」
「君達が魔力融合を発動させた時だ。この目で直接見て、何か助言出来るような点があれば助言しようと思っていたのだが……」
俺とカリンへと向けていた視線を、再び薔薇へと向ける。
「その必要も無かったな。いや、実に見事だ。君達は過去に一度も成功例の無い組み合わせを、たった一度で完成へと導いてしまった」
そう評価する割に、今の彼女は妙に落ち着いている。
まるで既に、この結果を予想していたかのようだ。
(貴方とカリンさんが得た結論を知った時から俺も彼女も、もしかしたら……という確証のない希望を持っていました。その希望通り、貴方方は魔力融合を完成させた。驚きが無いと言えば嘘になりますが、僅かでも可能性として予測出来ていた未来。だからこそ驚きは小さい。ただ、それだけの話ですよ)
納得出来たような出来てないような……
首を傾げる俺にグレイは、やれやれと肩を竦める。
(ま、何でも良いじゃないですか。成功したんですから。魔力融合の良い所は、一度成功させてしまえば〝術者の精神に大きな乱れが生じる〟か〝術者のどちらかが魔法を発動できない状況になった〟等の理由でも無い限り、失敗を恐れる必要が無いことです)
要するに魔法が安定して発動出来るようになるまで練習……等といった面倒な手順を省けるわけだ。
(まぁ、それでも、まだ合格が決まったわけでは無いので気は抜けませんけどね)
最後の最後で不安を誘う言葉を残していく。彼らしいと言えば、彼らしい。
お蔭で、成功を前にして僅かに緩んでいた気がヒシッと引き締まった。
「アザミさん達に成功の報告と別れの挨拶も兼ねて、これから会いに行くと良い」
別れの挨拶、か。二度と会えないというわけでは無いがレイメイやメラニー、ロットとも暫くは会えないだろう。
そう思うと、少し寂しい。
「……ねぇ」
カリンに呼びかけられ、彼女へと視線を向ける。
少し居心地が悪そうに俺から視線を逸らし、心なしか頬が赤く染まっているように思える。
「もう繋ぐ必要は無いでしょ……手」
彼女の言葉に、俺は自分の右手を見る。
右手は、しっかりと彼女の左手を掴んでいる。
魔力融合の発動条件の一つである〝術者の接触〟のために繋がれた手。
魔力融合は無事に発動し、魔法も解除した。
確かに、もう彼女と手を繋ぐ必要は無い。
「……っ、悪い」
反射的に謝りながら手を離す。
彼女は〝別に〟と返して何事も無かったかのように、〝もう行くぞ〟と瞬間移動を発動させようとしているアリナの元へと駆け寄った。
いつもと様子が違う彼女に妙な違和感を覚えたが、その違和感は新たに生まれた思考により上書きされた。
「そうだ、スカーレットも連れて行かないと」
まだ蝶になって飛び回っている筈だ。
アリナ達にスカーレットを連れて来ると一言伝え、彼女を見送った後、俺は一人、花畑へと向かった。




