2話_元魔王、元勇者に歩み寄る
封印していた前世の記憶を無理やりこじ開けられた上に、敵対していた勇者との再会。しかも、その勇者は、俺を殺した張本人。
俺は、とことん、この世界に嫌われているらしい。
これなら、地獄の底に叩きつけられ、拷問を受けた方がマシだ。
それも叶わぬ願いならば、せめて、互いの存在を知らぬまま、この世界で一生を遂げたかった。
(まぁ……今更、何を思ったとこで、この現実が覆ることは無いが……)
僅かながらの情けとして記憶操作の魔法をかけられたままだったならば今頃、彼と友人になり笑顔で向き合えていただろうが……今は到底出来そうもない。
更に、そんな俺を嘲笑うかのように彼の容姿は前世の俺に似ているときた。
これ以上に屈辱なことは無いだろう。
相手に記憶が無いとはいえ、自分を殺した相手に何事も無かったかのように振る舞えるかと問われて、どれだけの者が躊躇なく頷けるだろう?
少なくとも、俺が同じ問いを投げかけられたら頷けない。
立場上、命を狙われる事が多かった。
だからこそ魔王になると決めた日、それ相応の覚悟も決めていた。
前世の俺は魔王で、彼は勇者だ。
当然、対立するし、命の奪い合いだってする。
そんな物騒な繋がりで、俺達の関係は成り立っていた。
しかし、彼の様子を見る限り、自分が勇者だった事も魔王を殺したことも忘れてしまっているようだ。
つまり、この世界では前世の繋がりなど、あって無いようなもの。
そう頭では理解出来ていても……気持ちが付いていかない。
「じゃ、アラン。そろそろ帰りましょうか」
「……うん」
サラの言葉で我に返った俺は、気付かれないようにアランを一瞥する。
心なしか、ほんの少しだけ力が抜けて安堵したような表情を浮かべているように見える。
「あら? 折角だし、夕飯も食べていきなさいよ」
マリアの言葉にサラは、はにかんで頬を赤く染めた。
「そうしたいところなんだけど……今日は、あの人が家で待ってるから」
彼女の言葉にマリアは数秒ほど目を丸くすると、次第に締まりのない表情へと変化していった。
「あぁ、なるほど……そういう事なら、仕方ないわね」
意味深に吐かれたマリアの言葉に彼女は揶揄わないで、と言いながらマリアの肩を軽く叩いた。
そんな彼女達のやり取りから、仲の良さが充分過ぎるほど伝わってくる。
自分とアランとは見事に正反対だなと、思わず、そんな皮肉めいた感想を零した。
「今度はウチに遊びにいらっしゃいよ。暫くは村にいるし」
「本当? じゃあ、遠慮なく遊びに行かせてもらうわね」
心底嬉しそうな表情を浮かべたマリアを見て満足したような笑みを浮かべたサラが、俺の方へと向き直った。
母親が自分の子どもに向けるような穏やかな笑みを浮かべた彼女に、ほんの少しだけ心臓が跳ね上がった。
「その時は勿論、ライ君も遊びにいらっしゃい。待ってるから」
彼女の言葉にゆっくり頷くと、それを見た彼女は嬉しそうに笑った。
よく笑う人だ、と思った。
「それじゃあ、またね。ほら、アランも挨拶しなさい」
サラの言葉にアランは、斜め下に視線を向けながら内緒話でもするかのように少しだけ口を開いた。
「……さようなら」
結局、アランときちんと顔を見合わせて会話をしたのは、あの握手の時のみだった。
そもそも俺自体、彼と親しくする気は今のところ皆無だから、このくらいのファーストコンタクトが丁度良いのかも知れない。
◇
この世界で勇者との初対面を終えた翌日。
二度目の再会が、予定よりも、ずっと早くやってきた。
「お前、見かけねぇ顔だな」
「ぅ……あ、あの…」
「はぁ? 聞こえないよ?」
Q.お使い帰りの途中で悪ガキに絡まれている宿敵が現れた。……どうする?
助ける
▶︎無視する
即決。悩む要素など、これっぽっちも無い。
「あ! あれ、ライさんじゃないっすか?!」
「え、マジ?! やべ……っ!」
見なかったことにして回れ右をした時、背後でそんな言葉が聞こえ、まさかと思い、後ろを振り返ると悪ガキ2人とアランが、俺を見ていた。
これで、見なかったことには出来なくなった。
「ラ、ライさん! こんにちは!!」
「こんにちは」
「き、今日も良いお天気、ですね?!」
「そうですね」
何故、俺は今、同年代の男と、恋愛関係を持って間もない男女のようなやり取りを交わしている?
何故か、この悪ガキ達は普段はくだらない事ばかりしているのに、俺を前にした途端、気持ち悪いほどにしおらしくなる。
初めて彼らと会った時、先ほどのアランと同じように絡まれ、少しばかりやり返した事はあったが……うん、全く心当たりが無い。
「こんな所で、何をしているんですか?」
「え?! いや、あの……」
「み、見かけない奴がいるなぁ〜と思って声をかけただけで……べ、別に気弱そうな奴だから、ちょっとからかってやろうとか思ってないっすよ?!」
聞いていない事までベラベラと喋り出した悪ガキに俺が適当に相槌を打っている間、アランは見るからに戸惑った表情で俺達を見ていた。
「彼は、僕の母の友人の子供です」
「つまり……ライさんの友達?」
悪ガキの1人の言葉に舌打ちしかけたが、何とか踏みとどまった。
「……そうです。なので、良かったら仲良くしてあげて下さい」
「「わ、分かりましたっ!!」」
元気よく返事をした悪ガキ達は、逃げるようにこの場を後にした。
なんとなく気不味い雰囲気が俺とアランの間に流れる。
「昨日ぶりですね」
「ぇ、あ……うん」
「貴方も…どうして、こんな所にいるのですか?」
「あ……ぇと……」
会話が続かない。
俺の記憶が確かであるならば、前世の彼はここまで内気な性格では無かった筈だ。
そもそも、ここまで内気な奴が俺を殺せる程の勇者になれるかという話だ。
(これが元々の性格で、何かがきっかけで変わってしまったのだろうか?)
考えたところで、答えは当の本人すら知らない場所にある。
考えるだけ無駄だと判断した俺は、すぐさま、その疑問をかき消した。
「き、昨日……ライくん、倒れたから、大丈夫かなって……それで……」
途切れ途切れだが、今の発言を聞いて彼がここにいる理由が分からない程、俺は鈍くない。
「……わざわざ僕の様子を見に来てくれたんですか?」
予想外の答えに、目を丸くした。
親しい友人なら兎も角、昨日会ったばかりの人間に?
思い返してみれば、前世の彼もそうだった。友人とか他人はたまた種族とか、そんな枠組みすら超えて誰でも気にかける……それこそが、アランという勇者の為人だった。
「……ありがとう、ございます」
なんだか照れ臭くなって御礼の言葉が中途半端に切れてしまった。
「ライくんは、どうして?」
「え? あぁ、お使いですよ。母から頼まれたんです」
買い物袋を見せると、アランは納得した表情を見せた。
「お手伝い……えらいね」
「みんな、やっている事ですよ。アランさんだって、お手伝いをした事あるでしょう?」
「……うん。この前、お皿洗うの、手伝った」
「ほら。僕を偉いと言うなら、アランさんだって充分偉いですよ」
俺がそう言うと照れたのか、頬を赤く染めてモジモジと両手を遊ばせ始めた。
こうやって見ると、彼が可愛らしく見える。今の彼は子供であり、勇者の時のような細マッチョでは無いため、そう見えるだけなのかも知れないが……
(出会い方が違っていれば、もしかしたら……)
そこまで考えて、首を左右に振った。
そうして無理やり我に返った時、だいぶ時間が経っていた事に気付いた。
「では、アランさん。僕は、お使いの途中なので、そろそろ行きますね」
「ぇ、あ……ま、ま、って!」
今のは、〝待って〟と言いたかったのだろうか?
どうも彼は、言葉の切り方が独特で、聞き取り難い時がある。
「どうしました?」
「ぁ、あの、ま……」
「ま?」
「また……遊びに行っても、良い?」
彼なりの精一杯の勇気を振り絞って吐き出された言葉なのだろう。
カタカタと震えていて、まだ俺は何も話していないのに既に泣きそうな顔をしている。
そんな彼を見ていたら、自分が今まで考えていた事が馬鹿らしく思えてきた。
(俺は、こんな子供相手に、何を小難しいことを考えていたんだ……?)
魔王だった頃の記憶が戻ったからといって、彼が自分を殺した勇者だと分かったからといって、何を頑なに戦く必要があっただろう?
今、彼は普通の子どもで、俺も普通の子ども。前世とは、何もかも違う状態で出会ったのだ。
前世に囚われすぎて、その可能性に気付くことすら出来なかった。
「はい。お待ちしています」
初めて、心からの笑顔を彼に向けながら、俺は、とある希望に胸を高鳴らせていた。
この世界なら、勇者と仲良くやっていける未来を歩めるかも知れない……と。