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160.5話_閑話:二人の王子

 何もない真っ白な空間の中心で、向かい合うように立っている男が2人。

 澄んだ灰色の瞳には、闘志の輝き。

 太陽の光に反射して輝く海のような色をした瞳は、指一本の動きさえも見逃さないとばかりに相手を見据えている。


 先に動いたのは、アンドレアス。

 唐紅(からくれない)の髪を靡かせながら一直線上にいる相手に向かって猪突猛進の勢いで駆け出すと、振り上げた剣を渾身の力を込めて振り下ろす。

 駆け引きも何も無い、まさに力任せの一撃だ。


 その一撃は、難なく(かわ)される。

 相手は、これまで何度もアンドレアスと剣を交わせてきたローウェン。

 この程度の攻撃は予測済み。目を瞑っていたって避けられる。


「王子、何度も申し上げている筈です。予測しやすい攻撃は控えるようにと……」


 ローウェンは指摘を零しながら、アンドレアスの攻撃を受けては躱し、また受けては躱しと、彼の攻撃を全て受け流している。


「勿論、理解はしている。だが、やはり最初の一撃は景気付けも兼ねて思い切りが欲しいのでな!」


 迷いのないアンドレアスの剣先が果敢にローウェンを攻める。

 そんなアンドレアスの動きも剣の動きも全て見切っているかのようにローウェンは攻撃を躱し続ける。


「む……ローウェン、避けてばかりでは鍛錬にならないではないか」


 不満そうに唇を尖らせながら不平を鳴らすアンドレアス。

 その間も剣先は、しっかりと攻撃の隙を窺っている。


「ただ(いたずら)に剣を交わらせることだけが剣術ではありませんよ。剣先だけではなく、相手の動きと周囲の様子も気にかけて下さい。……これも過去に何度も申し上げたことだと思いますが?」


 ────ガキィィン!!


 剣が噛み合う音が、響き渡る。

 そのまま互いの剣と力で均衡を保つ。


「さっきから何度も試してはいる、が……やはり一度に3つのことを意識するのは難しいな! 剣先に集中すれば動きが追えない。動きを注視すると剣先が鈍る。周囲の様子は……そもそも貴殿と剣を交える時点で見る余裕が無い!!」


「自信を持って言えることではないですよ、王子」


 ローウェンの剣が、アンドレアスの剣を振り払う。

 均衡が崩れた瞬間、後退したローウェンを追うように、アンドレアスが前進する。

 どうやら彼は、次の一撃で決めるつもりのようだ。


「ローウェン、覚悟っ!!」


 馬鹿の一つ覚えとは正に、この事だ。

 剣を振りかぶったまま突進してくるアンドレアスに、ローウェンは最後の助言をする。


「王子……最後に、もう一つだけ言わせて頂きます」


 今度は、避けることも受け流すこともしなかった。

 真正面からアンドレアスの剣を受け止めると、均衡する間も与えず、思い切り弾き飛ばした。

 衝撃で、アンドレアスの手から剣の握り(グリップ)が離れる。

 飛ばされた剣は弧を描き、最後はカランと音を立てて床に落ちた。


「一つ一つの攻撃に対して、無駄な動きが多いです。攻撃にさえ派手さを求めるのは非常に貴方らしいですが、それでは人どころか獣すら討ち取れませんよ」


 勝負あり。

 正式な剣術試合は、この時点で決着は付いている。

 ローウェンも、そのつもりで構えていた剣を下ろそうとした、その瞬間。


 ヒュンと、空を切る音が聞こえた。

 咄嗟に腕を構えたが、それでは防ぎきれなかった。

 ローウェンの剣も宙を舞い、少し離れた場所へと落下する。


 こんな展開、今まで無かった。

 どういうつもりだとローウェンは視線で、蹴りを入れた張本人(アンドレアス)に訴える。

 当の本人は、悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべながら、拳を握って臨戦態勢を取っていた。


「なぁに、毎日、我がする事は何でもお見通しとばかりに剣を握る貴殿を驚かせくてな。それに、貴殿も言っていたではないか。〝予測しやすい攻撃は控えろ〟と」


 これが正式な剣術試合だったならば、即退場だ。


「……そういう意味で言ったんじゃないですよ」


 悪態をつきながらも、ローウェンも拳を構える。

 そんな彼を見て、アンドレアスは再び笑みを見せた直後、渾身の力を込めた右手の拳をローウェン目掛けて振るう。

 ローウェンは拳を受け止め、即座に右足のハイキックを繰り出す。


「うぉっ?!」


 自分の顔目掛けて飛んできた足を間一髪で避けたものの、アンドレアスは驚きの声を上げる。


「……今の、本気で当てるつもりだったな?」


 汗が、アンドレアスの額に浮かび上がる。


「はい」


 迷うことなく返したローウェンに一瞬、表情を失ったアンドレアスだったが、すぐに肩を震わせて笑いだした。


「はっはっは!! 流石は、ローウェン。仮にも王子である我が相手でも容赦なしか! だが、それが良い!! 手加減されても悲しいからなっ!!」


 仕返しとばかりにアンドレアスもハイキックを繰り出すが、ローウェンは涼しい顔で蹴りを受け止めながら足を掴むと、勢いのままにアンドレアスを投げ飛ばす。

 足場の無い宙に投げ出されたアンドレアスだが、慌てる素振りは見せず、クルリと宙返りをして着地した。


「そこまでです」


 その声はローウェンでも、況してやアンドレアスのものでも無い。

 まるで空から話しかけられているかのように空間中に響いた声に、両者の動きがピタリと止まる。

 同時に、何もない真っ白な空間が役目を終えたとばかりに無数の花弁となって飛び散る。

 そこから現れたのは、アンドレアスの部屋だった。


「お疲れ様、兄さん、ローウェンさん」


 氷水の入ったコップとタオルを手渡しながら、2人に労いの言葉をかけたのは、アレクシスだ。


「む、ありがとう! 毎回済まないな、アレクシス」


「ありがとうございます」


 御礼を言って受け取ったアンドレアスの視線が、アレクシスの後ろの方へと移る。


「貴殿のお蔭で、こうして有意義な鍛錬が出来ている。感謝する、グリシャ殿」


 鍛錬場では人目もあって、あのような事は出来ないからなと軽く頭を下げたアンドレアスに、グリシャは愛想笑いすら浮かべない。


「……お気になさらず。私は、ただアレクシス王子の命令に従っているだけですので」


「貴殿は毎回、同じことを言うが……現に、こうして我等は助かっている。せめて、礼くらいは言わせてほしい」


 的に向かって真っ直ぐ射抜かれた矢の如き瞳から逃れるように、グリシャはアンドレアスから視線を逸らす。


「……どうぞ、ご自由に」


 言葉に優しさは無い。

 それでも、アンドレアスの口元を緩ませるには充分だった。


(以前は、言葉すら交わしてくれなかったのに)


 それどころか、すれ違う度に不愉快極まりないとばかりに眉間に深い皺を刻んでいたのに。

 アレクシスと話すようになってから、少しずつグリシャの対応が変化していた事に、アンドレアスは気付いていた。


「グリシャ様、()()()、少し身体が重くなったように感じたのですが……」


「そうなるように仕掛けを施しましたので……というか、結構な負荷を掛けた筈なんですがね、私は。なのに何故、貴方といい王子といい、いつも通りに動けてるんです? しかも貴方の場合、燕尾服を着用したままの上に汗一つかいてないって……化物ですか」


「人間ですよ、(れっき)とした。まぁ、それなりに鍛えてますから、このくらいは……」


「……そうですか」


 主が主なら従者も従者か。

 そう言いたげな目でローウェンを見つめるグリシャ。

 そんな2人を見て、アンドレアスの口元が更に緩む。


(うむ、今日も会話が弾んでそうで何より!)


 お世辞にも弾んでいるとは言えない。

 彼の目に、今の彼らは、どのように映っているのだろうか?


(……ライ殿と出会ってから、良い事ばかりだな)


 彼は今、どうしているだろうか?

 叶うなら、また会って話をしたいが……あの時は特例だったし、難しいだろう。

 一層のこと、アルステッド殿に頼んでみようか……そんな事を考えていた時。


 ────バン!!


 これまでの流れを断ち切るように、部屋の扉が乱暴に開かれた。


 部屋に入ってきたのはアンドレアスとアレクシスの父であり、この王都を治める王──ブラン・ディ・フリードマン三世。

 彼の顔は、既に怒り一色に染められている。


「アンドレアス、いつまで待たせるのだ?! 約束していた時間は、とうに過ぎ……」


 早口で紡がれていた言葉が、不自然に止む。

 原因は、ブランの目に映るアレクシスだ。


「……こんな所で何をしている?」


 無に近い表情でブランがアレクシスに問いかける。

 それが返って、アレクシスには恐ろしく映る。


「お前には、やるべき事があるだろう。こんな所で油を売っている暇があるのか?」


 何か言わなきゃ。

 アレクシスが、そう思えば思うほど、この場に適する言葉が思いつかない。声が出ない。


「申し訳ありません、陛下」


 顔を俯かせたアレクシスを庇うように、彼の前に立ったのはグリシャだった。


「アレクシス王子は今、私の用事に付き合ってもらっていたのです。ですから、咎めるならば彼ではなく、この私を……」


 片膝を床に着け、頭を下げたグリシャを一瞥した後、ブランは何事も無かったかのように踵を返した。


「アンドレアス、ローウェン、他の者達も既に待機している。共に来い、出発するぞ」


「かしこまりました」


「……分かりました、父上」


 返事をしたローウェンがブランの後に続いて部屋を出る。

 アンドレアスはアレクシスを見たが、かける言葉が見つからず、逃げるように退出した。


 部屋に残ったのは、アレクシスとグリシャ。互いに言葉は無い。

 こんな時の下手な慰めは、返って深い傷を付けると分かっているから。

 こんな時の空元気ほど虚しいものは無いと分かっているから。

 だから、何も言わない。


「……部屋に戻りましょう、王子」


「…………はい」


 この生活は、いつまで続くんだろう。

 アンドレアスの部屋を出ながら、アレクシスはふと考える。

 兄との距離が縮まっても、父との距離は変わらない。

 寧ろ、日に日に兄との扱いの差が激しくなっている。


(……僕が、何をしたって言うんだ)


 惨めで窮屈な想いをしてまで、自分は〝王子〟でなければならないのだろうか?

 一見、裕福な暮らしが約束されていそうな豪華な城も、自分には牢獄にしか見えない。

 もし、こんな想いをする世界が正しい、と。

 こんな扱いを受ける世界こそが正義だという者がいるならば、声を大にして言ってやりたい。


 ────そんな世界(もの)、壊れてしまえ……と。

次回は通常通り、主人公視点に戻ります。

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