157話_グレイの結論
(単刀直入に申し上げます)
これは予想外。
どうやら彼は、結論から述べるつもりらしい。
まぁ、その方が今でも稼働している思考回路の内の2割ほどが、既に眠気で使い物にならない俺にとっては非常に有り難い。
(この世界の方々は魔法に関する知識量が俺達が元いた世界の基準以下な上に、魔力の扱いが下手く……半人前です)
今、下手くそって言いかけた?
いいえ、聞き違いでは?
俺の指摘にグレイは息をするように嘘を吐いた。
(俺が魔法学校に来て最初に驚いたのが一般的な魔法使いが扱うことを許されている魔法の種類の少なさです。昔の世界ならば当たり前のように使われていた攻撃魔法も回復魔法も、この世界では〝禁断魔法〟と呼ばれるほどに危険視されています)
他人が使う魔法など意識したことも無かったから考えにも及ばない話だが、グレイが言うなら間違いないのだろう。
(許されているといっても、この禁断魔法を使ったからといって罰せられるわけではありません。あくまでも魔法で得てしまった結果に対しての責任は発動した本人に課せられるもの。何かあれば法ではなく、その魔法で被害を受けた者達が直々に、その者に何らかの裁きを下すのが、この世界の常識のようです)
(それ、大丈夫なのか?)
皆が守ろうと意識を高める法律等で縛らないと、色々と面倒なことになりそうだが……
(大丈夫か大丈夫じゃないかと言われたら、〝大丈夫じゃない〟でしょうね。実際、聞くだけで思考を放り出してしまう程に、ややこしい案件もあるようですし……まぁ、ここで俺達が何を思おうが世界の常識は変わりませんし。今回、この話は主軸ではないので本題に戻りますね)
(……あぁ)
気にはなったが、グレイの尤もな言い分を前に、本音を告げる勇気は無かった。
(それで、この世界の魔法のレベルが昔いた世界とは比べ物にならないほど低いという事実と今回の件が、どう繋がる?)
(おや、まだお気付きになりませんか?)
ここまでヒントを提示したのにと明らかに馬鹿にしている問いかけにムッと下唇を噛んだが、彼に答えを求めるのも癪なので、これまで得た情報を少し整理してみよう。
(この世界で魔法を扱う者達の技量は昔いた世界の者達と比べて、かなり劣る。しかも俺が過去に何度も発動させてきた瞬間再生でさえ、危険な魔法として扱われる程に……ん?)
早くも情報整理を止めて、新たに思考を紡ぎ出す。
グレイが言っていた、この世界で魔法を扱う者に対する認識は〝俺〟にも当てはまるのだろうか?
魔王として君臨していた頃の力が健在である俺も……?
「…………」
グレイを見ると、彼の口元が緩く弧を描いている。
まるで俺が行き着いた答えを既に理解しているかのように。
(どうしました、そんなに怖い顔をして。まだ答えが分かりませんか?)
コイツ、絶対に気付いてやがる。
気付いている上で、あえて俺の口から言わせようとしている。
(お前……本当、いい性格してるよな)
(褒めても何も出ませんよ)
褒めてない、嫌味だ。
分かってます。
味気なく返された言葉に最早、苛立ちも湧いてこない。
(その様子だと、答えは出ているようですね)
(……まぁ、一応)
(聞かせてくれませんか?)
予想通りの言葉に、予め用意していた言葉で返す。
(嫌だ。言いたくない)
確かに俺の中で答えは導き出せた。それは嘘じゃない。
何なら、これが正解だという確信もある。
しかし、その答えを自分の口から言うのは、どうも憚られる。
言えない。言えるわけが無い。
──自分は、この世界の常識には当てはまらない例外だ……なんて。
(そんな痛々しい自信過剰な奴みたいなこと言えるかっ!)
(その思考が既に自信過剰みたいなものですけどね)
誰のせいだ、誰の。
恨みを込めて睨みつけたが、今の彼には痛くも痒くもないらしい。
分かってはいたことだが些細な抵抗にすらならないと思い知らされて、腹立たしいことに変わりはない。
(さて魔王様の反応も充分楽しめたので、この辺りで答え合わせといきましょうか)
グレイが俺に容赦ないのはいつものことだが、今日は特に酷いな。
まさか、腹いせか? いや、それよりも八つ当たりという表現の方が合っているような気がする。
(失礼な。魔王様には、俺が自分の感情を発散させるために他人を巻き込むような非道な奴に見えると言うのですか?)
いや、見えるも何も……俺、今、完全に巻き込まれてるよね?
お前の感情の捌け口にされてるよね?
ここぞとばかりに問い詰めるが、当の本人は知らない聞かない分からないとばかりに耳を塞ぎ、目を閉じている。
そもそも普段から彼の両目は前髪に隠れているから閉じてようが開いてようが、あまり変わらないが。
(……疲れた)
こんなつもりでは無かったのに。
真面目な空気になると思って無駄に身構えた、あの時の俺を返せ。
(……正解ですよ)
茶化しているわけでも馬鹿にしているわけでも無い。
付き合いが長いからこそ分かる。今、この瞬間から彼にとっての〝戯れの時間〟は終わったのだ、と。
(俺が行き着いた答えも貴方と同じです。要は、貴方も俺も、この世界にとっては異例な存在なんですよ。何たって、前世の記憶も知識も能力も引き継いでいるわけですから)
確かにそうだと頷く。
そして、その理論で突き進むならば、ロットやメラニーにも同じことが言える。
(俺達のような存在は最早、この世界の常識を基準とした枠組みで捉えてはいけない。それは貴方の能力に関しても同じです。この世界の常識という物差しに惑わされないで下さい。皆の〝出来ない〟が、貴方にとっても必ずそうだと思わないで下さい)
それが俺よりも広く、この世界を見てきた彼が得た結論。
だが……
(それは結局、お前の直感で得たもので確証は無いんだろ?)
(無いですね。何と言っても、確かめる術自体がありませんから)
それでもグレイは自分で得た結論に自信を持っているらしい。そうでなければ、このタイミングで、この話は持ってこない。
(では逆に聞きますが、貴方は自分の力が昔よりも劣っていると感じたことはありますか?)
(無い)
その問いに関しては即答できる。
何故ならアランとの再会で記憶を取り戻した後、俺は実際に、これまで扱ってきた魔法を発動できるか試したのだから。
瞬間再生もまた例外ではない。
その時の相手は負傷した獣モンスターであったが、効果は人であろうが獣であろうが変わらない。
つまり、俺は既にグレイが得た事実に対する確証を得ていると言っても過言ではないのだ。
(先ほど〝痛々しい自信過剰な奴みたいなことは言えない〟なんて言っていた方とは思えない自信且つ即答振りですね)
もう何とでも言え。
投げ遣りに言葉を吐いたが、グレイは何も言わなかった。ついさっきまで、あれだけ淡々と辛辣な言葉を並べていたのに。
(魔王様、後は貴方次第です。ここまで俺の話を聞いても何も心に変化が無いというならば、もう俺に言えることはありません。ですが今、僅かでも貴方が最善の選択を選ぶ上での助けになったなら……)
僅かでも? 助けになったら?
僅かどころではない。助けどころではない。
その情報のお蔭で、俺の迷いは消えた。
魔法の欠点なんて、俺にとっては初めから危惧する対象ですら無かったのだ。
一度も失敗したことが無い魔法に何を恐れる必要がある?
誰だって、出来ると分かっているものに対して下手に緊張感を抱いたりはしないだろう。
もし、それは自惚れだと嘲笑う者がいたとしたら鼻で笑い返してやろう。
昔、悪の根源とされた魔王としての君臨を実現させた力。その力を持った俺が多少なりとも自惚れて何が悪い。
アザミは気長に待つと言ってくれたが、出来ることなら俺が村にいる間に何とかしてあげたいと思っていた。
一度、王都に戻ってしまえば暫くは会えないような気がしたから。
(なぁ、グレイ)
呼びかけると、彼は微かに首を傾けた。
(あんな事を言った次の日……って、もう今日か。彼女に、確実に右腕を戻す方法が見つかりましたって言って信じてもらえると思うか?)
(何とも言えませんね)
そこは嘘でも〝きっと信じてくれる〟くらい言ってくれよ。
そんな気休めにもならない言葉、言えるわけないでしょう。
そんなやり取りを経てグレイが得た結論と、結論を聞いて俺自身が得た確信への信憑性が更に増したような気がした。
(ですが相手の反応を恐れて何も言わないのは後々、後悔を生むだけです。ここは一層の事、当たって砕けろ精神でいきましょう)
告白かよ。しかも砕けろとか、相手が相手なんだから冗談でも止めてくれ。
そのくらいの気持ちで挑もうって事ですよ。
そんな他愛のない言葉を交わしていたら、部屋の時計は3時過ぎを告げていた。
ほんの少しだけ外が明るくなっている気がする。
ロットは兎も角、気配に敏感そうなレイメイは意外にも一度も起きる様子は無かった。もしかしたら俺達に気を遣って、そう振る舞っていただけなのかも知れないが……
(流石に、俺達も寝た方が良いですね)
そう言って、くあっと小さな欠伸をするグレイに釣られるように、俺も欠伸をする。
(……そうだな)
小難しい話が終わったと気を緩めた瞬間、本格的に眠気が襲い始めた。
目蓋が重い。もう何も考えたくない。
(おやすみなさい、魔王様)
グレイの言葉を聞いた瞬間、ズブズブと底無し沼にでも引き摺り込まれているかのように意識が沈んでいった。
目が完全に閉じられる直前、こちらを見つめるグレイの表情が少し辛そうに見えたのは、きっと睡魔が見せた幻覚だろう。
睡魔に侵された思考の末に出された結論に納得し、抵抗なく意識を手放した。
◇
(魔王様がアザミさんに襲われた時、何も出来なかった自分の不甲斐なさへの苛立ちを、よりにもよって貴方にぶつけてしまうなんて……無様にも程がある)
睡魔に負けた俺を見下ろしながらグレイが本音を転がしていたとも知らずに。




