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156話_譲歩という名の猶予

 心のどこかで思っていた。

 今回も、すぐに解決できる。きっと相手が折れてくれる、と。

 この世界に来てから、どうやら俺は不価値な慢心を育て過ぎてしまったらしい。

 故に、感情に支配された鬼人(オーガ)に敗北した。

 そもそも勝ち負けのある話では無いが、少なくとも俺には自分の心が折れる音が聞こえた。

 何を言っても届かない。自分の考えを曲げない。

 何色にも染まらない。寧ろ、他の色さえも塗り潰してしまうほどの漆黒な闇に溢れた感情に、()()俺が太刀打ちできる筈が無い。

 あの時の憎しみも怒りも捨ててしまった俺が敵う筈が無い。

 ……いや、違う。捨ててしまったわけではない。

 まだ静かに灯っている。昔の俺が抱いた感情の炎が。

 だが、それは精々、周囲を照らす程度の威力で、我を無くしてしまう程のものでは無い。

 今の俺には、その感情は不要だから? この世界には必要無いから?

 ……分からない。魔王だった頃の記憶は確かに残っているのに、妙な違和感を覚える。

 何かが足りないような、何かを忘れてしまっているような。そんな不思議な違和感を。

 憎かった、あの世界が。悪に手を染めてでも壊したかった。だから俺は、皆が恐れ慄く魔王となったのだ。

 それは間違いない筈なのに。


 ……どうして、世界が憎かったの?


 突然の姿の無い誰かからの問いかけに、思考が止まる。

 何故かって? それは勿論……


(……?)

 

 解答へと続くはずだった言葉が出てこない。

 何故、俺は昔いた世界が憎かったんだ?

 何故、その世界で暮らしていたであろう者達の幸せを奪ってまで、世界を壊したかったんだ?

 そもそも俺は、何故……



 ────〝魔王〟になろうと思ったんだ?



 パチンと乾いた音を立てて頬に軽く走った痛みの衝撃に、我に返ったように慌てて目を開けた。

 目を開けた俺が見たのは、まるで今から俺に平手打ちでも喰らわせるかの如く大きく腕を伸ばしたグレイの姿が……って。


「ちょ、ちょっと待て!!」


 声を上げると、グレイがキョトンとした表情で少しだけ首を傾けた。


(おや、やっと起きましたか)


「そもそも寝てない!!」


(そうなんですか? ずっと目を閉じたままでしたし、何度呼びかけても数回軽く頬を叩いても反応が無かったので、てっきり寝ているのかと)


「こんな状況で寝れるか!」


 未だに鈍い痛みが走る頬を摩りながら、あの衝撃の原因はコイツかと目を細めた。

 考え事をしていたと曖昧に濁せば、〝そうですか〟と信じてるのか信じてないのか分からない返しをしながら、グレイは腕を下ろした。

 ロット、俺はもう大丈夫だから。だから、そんな怖い顔でグレイを睨まないでやってくれ。


(ライ……ダイジョ、ブ?)


 いつの間にか俺の膝の上にいたらしいスカーレットは俺の頬まで触手を伸ばして、優しく撫でるように触れてくる。


「あぁ、もう大丈夫だ。ありがとう」


 伸びた触手に指を絡ませながら御礼を言うと、スカーレットは触手を震わながら〝ヨカッタ〟と返した。


(もう、気持ちの整理はついたようですね)


 心底、安心したような声色で向けられた言葉で、これまでの茶化すような行動の奥に隠されたグレイの真意に気付く。

 彼は、本気で俺が眠っていたと勘違いしていたわけでは無い。望んでいない選択をする俺の迷いを察した上で、あのような対応を取ったのだ。

 グレイに頬を叩かれていなければ、俺は今も思考の波に埋もれてしまっていたことだろう。

 ただ1つだけ不満を言うならば……もう少し手柔らかな手段があったのではないだろうか?

 あの衝撃で、少し前まで考えていた内容の記憶が既に曖昧だ。そのお陰か、何だか頭がスッキリしている。


(……今なら言える)


 アザミの要求を受け入れることが出来る。

 正直、本意では無いし、納得していない部分もあるけれど。

 彼女の希望に沿った返事を、今なら出せる。


「アザミさん。やっぱり俺、貴女の要求を……って、え?」


 固めた決意が、目の前の光景で吹っ飛ぶ。

 上機嫌に肩を揺らして笑うアザミと気まずそうに彼女から視線を逸らしたレイメイ。そして、そんなレイメイを小馬鹿にした表情で見つめながら彼の頬を人差し指で突くメラニー。

 しかも、均衡を保っていた刀と腕は、もう争いは終わったとばかりに離れている。

 異様だ、異様過ぎる。少し前までの殺伐とした空気は何処へ行った?

 いや、本当に。冗談抜きで、どうした?

 俺の知らない間に、彼らに何があった?

 戸惑う俺の視線に真っ先に気付いたメラニーがヒラヒラと優雅に手を振りながら俺に笑みを向けた。


「あ、ライ様ぁ、聞いて頂戴。この朴念仁ったらねぇ……」


 それ以降、彼女の口から言葉が発せられることは無かった。

 何故なら彼女の喉元には、いつ抜いたのかも分からない速度で抜かれたレイメイの刀が突き付けられていたから。


「それ以上、余計なことを言ってみろ。その時は貴様の首を刎ねてやる」


「やれるもんなら、やってみなさぁい……と言いたいところだけど、今回は素直に黙っておいてあげるわぁ。これはこれで面白そうだし」


 何が?

 そう問いかけたところで答えは返ってこないのだろう。

 〝何も聞くな〟と言わんばかりの鋭い視線を向けられれば、誰だって察する。


「……そういえばライ殿、先ほど何か言いかけてなかったか?」


 あ、逃げたな。

 分かり易い話題の転換に喉まで出かかった言葉を飲み込みながら頷いた。


「アザミさん。もう一度、俺の話を聞いてもらえませんか?」


 その言葉を待ってましたとばかりにアザミが大きく頷く。そんな彼女の瞳は、もう憎しみという感情に支配されていなかった。


「あぁ、聞くとも。けど、その前にアタシの話を聞いてくれるかい?」


 今度は俺が彼女の言葉に頷く。

 今度は、どのような要求をされるのかと密かに身構えながら彼女の言葉を待つ。


「この短時間で少しは頭が冷えたようだ。悪かったね、ライ。アタシは眼前(がんぜん)の復讐ばかりに気をかけて、アンタの気持ちも提案も受け入れてやる余裕すら作ってやれなかった」


 発言が先ほどとは明らかに違う。それに声色や表情も。

 彼女の理性が戻ってきた何よりの証拠だ。


「我ながら情けないよ。皆が不安がってる今だからこそ、どっしりと構えてなきゃならないアタシが受け入れるべき言葉すら分からなくなっちまうなんて。終いには、頼りにしているアンタに手を出しちまうなんてね……本当に、すまなかったね、ライ。特に、アンタには怖い思いをさせちまった」


 そう言って頭を下げようとする彼女を慌てて止める。


「あ、謝らないで下さい! 幸い、首も無事でしたし……それに俺が貴女の立場でも、きっと同じような対応をしていたと思います」


 自分が怪我をした程度なら、まだ許容範囲だ。直々に相手にやり返してやれば済む話なのだから。

 だが、自分にとって大切な誰か……例えば家族とか友人が理不尽に傷付けられたとしたら、きっと……いや、絶対に冷静ではいられない。

 俺の言葉を聞いたアザミは一瞬だけ悲しそうに眉を下げた後、呆れたように笑った。


「アンタ、よく〝お人好し〟って言われるだろ」


 問いかけというよりも断言に近い言葉に、言われるような言われないようなと我ながら歯切れの悪い返答をするとアザミはククッと噛み殺すように笑う。


「それこそがアンタの魅力なんだろうねぇ。だからロットがすぐに懐いて、ソウリュウ族の(おさ)もアンタに心を開いた上にアタシまで絆しちまうんだからさぁ。本当、大した奴だよ」


 正直、俺の実力ではない部分ばかりのため素直に言葉を受け入れられないが、それを言ったところで何も変わらないことは目に見えているため指摘はしない。

 ここは無難に笑って、適当に流そう。


「アンタの提案、受け入れるよ」


「え、」


 それは、つまり……


「アンタの言う〝最善の選択〟が見つかるまで気長に待つって言ったんだよ。アタシとしても成功率の高い方法を選んでもらった方が良いからねぇ」


 ニカッと牙を見せて笑いながら言ったアザミに、新たな決意が胸に灯る。

 必ず彼女が安全に右腕を元に戻す方法を見つけ出す、と。

 ただ、不安もある。それは、その方法が早く見つかるかどうかという事だ。


(数週間、数ヶ月……いや、だが、流石に数年も待たせるわけには)


(魔王様、その件に関しては、そう頭を抱える必要は無いかと)


 思考に割り込んだきたグレイの念話(テレパシー)に、思わず疑いの目を向ける。

 そんな俺を見て何を思ったのか、グレイは少し困ったように笑った。


(疑いたくなる気持ちは大変分かりますが、これは今日まで、この世界を見てきた俺が自分で得た結論です)


 適当に繕った言葉でない事は分かったが、彼の言葉だけでは判断できない。

 いくら彼が信頼に値する存在だからとはいえ……いや、そんな存在だからこそ俺自身も完全に納得した上で彼の考えを受け入れたい。


(……良いだろう。お前が得た結論とやらの詳細を、また別の機会にでも聞かせてくれ)


 その〝別の機会〟は思った以上に早く来た。

 俺の考えを受け入れてくれた時点でアザミの右腕に関する話は終わっている。終わったものを、これ以上、無駄に展開していく必要は無い。

 時計は夜の12時を過ぎており、この中では最年少であるロットは既に夢の中へと導かれていた。

 〝泊まっていきな〟と言ってくれたアザミの親切に甘え、俺とグレイとレイメイはロットの部屋で、アリナ、カリン、メラニーは客人用の部屋を使わせてもらう事になった。

 ロットの安らかな寝息が響く部屋の中で、俺とグレイだけは床に敷かれた布団には入らず、互いに向かい合うように座っていた。


(聞かせてくれ。俺よりも、この世界に詳しいお前が得た結論とやらを)


(はい)


 今日は長い夜になりそうだと、じわじわとやって来始めた眠気に対抗するように欠伸を噛み殺した。

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