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151.5話_閑話:忠告《下》

 程なくしてスメラギが語り始めたのは本人の予告通り、グレイ達にとって朗報と呼べる内容のものだった。


「この村を襲おうとした奴は、もう此処にはいない。だから君達が何日、村に留まっていようが何も起こらないよ」


 詳細も何も無い。結論だけを述べた淡々としたもの。

 しかも、その言葉は出会って間もないスメラギから告げられた。

 いくらグレイ達によって都合の良い内容でも、彼の言葉を信じ、受け入れることは容易では無い。

 彼が嘘を吐いている可能性だって充分にあるのだから。

 それどころか、実は彼がアザミを襲った犯人で、自分達に嘘の情報を与えて油断させ、再び村を襲うことだって考えられる。

 スメラギに対し、まだ信頼できる要素が見い出せない以上、言葉一つで納得するわけにはいかない。


「あれ? もしかしてボク、疑われてる?」


 心外だとばかりに、スメラギは首を左右に振る。


「言っておくけど、あの鬼人(オーガ)を襲ったのはボクじゃないよ。だって、あの鬼人(オーガ)や、この村を襲ったって、ボクには何の得も無いからね」


 その瞬間、グレイの片眉がピクリと上がる。


(何故、襲われたのが鬼人(オーガ)だと分かったんです? いや、それだけじゃない。そもそも何故、この村で起こったことを貴方が知っているんですか?)


 ロットの反応を見る限り、彼が、この村の住人でないことは一目瞭然だった。

 しかも偶々、村を訪れた旅人というわけでも無さそうだ。と、なれば、残った可能性は2つ。

 1つは、彼はアザミが襲われる瞬間を見ていた目撃者だという可能性。

 そして、もう1つは……彼がアザミを襲った張本人だという可能性。

 後者に関しては彼自身が先ほど否定したが、それは初めから信用していない。

 推理小説だって、欺くことを目的としたもの等を除けば序盤から犯人が素直に〝自分が犯人です〟と宣言することは無いのだから。

 グレイから疑いの眼差しで見つめられ、スメラギは困ったように眉を下げて頭を掻いている。


「うーん、本当にボクじゃないんだけどなぁ」


 本当に無関係なんだよ。嘘じゃないよ。

 彼が言葉を紡げば紡ぐほど、怪しさが増す。

 だが、ここで意外にも、これまで無言を決めていたロットが口を開いた。


「……其奴(そいつ)の言う通りだ。アザミさんを襲ったのは其奴じゃない」


 迷いなく吐かれたロットの言葉を前にして、グレイは漸く思い出す。

 彼こそが、アザミが襲われた瞬間を目にした目撃者であることを。


「アザミさんを襲ったのは、もっと背が高くて、変な剣みたいなのを持った奴だった。だから、違う」


 ここにきて、まさかの新情報。

 そういえば今回の件に関してロットから、まだ何も聞いていなかったことをグレイは思い出した。


(……それなら、もっと早く言って下さいよ)


 ロットの言葉でスメラギに抱いていた疑念は消えたが、欲を言えば、彼が現れた時に、こっそりとでも教えてほしかった。


「聞かれなかったから」


 何だ、その屁理屈にも値しない返しは。

 このままロットに不満をぶつけたいところだったが、それよりも今は疑ってしまった彼に謝るほうが先だと、グレイはスメラギに向かって頭を下げた。


(疑ってしまい、申し訳ありませんでした)


「別に、気にしてないよ。ボクが君だったとしても、同じことを言っていただろうしね」


 本当に気にしていないのか、〝それよりさぁ〟とスメラギは早くも別の話題に移ろうとしている。


「これで、少しはボクの話を信じる気になれたかな?」


 正直な話、全てに納得したわけでは無い。結局、彼はグレイの質問には答えていないのだから。

 しかし疑ってしまったことへの罪悪感から彼を改めて問い詰めようという気も起きず、肯定の頷きを見せるしか無かった。


「良かった! ボクとしても、これ以上あれこれ言うのは面倒だし。何より、ライの仲間と喧嘩なんてしたく無かったしね」


 喧嘩というと可愛らしく聞こえるが、恐らくは〝強硬手段〟のことだろう。

 相変わらず彼の力量は未知数だが、下手に戦闘となれば、色々と面倒な事態に陥っていたかも知れない。


「君達は早く、このことをライに伝えてよ」


 彼から得た情報は、とりあえずは報告事項として処理しておこう。

 ただ、ここで新たな疑問が生まれる。何故、彼は自分達に、この情報を提供したのだろう?

 少し前の、彼の言葉を思い出す。


 ──言っておくけど、あの鬼人(オーガ)を襲ったのはボクじゃない。だって、あの鬼人(オーガ)や、この村を襲ったって、ボクには何の得も無いからね。


 自分に得が無ければ何もしない。それは逆に、自分に何か得があれば何か行動を起こすとも取れる。

 つまり、彼が自分達に情報を流すことで、彼が何かしらの形で得をするという事だ。


(……良ければ、聞かせて頂けませんか? 俺達に、この情報を渡した理由を)


 この疑問の答えは、意外にも、あっさりと返ってきた。


「理由も何も……この村が安全だって分かればライが、この村に縛られる理由は無くなるでしょ? そうすれば、ライは()()()()()()()()()()()()()


 まるで今、ライが抱えている事情を把握しているかのような口振りに、グレイが警戒するように目を細める。


(……貴方、本当に何者ですか?)


「あれ、さっき自己紹介したよね? ボクは、スメラギ。それ以外の何者でも無いよ」


 そういうことを聞いているんじゃないと言おうとグレイが再び念話(テレパシー)を送ろうとした瞬間、ニコニコと考えの読めない笑みを浮かべ続けていたスメラギが、変に真剣な、引きつったような表情を見せた。


「そんな事よりさぁ……君、グレイ・キーランだよね?」


 今更何だと返そうとしたグレイだったが、いや待てよと自分を止める。

 彼は自分の名を名乗ったが、グレイは名乗っていないにも関わらず、彼はグレイの名前をファミリーネーム込みでピタリと言い当てたのだ。

 時間をかけて漸く芽生えかけていた余裕が、一瞬で警戒と緊張へと姿を変える。


「これは、君への忠告。今後、目立つような行動は控えた方が良い。何なら、暫くの間、外に出ない方が良いかもね。でないと、きっと後悔するよ」


(……何故、ですか?)


 自然と、この先に待つ〝何か〟に供えるように一呼吸してから、あえて、ゆっくりとした口調で尋ねる。

 丸い真珠のような瞳にグレイを映しながら、スメラギは小さく口を開いた。


()が、君を探してるよ。唯一の(オンリー・)完成品(シュペツィエル)の君を、探してる」


 その言葉を耳にした瞬間、胸部の中央に飾られるだけの単なる物体(オブジェ)と成り果てたはずの心臓が、ドクリと波打ったような気がした。


(な、ぜ……それを……)


 最早、平静を装っている場合では無い。

 動揺を露わにしたグレイが、震えた声で問いかける。


「何故って……まぁ、正直、君がどうなろうとボクは痛くも痒くも無いんだけどさ。君に何かあったらライが悲しむから。だから、特別サービスで教えてあげたんだよ」


 スメラギは、グレイの〝何故〟という言葉を、〝何故、自分に教えたのか?〟という問いとして受理してしまったらしい。

 グレイが答えを求めていた〝何故〟は、〝何故、その名前を知っている?〟なのだが、彼には上手く伝わらなかったようだ。

 フツフツと身体中から汗が溢れる。包帯が何重にも巻かれた腕や足が、何かを訴えるようにズキズキと痛みだす。


「お、おい、大丈夫か?」


 グレイのただならぬ異変に思わずロットが声をかけるが、今の彼には、その言葉さえも届かない。

 これまで誰にも言ったことは無いのに。あのライにさえ、まだ言っていないのに。


「ボクは、ちゃんと忠告したからね」


 言いたいことを全部言えて満足したとばかりに、真面目な表情から笑みへと戻ったスメラギは〝それじゃあ、ライによろしくね〟という言葉を最後に、グレイ達が呼びかける間もなく、空高く飛び上がった。

 彼の足が完全に地から離れた瞬間、彼の身体が(ドラゴン)のように細長く伸びたような気がしたが、目にも捉えられないほどの一瞬だった上に彼の姿は既に無いため、先ほど見たものは錯覚だったのかどうかを確認する術は無い。

 久しい沈黙が2人を包む。

 唯一の救いは、これが気不味さから生まれた沈黙では無いということだ。

 あくまで、これまでの情報を整理するための沈黙。

 互いに重要視している情報が異なるため、下手に言葉を交わさない方が好都合なのだ。


(他にも色々と聞きたいことはあったが、仕方ない。それよりも今は早く、ライさんに報告しないと……!)


 ロットは、アザミを襲った犯人に関する情報を。


()()()が、俺を探している……もし、それが本当なら……)


 そして、グレイは自分への忠告として告げられた言葉を中心として、思考を巡らせていた。

 そんな彼らが言葉を交わしたところで、まともな会話が出来るとは思えない。


(魔王様に報告するべきか……しかし、それは……)


 無限に編み出されいくグレイの思考は、ロットが彼の服の裾を引っ張ったことで止まった。


「おい、聞いてるのか?」


 つり上がった彼の目が、グレイを見上げている。


「いつまでボーッと突っ立っているつもりだ? ……なんて、そう言う僕も、まだ色々と混乱しているが……兎に角、今はライさん達に報告しに行くぞ」


 自分よりも、彼の方が何倍も冷静だ。自分よりも年下で背の低い彼の方が。

 そんな心の呟きを零した瞬間、ロットがグレイの足を目掛けて容赦ない1発の蹴りを入れた。

 しかし、悲しいことに、体格差のあるグレイには、あまり効果が無かった。


(……何なんですか、いきなり)


「別に。何となく、イラッとしたから」


 子どもらしからぬ言葉を吐き捨て、不満そうに唇を閉めたロットは、そのままズンズンと村へ向かって進み始めた。

次回は通常通り、ライ視点に戻ります。

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