147.5話_閑話:巡回〜アリナ、レイメイ、メラニー〜
アリナは本日、何度目か分からない溜め息を吐いた。
原因は分かっている。彼女の目の前で絶えず言い争いをしているメラニーとレイメイだ。
「朴念仁な上に、女に手を上げる暴力男……そんなんじゃモテないわよぉ。少しは、ライ様を見習ったら?」
「そう言う貴様は、相手の意思も確認せず己の欲に忠実な利己主義女だろ。少しは周りを見るということを覚えろ。ライ殿は優しいから何も言わないが、貴様の行動には彼も迷惑している」
「それ、ライ様本人に聞いたのぉ? 違うわよねぇ、貴方の想像の中での話よねぇ? 色々と想像するのは勝手だけど、それを他人に押し付けるのは良くないわよ」
両者共に並んで歩いているだけで絵になるほどの見目麗しさだというのに口を開けば、その見目麗しさが霞んでしまうほどに幼稚な言葉を交わし続ける。
それだけじゃない。アリナには、この瞬間まで何度も口に出そうして、飲み込んできた言葉があった。
(大体、何だ! あの、は、破廉恥な格好は……っ?!)
言わずもがな、メラニーの服装のことである。
そもそも、アレを服と呼んで良いのかと彼女は疑問を投げるが当然、答えは返ってこない。
最低限、隠すべき部分は隠しているが、兎に角、露出が多過ぎる。あれでは、もう裸同然じゃないか。これまで身近にはいなかったタイプの女性に、アリナは戸惑いと気疲れで心身共に既に疲労していた。
そんな彼女の気も知らず、村を堂々と歩いているメラニー。もう少し考えて班の組み合わせを決めるべきだったと今更な後悔が、主にアリナの胃に襲いかかる。
今の彼女にとって唯一の救いは、村の者達が1人も出歩いていない事だ。
「ねぇ、貴方、大丈夫? すっごく疲れた顔してるわよぉ?」
誰のせいだ、誰の。そう言いたい気持ちをグッと堪える。
「無理はするな。体調が悪い時は遠慮なく言え」
表情は無そのものなのに、自分の身を案じてくれていると分かるほどに柔らかな声色。
今までアザミは、鬼人凶暴で野蛮で……兎に角、力に固執する生き物だと思っていた。
勿論、例外がいることは知っていたが、それは本当に稀で、ほとんど前者のような者達ばかりなのだと思っていた。とてもじゃないが、彼らに他人を心配するような真似は出来ないだろう、と。
しかし今、その認識を改めなければならないと、アリナは感じ始めていた。
あまりにも違い過ぎるのだ。授業で習った鬼人の性格的な特徴と。
全く当てはまらないのだ。クエストで鬼人と戦ったことがある者達から聞いた鬼人の印象と。
先ほどからニコリとも笑わないのに、どちらかと言えば不機嫌そうに目を細めているのに、目の前の鬼人からは冷酷さは感じない。
……メラニーには容赦ないようだが、それでも彼から敵意に近い感情は見受けられない。
「……おい、大丈夫か?」
レイメイの言葉で我に返ったアリナは、慌てて〝大丈夫だ〟と返した。
「ザッと見た程度だけど、村は大丈夫そうねぇ。予定より少し早いけど、森の方を見てみる?」
村を見渡し、振り返ったメラニーがアリナに尋ねる。確かに、村には穏やかな時間が流れている。それを壊すような存在の気配は感じられない。ここは彼女の言う通り、場所を変えても良さそうだ。
「……そうだな」
メラニーの提案を承諾したアリナは、足先を森へと向けて歩き始めた。彼女の後を、レイメイとメラニーも追う。
2人の間には、人1人入れる程度の距離があったが、メラニーが一瞬にして、その距離を無くした。言葉もなく距離を詰めてきた彼女にレイメイは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、何も言わなかった。
彼の対応に対して意外そうに目を丸くした後、彼女は艶のある唇を僅かに開かせた。
「……ねぇ、気付いてる?」
何に、とは聞かない。その一言だけで全て伝わるから。
「あぁ……今のところ、こちらに何かを仕掛けてくる気配は無さそうだな。ただ、拙者達を見ているだけだ」
レイメイの返答に、メラニーは何かを思案するように目を細める。
「そうみたいねぇ。でも……報告はしておいた方が良いかしら」
念のためにね、と言葉を添えるメラニーに、レイメイは同意するように頷きを見せる。レイメイの反応を確認したメラニーは、満足そうに口角を上げた。
森へ足を踏み入れようとする彼らの背を押すように、ザァッと強い追い風が吹く。
風に揺らされた森の中の木という木が、まるで彼らを歓迎しているかのようにサワサワと音を立てた。
次回は、通常通りライ視点へと戻ります。




