147話_無思慮の提案
グレイの念話によって落ち着きを取り戻したロットは慌てて俺から離れ、向かい合うように座った。そんな彼の隣にはグレイが座り、そして何故か、俺の膝の上にはスカーレットが我が物顔で乗っかっている。
カリンは意外にも話を聞く気満々のようで、俺の隣に腰を下ろしてグレイの言葉を待っている。
(実は……)
そう言って、グレイが語り始めたのは俺とカリンが試験についての話し合いをするために客室に篭ってから間もなくのこと。
ロットがグレイに〝魔法で、アザミの右腕を治してほしい〟という願望を投げかけたところから始まった。その願望は、アザミには聞かれたくなかったもののようで、グレイの耳元で囁かれたらしい。
グレイは、ロットの願望を受け入れなかった。自分には彼女の右腕を元通りにするだけの力は無い、と。
だが、ロットは前世の彼が医者であることを知っていた。しかも普通の医者ではなく、治癒魔法を扱える医者。だから彼はグレイが嘘を吐いていると、すぐに分かった。
元医者のくせに、随分と冷たいんだな。ロットはグレイに、そう言い放って、逃げるように客室へと駆け出し……今に至る。
宣言通り、グレイは少しの時間で、俺が経緯を理解できる範囲の話をした。ただ、カリンも聞いているというのに前世の話を普通に出してきた時は心臓が跳ねるほど動揺したが、俺も気付かぬ間に彼が予め施していた仕掛けの存在に気付いた瞬間、動揺は感心へと変わった。
「ロット君……だったわよね? 貴方は本当に、アザミさんのことを大事に思っているのね」
俺には向けられたことのない柔らかな口調で、ロットに話しかけるカリン。本来なら、もっと気にかけるべき部分があった筈なのに、この反応を見る限り、彼女は純粋にロットへの同情だけを露わにしている。
この時だ、俺が仕掛けの存在に気付いたのは。
(二重念話とは、これまた器用なことを……)
本来ならば、特定または多数の人数に同じ情報を直接脳へと伝達させる念話だが、彼は、その伝達する情報を、あえて枝分かれさせた。
小難しい原理等を取っ払って結論だけ言えば、グレイが俺とカリンに伝えた情報は同じではないということだ。
ここからは俺の予想だが、恐らく、カリンにはロットがグレイにアザミの右腕を元通りにしてほしいと頼んだことしか伝えられていない。
そうでなければ彼女の興味は、前世でグレイが医者だったことや、そのことを知っているロットとの関係性などへと向けられている筈だ。
俺には前世の情報も踏まえて伝えて、カリンには起こった出来事だけを、そのまま伝える。日頃から会話の手段として念話を使うことが多いグレイだからこそ出来る芸当だ。
「貴方の力になりたいけど、こればかりは難しいわね。せめて右腕が手元にあれば……」
右腕が手元にあれば、くっ付けるだけで済んだのに。彼女は、そう言いたかったのだろう。
魔法なら、千切れた手足をくっ付けることくらい容易に出来る。昔、何度も実行したことがある俺が言うのだから、決して空想ではない。
だが、今回は、その右腕が無い。そうなると話は変わってくる。くっ付けるもの自体が無いのだから。
この場合、別の物質で右腕を作るしか無い。謂わば、義手という奴だ。
「…………」
微かな希望すら無いのかと、ロットは肩を落とす。そんな彼を見ても何も言わないグレイを呆れたように見つめる。
(……コイツも人が悪い。本当は、知っているくせに。右腕なぞ無くとも、彼女の腕を元通りにする方法を)
グレイのことだから、単純に意地悪で黙っているということは無いだろうが……ここは、本人に聞いてみよう。
(グレイ、お前、本当は知ってるんだろう? この状況を打破する方法を。何故、それをロットに教えない?)
念話で、グレイに問いかける。
(教えたところで、意味が無いからですよ)
何とも簡素な答えが返ってきた。彼が隠している意図を理解するには、言葉が足りなさ過ぎる。
(お前が何を考えているかは知らないが、このまま放っておくわけにもいかない。お前が黙秘を続けるというならば、俺がロットに言うぞ)
実は俺も、その方法知っている。だからロットに伝えようと思えば、伝えられるのだ。
(……どうぞ、ご勝手に)
突き放すように吐かれた一言を最後に、グレイは何も言わなくなった。気にならないわけではないが、とりあえず許可は貰えたことだし、遠慮なく伝えさせてもらおう。
「俺が思い付いた中で、1つだけある。アザミさんの右腕を元通りにする方法が」
そう言った瞬間、項垂れていたロットが即座に顔を上げた。カリンに至っては俺の言葉が信じられないとばかりに見開いた目で俺を凝視している。
「ほ、本当ですか?!」
〝それは、どんな方法ですか〟と至極当然なロットの疑問に、俺は淡々と答えた。
「瞬間再生だ」
「あ、あってぃ……?」
聞き慣れない言葉に、ロットが大きく首を傾げる。これまで魔法に触れてこなかった者なら当然の反応だ。
対して、カリンの反応は……
「アンタ、正気で言ってんの?! 冗談でも笑えないわよ?!」
分かりやすく怒っている。ある意味、予想通りの反応だ。
瞬間再生は治癒魔法の一種で、一時的に対象者の自己治癒力を極限まで高める効果がある。
個人的には、戦いが絶えなかった前世で世話になった魔法の1つだった。
一見、便利な魔法に思えるが、誰でも簡単に扱えるものでは無い。この魔法は精神が擦り減るほどに微量単位での魔力の調整が非常に難しく、慣れない者がやると対象者が耐えられる限界以上の魔力を注いでしまい、その結果……最悪、対象者の身体が破裂し、ただの肉の破片と成り果てる。比喩とかでは無く、本当に。
魔力に耐えられる限界値は、個人によって異なる。術者は、その限界値を正確に読み取り、僅かでも限界を超えないように魔力を注がなければ魔法としては成立しない。ほんの僅かでも限界値以上の魔力を注いでしまえば最後……これ以上は公言するまでも無いだろう。
その知識があるからこそ、カリンは怒っているのだ。
この魔法に関しては、学校でも緊急時以外は決して使うなと強く言われていた。それだけ、この魔法は危険性が高い……と評価されているらしい。
戦いが激しさを増すにつれて日常的に使っていた俺からすれば、何とも不思議な話だった。
「先生達も言ってたじゃない! あの魔法は、命を賭けた博打だって!! その魔法で、どれだけの人が無残な死を遂げたか……アンタだって何度も聞いてきたでしょ?! それなのに易々と、その魔法を提案するなんて……」
確かに、何度か聞いたことがあった。救いたいという一心で使った魔法で、無情にも人を殺めてしまった魔法使い達の話を。
俺は、そのような事態を招いたことが無かったから……彼女に叱責されるまで失念していた。俺にとっては便利な魔法でも、この世界の魔法使いにとっては命に関わる危険な魔法であるという認識を。
先ほどとは違う意味で〝信じられない〟と言いたげな表情で俺を一瞥した後、ロットの方へと視線を向けた。
「ロット君、あの馬鹿が言ったことは忘れなさい。じゃないと……右腕を元通りにするどころか、アザミさん自身を失うことになるわよ」
カリンの言葉に、何か言いたげな表情を浮かべながら少しだけ口を開けたロットだったが、その口から言葉が漏れることは無かった。
(……だから、言ったじゃないですか)
海の底のような冷たい静寂に包まれた部屋で、グレイの念話が波紋のように広がって、脳内を侵食していった。
別名『やらかしちゃいましたね、魔王様』の巻←
だけど当然、このままでは終わりません。必ず、どこかで挽回を…!
次回は、別行動中のアリナ、メラニー、レイメイ視点の閑話となります。




