146話_乱入者
まるで、この世界が俺とカリンの2人だけしか存在していないかの如く静かな空間で、彼女が口を開く。
「本に書いてあったことを、そのまま言うわ。その方法っていうのはね……」
自然と、話を聞く姿勢が前のめりになる。
そして微かな息が漏れた彼女の口から、とうとう望みの言葉が飛び出した。
「〝互いの得意魔法を全力で、ぶつけ合え〟」
………………え、それだけ?
そんな感想を抱きながら彼女を見つめたが、本当に今の一言が全てだったようで、彼女は何も言わない。逆に彼女は、俺の言葉を待っているようだった。
今の一言に対し、俺は何と返せば良い?
思っていたよりも楽そうな方法だなとでも返せば良いのか。それとも、何だ。あれだけ溜めておいて、それだけかよと突っ込めば良いのか。
というか、何だ。〝魔法を、ぶつけ合え〟って。前世の分を含めれば、それなりに長く生きている俺だが、そんな表現、初めて聞いたぞ。
「な、何よ、その顔は……さっきも言ったけど、私は本に書いてあった事を、そのまま言っただけだから!」
それは知ってる。だからこそ、混乱しているのだ。
突然だが、ここでカリンのある発言を思い出してみよう。
──昔、読んだ本に書いてあったの。〝確かに魔力融合は心の繋がりに左右される部分が多い……では、心の繋がりの無い者または自信の無い者達に発動させることは不可能なのか?〟って。
恐らく、この言葉も本に書かれていた内容を、そのまま抜粋して構成されたものだろう。
この言葉を聞いた時は、どこかの偉そうな学者が無駄に気障で小難しそうな言葉を並べて作った堅苦しい本なのだろうと勝手にベタな想像を抱いていたが……先ほどの言葉で、その想像は跡形もなく崩れ去った。
その一文だけ、別の誰かが書いたのではないかと疑いたくなるほどに違うのだ。具体的に何が違うのかと問われても上手く答えられないが、兎に角、何か違う。
そもそもカリンの言葉のみで抱いた読んだことのない本への想像など、高が知れている。だから、これ以上、深くは考えない……が、ただ1つ。1つだけ、気になることがある。
「……誰が書いたんだ、その本」
心の内に留めておくつもりだった本音が、思わずポロリと口から漏れた。声として出た本音は当然、カリンの耳にも届いていた。
「アンドリュー・グレイソンよ。有名だし、アンタも名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
知らん。全く、知らん。
(そもそも、アンドリューなんて名前の奴には、これまで1度も会ったこと……)
否定の言葉を述べようとした俺を、ある記憶が止めた。
それは、俺が初めてギルドに行った時の記憶。
初めは靄がかかったように不明瞭なものだったが次第に晴れていき、すっかり忘れていた情報を引き出した。
あの日、俺は確かに出会った。ムキムキマッチョの魔法使いと、口元を布で覆った怪しげな勇者を。
そして、俺は思い出した。
そのムキムキマッチョの魔法使いは、アンドリューという名であったことを。
いや、アンドリューという名前自体は珍しいものじゃない。
偶々、同じ名前だった。以上を結論として、この話は終わりにしよう。
「まぁ、あの人の場合、見た目も目立つから忘れたくても忘れられないんだけど……見たことないわよ、あんなに分厚い筋肉に包まれた魔法使いなんて。どう見たって勇者側でしょ、あの体格は」
俺が即席に作った結論は、いとも簡単に崩れ落ちた。
……間違いない。彼女が言っていたアンドリュー・グレイソンは、俺がギルドで会った男だ。
アンドリューという名前の筋肉質の魔法使いが、そう2人も3人もいて堪るか。
俺だけが気付いた真実に、ヒクヒクと口角が痙攣する。
(あの人……本なんて出してたのか)
人を見た目で判断してはならないとは言うが、これは無理がある。
本題から脱線しかけていた思考は、カリンの咳払いによって少しずつ軌道修正していった。
「話を戻すわよ。本に書かれていたことが本当なら、お互いの得意とする魔法で魔力融合を行えば、条件を考慮しなくても成功する可能性がある。あ、条件といえば……この方法なら、魔力の相性とかも一切考える必要は無いらしいわよ」
それは所謂、〝ゴリ押し〟という奴では……?
喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んだ。
勝手に期待したのは俺だが、どうも信憑性に欠けるというか、説得力が皆無というか……
「ねぇ、アンタの得意な魔法って何?」
「……まさか、本当に試すのか?」
勘弁してくれとばかりに呟いた問いかけに、カリンが不機嫌そうに眉を顰める。
「じゃあ、他に何か案でもあるわけ?」
そう言われたら、何の言葉も返せない。
結局、まずは、カリンが提案した方法を試すことになった……が、ここで新たな問題が発生する。
(俺って、何の魔法が得意なんだ?)
これまで意識したことも無かった。昔の俺にとって魔法は単純に、目の前の敵を蹴散らすための攻撃手段だったから。何が得意とか苦手とか考えたことも無い。使えるものは全て使う、それだけだ。
ちなみに、カリンに話したら半目状態のじっとりとした眼差しを向けられた。
「え、何それ。嫌味?」
全く、そんなつもりは無かったのに。何故か彼女の機嫌を損ねさせる結果となってしまった。
カリンの視線から逃れるように、さりげなく彼女から視線を外した時、荒々しく客室の扉が開かれた。
「っ、ライさん!」
焦燥を交えた声と共に現れたのは、ロットだった。そんな彼を追うように現れたのは、グレイだ。
何か揉めた後なのか、彼らの髪が激しく乱れている。
突然の乱入者になす術もなく、俺の両肩は、がっしりとロットの手に掴まれた。
「ライさん! ライさんなら、アザミさんの右腕、治せますよね?!」
みぎう、で……?
いきなり何の話だとロットを見るが、彼は期待を込めた眼差しで俺を見つめるばかりで、何も話してくれない。それならばと、俺の視線はロットからグレイへと移る。
グレイは申し訳なさそうに眉を下げて、湧き立つ感情をぶち撒けるように大きく息を吐いた。
(申し訳ありません。実は少々、面倒なことになりまして……どうか、少しだけ時間を頂けませんか? こうなった経緯を説明しますので)
念話はカリンにも届いていたのか、グレイを一瞥した彼女は俺を見た。
「……まぁ、とりあえず、これからするべき事は決まったし、良いんじゃない?」
聞いてあげたらと視線をロットに向けながら、そう言った彼女に、同意と感謝の意を込めて頷いた。




