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144話_物静かな昼食

 アザミとリンが用意してくれた〝野菜炒め〟が皿に盛られ、食卓に並べられた瞬間、無意識の中で抑えられていた俺達の食欲が一気に目覚めた。

 肉と野菜、それから味付けに使われたのであろう調味料やソースが混ざり合った香ばしい香りが鼻を(くすぐ)り、ゴクリと喉が鳴る。この匂いだけで飯が食えそうだ。

 少し高いレストランで出されるような凝った料理も美味いとは思うが、何だかんだ言って家庭的でシンプルな料理が1番だと思う。

 しかも、その野菜炒めの隣には一口サイズにカットされたフルーツが置かれている。晒された雪のように白く、見るからに水分の多い分厚い果肉が俺達を誘惑するかのように輝いている。

 食事の挨拶を済ませ、箸へと手を伸ばそうとした時。スカーレットの触手が伸ばした手に絡み付いた。


(ライ、トマト! トマト!)


 ここで思い出す。スカーレットが大のトマト好きだった事を。……目の前の料理にはトマトは入っていない。

 その事実を打ち明けると、スカーレットは空気の抜けた風船の如くヘニャヘニャと平たい身体になってしまった。


(……トマト)


 聞こえてくるのは機械音声なはずなのに、どこか悲しげに聞こえる。


「おや? このスライム、どうしたんだい?」


 潰れた饅頭のような姿になったスカーレットに気付いたアザミが、スカーレットへと歩み寄る。


「えっと、大好物のトマトが無かったのがショックだったみたいで……」


 もっと上手い説明があっただろうに。咄嗟に出た言葉がコレだった。


「へぇ、トマトが好きなスライムだなんて初めて聞いたねぇ。なるほど、そういう事なら少し待ってな」


 そう言ってアザミは台所へと戻り、何かを探し始めた。それから数分も経たぬうちに俺の前へと来た彼女の手にあったのは、スカーレットの身体に負けないくらい赤く輝くトマトだった。


「前にウチの畑で獲れた自慢のトマトさ。スライムの口に合うかは分からないけど」


 彼女に御礼の言葉を述べて、差し出されたトマトを受け取る。受け取ったトマトは見た目よりもズシリと重みのある手応えがあった。

 今にも床と一体化しそうなスカーレットの前にトマトを差し出す。


「スカーレット、トマトだぞ」


 そう言った次の瞬間、俺の手からトマトが消えていた。トマトは、スカーレットの触手によって宙でコロコロと転がされている。


(トマト! トマト! トマト!)


 少し前まで潰れた饅頭になっていたとは思えないほどの喜びぶりに、思わず笑みが零れる。近くにいるアザミもクスクスと笑って肩を震わせている。


「スカーレット、そのトマトはアザミさんがお前にって、くれたんだ」


(……アザミ、サン?)


 そう言えば、まだスカーレットにはアザミのことを紹介していなかった。今更感はあったが、俺はスカーレットにアザミのことを紹介した。


(アザミ、サン! トマト、アリガト!)


 スカーレットの感謝の言葉が、万能(オールマインド・)念話(テレパシー)としてアザミに伝わる。彼女は驚いたように目を丸くした後、表情をなごませた。


「こいつは驚いた! アンタ、喋れるんだねぇ。しかも相当なトマト好きと見た。……だけど、ごめんねぇ。本当は、もっとあげたい所だけど最近、ろくに畑の世話が出来てなかったせいで、あまり良いのが獲れてないんだ。今じゃ、雑草と元気のない苗が目立つ殺風景な畑になっちまった」


 確かに、窓から見える畑は以前見た時と比べて明らかに活気が無い。

 土は乾き、辛うじて実っている野菜達も小ぶりで色の悪いものばかりだ。


「他の家の畑も似たようなもんさ。アタシが襲われて右腕を失った次の日、村のみんなが見舞いに来てくれたんだけど、その時に言ったのさ。極力、外に出るのは避けろ。勿論、アタシの見舞いにも来なくて良い。畑に実る命も大事だが、まずは自分の命を優先しなってね。これらの畑はアタシ達にとっては貴重な食料だ。酷なことを言った自覚はある。だけど、命には変えられない。誰かが襲われる可能性がゼロにならない限りは、油断できない。だから、村の(おさ)として、彼らにそう言いつけたんだ」


 アザミの言い分は分かる。分かるが、彼女とこの村に住む者達は一体いつまで、その生活を続ければ良い?

 誰かが襲われる可能性がゼロになるまで?

 そんなの彼女を襲った犯人を捕まえない限りは無理だと言っているようなものではないか。


「実は、ああ見えて、ドモン(旦那)は医者でね。今、彼は各家を巡回して彼らの体調管理、それから精神的なケアまで行っているんだ。本当は(おさ)であるアタシがしなくちゃいけない事なんだけどね。あの人、〝これが、僕の本来の仕事だから〟って……」


 彼女の口から漏れる声が、あまりにも悲しそうで、もどかしそうで……空腹にも関わらず湯気立つ料理を前にしても誰も料理を口にしようとしない。

 食べられるわけがない、こんな空気で。


「畑の世話は彼らにとって何も無い、この村での唯一の娯楽であり、心の拠り所だったんだ。それを奪われた上に、近くに危険が迫っているかも知れないという今の状況で心が病んじまってる奴がいるかも知れない。それを心配したあの人は、この活動を始めたのさ。アタシの腕の治療もしながらね。あんなのほほんとした顔してるが、本当は猫の手も借りたいくらい大忙しなのさ」


 本当は彼の重荷になりたくない。寧ろ、長としても妻としても彼を支えなくてはいけないのに。

 彼女の心の声が聞こえたような気がした。


「食事の前にする話じゃなかったね。ささ、遠慮なく食べておくれ。リン、アタシ達も食べよう」


「……うん」


 誰も手をつけられなかった料理。最初に食らいついたのは、アザミだった。

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