17話_まさかの回避
アランの言葉に、俺の中で何かがプチンと音を立てて切れた。
もしかしたら俺は今、初めて勇者の気持ちが理解出来てしまったのかも知れない。
腸が煮え繰り返るとは、このような気持ちのことを言うのだろう。
平穏を一瞬で壊された挙句、友の肉親の命まで奪った。
許せるか? ……いいや、許せない。
どこのどいつかは知らないが、俺を差し置いて魔王を名乗ったことも含めて、後悔させてやるっ!!
「アラン、絵本の勇者には仲間がいたよな?」
「え? ……うん」
「だったら俺も、お前の仲間になって魔王を倒す」
俺が力強くそう言うと、虚ろだったアランの瞳に少しずつ生気が戻り始めた。
「本当?」
「あぁ。だから、一緒に魔王を倒すぞ!」
「……っ、うん!」
力強く頷いたアランの瞳は、もう濁っていなかった。
そんな彼を見て安心したように笑うと突然、この場には似合わない拍手が聞こえて音のする方に目を向けると、アルステッドと……やけにガタイの良い男がいた。
「いやぁ、素晴らしいものを見させて頂きました」
「うむ。我が輩、感動し過ぎて……うぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」
見事な漢泣きを見せる男を宥めるように、アルステッドが彼の腰を数回叩いた。
「君は相変わらず涙もろいね」
「アルステッドさん?!」
「ヴォルフさん?!」
「「……え?」」
知り合い? と、互いに表情で聞いていた。
「ライ君、ここまで来てくれたという事は魔法学校への入学を決めたという事だね?」
「あ、はい。でも、」
チラリと見たのは背後に広がる無残な王都。
アルステッドにだって、この光景が見えているはずなのに、彼はニコリと微笑んでいる。
「安心したまえ。何のために我々がいると思っている」
そう言ったと同時に、俺達の真上に大きな穴が空いた。
「はーい、みんなー。ちゃちゃっとやっちゃうよー」
「「「「「はーい」」」」」
とても軽いノリで穴から出て来たのは、ホウキに跨った魔法使い達だった。魔法使い達が呪文を詠唱すると、路上に転がっていた瓦礫や岩が一瞬にして消えた。別の魔法使い達が呪文を詠唱すると、崩れた家や建物が一瞬で元通りになった。
(何だ、これは?)
本来の姿を取り戻していく王都を呆然と眺めている俺の肩に、アルステッドは手を置いた。
「壊された街は、また元通りにすれば良い。そうだろう?」
アルステッドの言葉に、素早く反応したのはアランだった。
「……ですが、失われた命は元通りには出来ませんよ」
アランの言葉に、アルステッドは顎に手を添えた。
「その通りだ、少年。だが、そもそも失われた命が無かったとしたら?」
「それは、どういう……」
「アラン!!」
意味ですか? と、続けようとしたアランだったが彼の名を呼びながら走って来るサラの姿を見て、その言葉は飲み込まれた。
「母さん!!」
彼女の元へと駆けて行くと、互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合った。
「母さん、無事で本当に良かった……でも、どうして?」
「おっと! ここからは私が説明させて頂きましょう!!」
「ヴォルフさん……」
ヴォルフと呼ばれた男は、ウォッホンと大きな咳払いをすると、この現状について説明し始めた。
「実は数日前。結界師殿から近々、王都が襲撃されるから王都に住む人々を避難させてほしいと頼まれましてな。我々が手分けして、王都に住む者全員を安全な場所まで避難させた次第でして」
「結界師?」
聞き慣れない単語に、思わずヴォルフの言葉を遮ってしまった。
「結界師とは、この王都を守るために結界を張り続けている、この世界で最も結界魔法に長けた一族のことだよ」
俺の問いに答えたのは、アルステッドだった。
「彼の話に補足をさせてもらうと、ある小さな占い師に未来を占ってもらったウチの元生徒が〝もうすぐで王都が襲撃される〟と言われたと騒いでね。その子は結界師とも仲が良いものだから自然と彼女の耳にも入ってしまったようでね。後は、彼が言った通りだよ」
小さな占い師と聞いて、マナとマヤが俺の脳内に現れた。
(まさか、な……)
単純な発想から生まれた予想は、すぐにかき消された。
「でも、それならどうしてアランは、この場所に?」
ヴォルフの話の通りなら、アランだって避難していた筈だ。
「それは我が輩の落ち度だ。彼には前日から用事を頼んでら予定では全てが終わった後に王都に戻らせる筈だったのだが彼が有能で予定よりもずっと早く終わらせてしまい、こんな事になってしまった」
このヴォルフという男……アランとはそれなりに親しい関係のようだが一体、どういう繋がりなのだろうか?
「あの、アランとは、どのような関係なんですか?」
「ヴォルフさんは母さんの知り合いなんだよ。俺が勇者を目指してるって聞いたら、だったらウチに来いって言ってくれたんだ」
俺の問いにはヴォルフではなく、アランが答えた。
こうして話している間に人が見当たらなかった住宅街は人の言葉が行き交う賑やかな場へと変わっていく。
そうして建物も王都を囲う壁も入り口も、全てがすっかり元通りになっていた。
「あ、先生!」
そう言ってホウキから飛び降りたのは、なんとビィザァーナだった。
「おや、もう終わったのかい?」
「もう、とっくに終わってるわよ。あら、ライ君じゃない!! え、どうして、ここに?」
「明日は入学式だって事を……まさか忘れてないだろうね、ビィザァーナ」
「え?! あ、当たり前じゃないですかぁ!! やだなぁ……あ。という事は彼は……」
「そういう事だ」
アルステッドが頷くと、ビィザァーナは顔を綻ばせた。
「そう言う事なら歓迎するわ! 改めてよろしくね、後輩」
「後輩?」
「私は元々、ここの生徒だったの。ちなみに、アルステッド先生は私が生徒だった時の先生。ライ君とも会う事があると思うから、その時はよろしくね」
初めて会った時にも見せた見事なウインクを添えながら言った彼女に、俺は頷いた。
「そうか。君が、アルステッド殿が言っていたライ君ですな!」
ズンッと重い足音と共に俺の前に現れたのは、アランにヴォルフと呼ばれていた男だった。
近くで見ると、余計にでかい。
「我が輩は勇者学校の理事、ヴォルフと申します! 以後、お見知りおきを」
「よ、よろしくお願いします」
差し出された手を恐る恐る取ると、ガシッと掴まれた。
(喰われるかと思った……)
俺の手を完全に覆い尽くすほどの大きな手に、思わずそんな感想を抱いてしまった。
アルステッドが腕時計に目をやると、軽く息を吐いた。
「さて、私達はそろそろ戻らないといけないね」
「あー、戻ったら明日の準備かぁ。面倒だなぁ」
ボソリと吐かれた彼女の本音は、アルステッドの耳にもしっかりと届いていたらしい。
ニッコリと穏やかな笑みから、微かにドス黒い何かを感じる。
「ビィザァーナ? 今、何か言ったかな?」
「あ、いや! えーっと……」
忙しなく目を泳がせるビィザァーナに、アルステッドは呆れたように息を吐いた。
「まぁ、今回は君のお蔭で最悪の事態を回避出来たんだ。特別に、今のは聞かなかった事にしよう」
「さっすが、先生! 大好き♡」
腕に抱きついたビィザァーナに、アルステッドはやれやれと肩を落とした。
「まったく君は……あ、そうだ、ライ君。君にプレゼントを贈らせてもらったよ」
「プレゼント?」
首を傾げる俺に、アルステッドは頷いた。
「明日は、それを着て登校しなさい。あ、それから……」
アルステッドの言葉で、俺はプレゼントの中身を察してしまった。
(なるほど、制服か)
制服のこととか、考えてすらいなかった。
アルステッドがいなければ、俺は何も知らずに1人だけ皆とは違う服装で式に臨むところだった。
心の中で感謝していると、不意にアルステッドが俺の耳元で囁く。
「私が渡した封筒は持っているね? 明日、それも持ってくるように」
アルステッドはニッコリと笑って、俺から離れた。
「わっはっはっ!! 明日が楽しみですなぁ!!」
「それじゃあライ君。また明日、会おう」
「じゃあね!」
その言葉を最後にアルステッドとヴォルフ、ビィザァーナは一瞬で姿を消した。
「さて2人とも、お腹空いたでしょ? ご飯にしましょう。アランとライ君の入学祝いも兼ねて、今日はご馳走よ!」
サラのご馳走という言葉に、アランは表情を明るくさせた。
「行こう、ライ!」
「あぁ」
結局、王都で襲撃による被害は無かった。
マリアに連絡し、その事を伝えると泣きそうな声で良かったと言った。
ちなみに、スカーレットも回収してきた。暫く不機嫌そうにしていたが、今はなんとか落ち着いている。
兎も角、誰も不幸にならずに良かった。良かったのだが、腑に落ちない部分はある。
(結局、あの飛行船がばら撒いていた新聞は、なんだったんだ?)
新聞には多数の死者が出ていると書いてあったが、実際には死者は1人もいなかった。
(あれは誰かを欺くためのフェイク? それなら、あの新聞記事に書かれていた魔王軍も……)
……もう、止めよう。これ以上は頭が爆発する。
「ライ、明日から頑張ろうね」
「あぁ」
とりあえず今は、戻ってきた平穏に浸る事にしよう。
◇
「それで、君は今回の件をどう思う?」
そう言ってアルステッドは飛行船がばら撒いていたのと同じ新聞を、ヴォルフに手渡した。
「うむ。やはり、魔王が現れたと見て間違いないでしょうな」
「相手は、確かに〝魔王軍〟と名乗ったんだね?」
「我が輩の可愛いペット、クリスティーヌが言っているのですから、間違いありませんぞっ!!」
ヴォルフは、自分の胸に手を当てて力強く答えた。
「まぁ、君のネーミングセンスは兎も角、獣モンスターの中でも耳が良いとされる兎が言っているというなら信じる価値はあるな」
「わっはっは!! 相変わらず、アルステッド殿は辛辣でありますな!! それより、あの2人に真実を話して本当に良かったのですかな?」
豪快な笑いを見せた後、すぐに真面目な表情へと切り替わったヴォルフは、アルステッドに静かに問いかけた。
「あぁ、構わんよ。いずれ彼らは、この案件に関わってくるだろうからね」
「例の〝勘〟という奴ですな! アルステッド殿の勘は、よく当たりますからなぁ!!」
何故か得意げに言い放ったヴォルフに軽く息を吐いた。
「だが、結局は明確な根拠の無い勘だ。これが今後、どう転ぶかは私にも分からない。とりあえず今回の事は生徒達には訓練と言って、王都と周辺の街以外の村や町には、犯人を煽るための偽の新聞も撒いたが……」
アルステッドは険しい表情のまま、口を閉じた。
(それにしても相手は、どうやって結界が緩むタイミングを知ったんだ?)
新たに浮かんだ疑問に、アルステッドは何か考え込むように、小さく唸った。
◇
また、別の場所では……
「ちょっと、どういう事よ!!」
不機嫌な顔をした女が机に叩きつけたのは、あの新聞だった。
「ここに書いてある事と、全然話が違うじゃない!!」
「どうやら、誰かが我々の計画に気付き、前もって対策をされたようですね」
考え込むように口元に手を添えながら静かに、顔をすっぽりと隠したお面の奥で青年は言った。
「何よ、それ……」
「恐らく、彼らの中に予知能力に特化した者がいるのでしょう」
2人の話を聞いていたツインテールの少女が、カラコロと飴玉を口内で遊ばせながら口を開いた。
「てゆーか、ワタシ的には、王都を襲うのが間違ってたっていうかぁー」
少女の素直な言葉に、女は頬を引きつらせた。
「はぁ? アンタも、この作戦に同意してたじゃない! 手鏡で自分の姿を見つめながら〝ん〜、いいんじゃない?〟って言ってたじゃない!!」
女の言葉に、少女はコテンと可愛いらしく首を傾けた。
「えー、そうだったっけぇ?」
「殴られたいの?」
女が拳を構えながら少女に近付くと、少女は青年を盾にするように隠れた。
「え〜、やめてよ。格闘猿以上の腕力があるロゼッタの拳なんて受けたら、怪我しちゃう」
「あら、怪我だなんて生温い。誰か判別出来なくなるくらい殴り潰してやる」
「2人とも、そこまでですよ」
間に挟まれた青年が数回、手を叩くと2人は青年へと視線を向けた。
「確かに、いきなり王都を襲撃するのはリスクが高過ぎました。暫くは大人しくしておいた方が良いかも知れません」
すっかりと興醒めしてしまった女は構えていた拳を下ろし、椅子に掛けていたコートを手に取ると、外へと続く扉へと向かった。
「また、あの方を探しに行くのですか?」
「…………」
青年の問いには答えず、女は出て行った。
激しく閉められた扉が、彼女の今の感情を物語っていた。
「毎日、よくやるよねぇ」
女が出て行った扉を見つめながら、少女はケラケラと笑った。
「貴女も、人のこと言えないのでは?」
青年が問いかけた瞬間、少女の笑い声が一瞬にして消えた。細めた目で青年を一瞥すると、溶けて小さくなった飴玉を、ガリッと噛み砕いた。
多くの謎を残したまま……物語は新展開を迎えようとしていた。
第1章、一応、ここで完結です。
次回から、第2章に突入します。
ここまで読んで下さった方、本当に、ありがとうございました。
これから先も、まだまだ続いていきますが、どうかライ達の行く末を見守って頂けると嬉しいです。
次回、《魔法学校 編》突入




