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141.5話_閑話:過去に囚われし者達《上》

予告通り、今回から閑話に入ります。

今回も長くなりそうなので、複数話に分けて投稿する事にしました。

 通された部屋は真っ暗だった。

 窓には重量感のあるカーテンが引かれている上に、室内の明かりは全て消されているのだから当然だ。

 しかも一度開けられた扉が再び閉められた事によって、闇が更に際立っている。

 この世界で自ら光を放っているのは、机に置かれた時計の針だけだ。


「適当な場所に座れ」


 温かみを一切、感じない声。自分に対する彼の対応は予想はしていたし、何なら理由も察している。だが、だからといってグレイは何かしようとは思わない。

 座れと言われて早速、座る場所を探す。

 真っ暗な部屋だが、何も見えないわけじゃない。ぼんやりとだが、物や家具の輪郭は確認できる。だから机の上に積まれた大人も躊躇いそうな分厚い本も、フローリングの床に転がっている何かの小さな部品らしき物も見える。

 真っ暗で、散らかった部屋。

 今のロットの心を表しているかのような空間で、グレイは比較的綺麗なベッドの近くの床に腰を下ろし、ロットは机の近くにある椅子に座る。

 微妙な距離感を保った2人を沈黙が包む。

 グレイはロットの言葉を待ち、ロットは何かを迷っているような複雑な表情で彼を見つめている。


(念のために、結界を張っておくか)


 ライ(魔王)の前では何の意味も持たない弱い結界だが、何もしないよりもマシだ。少なくとも、これで話の内容は簡単には聞かれない。


「……どうして」


 漸く言葉が纏まったのか、ロットが口を開いた。


「どうして、お前が()()魔王様の隣にいる?」


 態々、呼び止めて何の話をするかと思えば、その話題かとグレイは早くもうんざりしたように頭を抱える。


(どうしてもと言われても〝偶然〟としか言いようがありません)


 グレイの回答にロットは納得していない表情を浮かべるが、これ以上の答えは無い。事実、グレイ自身も学校でライと再会できるとは予想もしていなかったのだから。


「あの日……魔王様が亡くなった日。最後まで魔王様の傍にいたのは、お前だったんだろ? グレイ・キーラン」


(……そうですね)


 何故、今更そのような愚問を問うのかと、眉を顰める。


「それなら、あの人の最期も見たんだろ?」


 見たどころの話では無い。彼の最期の瞬間までグレイは、彼と共にいたのだ。

 勇者の剣によって貫かれたライの姿は、忌まわしい記憶として、未だに彼の脳裏に焼き付いている。


(……見ましたよ。見ましたが、それが何か? まさか、こんな話をするためだけに俺を呼び止めたんですか?)


 思い出したくなかった記憶を無理やり引き出され、グレイの口調が段々と不機嫌なものへと変わっていく。

 この話は、あの頃が懐かしいと笑い合いながら語れる過去では無い。それはロットにとっても同じはずなのに。


(こんな話をして貴方は俺に何を聞きたいんです? まさかとは思いますが……俺の口から、あの方の最期を語ってくれなんて言いませんよね)


 例え冗談であっても、例え今は子どもの身体であっても、その時は容赦しない。そんな想いを込めて放ったグレイの言葉に、ロットは首を横に振って否定した。


「僕が最期を迎えた場所は、あの城だった。魔王様の死を知らされた後、メラニーが敵陣に突っ込んで自爆。その爆発に巻き込まれた僕は、城まで吹き飛ばされてた。正直、その時の僕は、まだ信じてた。魔王様は生きてるって信じてた。でも城内は既に毒に侵され、そして、城の最上階には横たわった魔王様しかいなかった。しかも……っ、魔王様の遺体には首が無かった! お前は最後まで魔王様の隣にいる権利を得ていたにも関わらず、あの人を守る盾となる事は愚か、あの人の首を守ることすらも出来なかったのか?!」


 ロットが立ち上がった衝撃で、安定を失った椅子が床に倒れる。

 感情の赴くままにグレイに飛び掛かったロットの両手が彼の胸倉を荒々しく掴んだ。


「魔王様が死んだと分かったら次は自分の番だと怖気付いて逃げ出したか? それとも降伏したか? 魔王の首は差し上げますから、どうか命だけは助けて下さいって……なぁ、答えろよ!!」

 

 子ども特有の大きな瞳には純粋な怒りが宿っている。だが、そんな彼の怒りは前髪に隠れたグレイの瞳を見た瞬間、すぐに塵と化した。

 無いのだ、彼の目に光が。部屋が真っ暗だからとか、そんな単純な理由では片付けられないほどに。


「……っ、」


 死人のような目に見つめられ、ロットは思わず手を離した。

 彼は今、誰を見ている? その濁った目の奥には何が映っている?

 喉まで出掛かっている疑問が声として出てこない。それほどまでにロットは目の前にいる男に恐怖に近い感情を抱いていた。


(あぁ、なるほど……)


 どこか腑に落ちたような声が脳内に響く。それは嫌に穏やかで、落ち着いた声だった。


(やはり、そこにありましたか……あの人の身体は)


 ……身体〝は〟?

 その言い方では、まるで身体以外のものは見たと言わんばかりではないか。

 そこまで考えて、ロットは思い出す。自分が最後に見た魔王の姿を。先ほど自分が言った言葉を。そして最終的に1つの答えへと辿り着く。


「まさか……」


 漸く出たロットの声は喉がひどく乾いているかのように掠れていた。

 そんなロットを見て何を思ったのか、グレイは口角を僅かに上げた。


(……特別に話してあげますよ。魔王様亡き後、俺が見たもの全てを。それが貴方の問いへの答えです)


 その言葉を合図にグレイが語り始めたのは、今日まで封印していた忌まわしい記憶。

 魔王の存在に恐れ慄いた人々が渇望していた〝魔王がいなくなった世界〟の話だった。

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