140話_意味深な問いかけ
本来の目的場所であったはずの部屋が遠ざかっていく。
通って来たばかりの廊下を再び通り、ロットの部屋も通り過ぎ、とうとう玄関まで辿り着いた。
しかし、彼女が目指す場所はここでは無いようで、俺の腕を掴んでいた手を離したかと思うと、しゃがんで靴を履き始めた。
「……外に出るのか?」
靴を履く後ろ姿からでさえも不機嫌さが伝わってくる今の彼女を刺激しないように出来るだけ、やんわりとした声色で問いかけた。
「えぇ。ここじゃ出来ない話だから」
意外にも普通に返してくれた彼女に気付かれないように安堵の息を漏らし、続けて〝勝手に外に出て大丈夫なのか?〟と疑問を投げる。
その疑問の返しは〝前もってアリナ先輩に伝えて、許可も貰っているから問題ない〟と、実にシンプルなものだった。
外へ出たというのに、この村からは風で揺らぐ木々の音と鳥の囀りしか聞こえてこない。
家が数件経っている程度の村なのだ。アザミの身に起こったことも、村に住む全員が知っているだろう。
だからこそ皆、警戒して外に出ないようにしているのかも知れない。
前に来た時は明るい彩りを見せていた畑も、萎れかけた葉や花が目立っている。
「アンタ、ここに来たことがあるのよね?」
「え? あ、あぁ……」
変わってしまった村の景色や雰囲気に飲み込まれ、反応が少し遅れてしまった。
「この村の近くで、あまり人が来ない場所って、あるかしら? もし知っていたら案内してほしいんだけど」
あまり人が来ない場所。
そう言われて脳内に現れたのは、短時間しかいなかったにも関わらず未だに濃い記憶として残っている、あの花畑。
正直、あまり行きたくはないが、あそこはアザミが襲われた場所でもある。
もしかしたら、彼女を襲った犯人の手がかりが何か残されているかも知れない。
彼女の問いに答えるように、大きく頷く。
「分かった」
こうして、俺とカリンは例の花畑へと向かった。
◇
久々に訪れた花畑は、あの頃と全く変わらない美しい花々を咲き乱らせていた。
今、村を取り巻いている雰囲気など一切気にしていないとでも言うかのように。
花に他人への同情を求めたところで意味が無いことなど最初から分かっていることだが……なんだか悲しい。
「綺麗……」
対して、カリンは花へ向けた感動を露わにしていた。
そういえば俺も、初めてここに来た時は花の美しさに純粋に見惚れていた。この花に別の姿がある事を知らなかったら、また、村の現状を知っていなかったら目の前の光景を楽しむ事が出来ていたのだろうが、全てを知ってしまった俺には、それが出来ない。
「こんなに綺麗なのに……誰もいないのね」
人どころか獣モンスターすらいない。そもそも、この森には、モンスターが住んでいるのだろうか?
そんな疑問が生まれてしまう程に、この森は静か過ぎる。
「それで……話って、何だ?」
今後の事を考えて、俺から本題を切り出した。
その瞬間、花を愛でていた彼女は立ち上がり、俺と向かい合った。
「……アンタ達を待っている間、あのアザミっていう鬼人から色々と話を聞いたわ。彼女が右腕を失ってからの村の様子、それから……襲われた時に竜の腰掛けを奪われたって話をね」
「奪われた……?!」
初めて耳にした情報に驚きを隠せない。まさか犯人の狙いは、竜の腰掛けだったというのか……?
「彼女の話を聞く限り……恐らくだけど、腕ごと奪われたんじゃないかしら。事実、彼女の右腕は未だに見つかっていないようだし、襲われる直前まで、失った右腕で竜の腰掛けが持っていたらしいけど、その竜の腰掛けも見つかっていないみたいなの」
それって……不味い、んだよな?
具体的に、どう不味いのかは分からないが、彼女の様子を見る限り、このまま見放してはおけない案件のようだ。
「奪われただけなら、まだ良いのよ。犯人を見つけて取り返せば良いんだから。でも、もし壊されたとなれば、話は別。そうなってたら今頃……誰かが前の私みたいに苦しんでる」
どういう事だと問いかけた俺への答えとしてカリンが語り始めたのは、王都を守る結界を張り続けている結界師、カグヤによって作り出された御伽領域と呼ばれる空間での出来事だった。
あの日に見た、カリンの変わり果てた姿。あれは、竜の腰掛けが壊されたために起こった現象だったらしい。
だが、何故、それで、あのような事態なったのか……具体的なことまでは教えてくれなかった。
恐らく彼女の口から語れるのは、今は、これが精一杯なのだろう。
「……まぁ、私達が、ここで考えたところで解決できる問題でも無いし、一先ず置いておくわ。そもそも、私が話したいのは、別のことだし」
え、そうなの……?
てっきり今の話がしたくて連行されたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「私が話したいのは、試験の事よ。いや、話したいというより、貴方の意見が聞きたいって言った方が正しいかも知れないわ」
「……何だ?」
俺の言葉に、彼女は意を決した表情で口を開いた。
「これは、もしも……そう、もしもの話よ。もし、アリナ先輩が暫く、この村に留まりたいって言ったら……どうする? あ、言っておくけど、アリナ先輩だけじゃなく、〝私達も一緒に留まる〟って意味でね」
「…………はい?」
予想もしていなかった問いかけに、我ながら何とも気の抜けた声が出た。




