137話_現状把握
包帯を巻かれた右腕に手を添えたアザミは何かを諦めたかのように肩を落とした後、呆れたような表情で俺達から視線を逸らした。
その先には、彼女の旦那であるドモンが、気まずそうにアザミを見つめている。
「アンタが、リンに教えたんだね?」
アザミの静かな問いかけに、ドモンは小さく頷いた。
「……ずっと隠したままでいるのは、リンに悪いと思ったんだ。どうせ、いつかは彼女も知る事だから。それなら早めに伝えておいた方が良いと思って……約束を破って、ごめん」
素直に白状したドモンに対し、アザミは呆れたように少しだけ笑って肩を竦めた。
「ま、アンタなら、いくらアタシが口封じをしたところで、いつかは密かにリンに伝えるだろうと思ってたよ。さて、知られちまったもんは仕方ない。潔く降参するさ。それに……あの子のことも、そろそろどうにかしないとと思っていたしね」
独り言のように呟かれた最後の言葉で、ようやく俺は小さな違和感を見つけた。この家にはアザミとドモンの他に、ロットがいた筈だ。だが、彼の姿は、どこにも見当たらない。
「あの……ロットは?」
「あの子なら部屋にいるよ。アタシが、こうなって以来、部屋に引き篭っちゃってねぇ。御飯は毎日、部屋の前まで運んでいるから、しっかり食べてるのは分かっているんだけど、こっちが話しかけても無反応でね……あの子は優しい子だから、変に責任を感じているのかも知れない。その必要は全く無いのにねぇ。だって、あの子のお蔭で私は今、ここにいるんだから」
消化しきれない様々な感情を無理やり噛み潰すような表情で、アザミが答える。
彼らが抱える現状の軸を未だに把握できていないせいか、考えが上手く纏まらない。
そろそろ、彼女から話を聞くべきだろう。この村で何があったのか。その腕は誰にやられたのか、を。
「ねぇ、お母さん。本当に、何があったの? お父さんの手紙には、お母さんが大怪我をした事しか書いてなかった。単なる事故とかじゃないんでしょ。ここまできたら包み隠さず、全部話して」
「………………」
有無を言わせないとばかりに発したリン言葉が、アザミに降り注がれる。
数秒の沈黙が空間を包んだ後、アザミが小さく口を開いた。
「あれは、アンタ達が……ライ達が帰った日の事だよ。しかも、アンタ達が帰った直後」
俺達が帰った後……それは、つまり……
(縄張り花に襲われた、あの花畑で、アザミに竜の腰掛けを見せてもらった後……)
何故、あの時の俺は何も気付けなかったんだと、今更、何の意味もない後悔がジクジクと心を侵食する。
「あれは、本当に一瞬だった。信じられない話かも知れないが、気付いた時には既に、アタシの右腕は無くなってた。情けないけど、あの時は、あまりの衝撃に声も出なかったよ。それからは、今まで感じたことのない痛みに耐えるので精一杯で、正直、何が起こっているのか私にも分からなかった。だけど……数回の銃声音だけは、しっかり聞こえたんだ。すぐに、あの子だと分かったよ。…………そこから先の記憶は何度思い出そうとしても何も思い出せないから、恐らく気を失ってしまったんだろうねぇ。要はさ、アタシも何が起こったのか、ほとんど何も分かっちゃいないのさ。お蔭で、この感情を、どこにぶつけてやりゃ良いのかすら分からないね」
包帯を巻かれた痛々しい腕を摩りながら語るアザミにかける言葉も見つからず、誰もが沈黙を守っている。
そんな中で最初に沈黙の壁を破ったのは、意外にもドモンだった。
「そうだ、アザミ。ロットの事、ライ君にお願いしてみたら、どうかな? 人見知りなあの子が短時間であんなに懐いたんだ。きっと彼なら……」
ドモンの提案にアザミは少しだけ目を見開かせたが、それは一瞬で……すぐに〝それは良い考えだ〟とばかりに穏やかな笑みを見せた。
「そうだねぇ。今のあの子を作っちまったアタシが何を言ったって、あの子の心には届かない。……ここは、ライに賭けてみようかね」
重なっていたドモンとアザミの視線が、俺へと向けられる。
真剣な眼差しに、無意識に喉がクッと音を立てた。
「ライ。本当なら、アンタに頼むべき事ではないのかも知れない。でも、今はアンタだけが頼りだ。どうか、アタシの代わりにあの子に伝えてやってほしい。今回の事でアンタが責任を感じる必要は無い、と。寧ろ、アタシは感謝しているんだ、と……お願いできるかい?」
ドモンもアザミと同様、縋るような表情で俺を見つめる。ロットが、彼らに愛されていたからこその表情そして言葉だ。
今の彼は、こんなにも彼らに愛されている。
そこに血や種族の違いなんてものは最早、問題ですら無い。彼らは正真正銘の〝家族〟だ。
そんな彼らの願いを、無視できるわけが無い。他人であり、しかも1度会っただけの俺に託された彼らの信頼を、無碍に出来るわけも無い。
俺の言葉で、彼が前を向いてくれるかは分からないが、やれるだけの事はやろう。
「……はい!」
託された想いを重みを感じながら、俺は力強く頷いた。




